仄暗い部屋から

神崎真紅

文字の大きさ
56 / 87
第三章

act 15 賢司に逢いたい

しおりを挟む
 検査の結果、今はインターフェロンの必要はない、というものだった。
  肝機能も低いし、何よりC型肝炎ウイルスが、インターフェロン治療をする程多くなかった。
  しかし・・・・。
  C型肝炎からの影響で、肝臓へ入り込んでいる血管が半分しか映っていなかった。

 「これはね、慢性肝炎だね。いつまた肝機能が上がってもおかしくない状態だね。これから肝硬変、肝臓がんに進む確率は高いからね」

  まるで死の宣告のようにも聞こえるな。
  どうせ長生きは出来ないと思っていた。
  ただ・・・・。
  今はまだ、死ねない。
  瑠花を置いては、死ねないんだ。
  賢司に逢いたい。
  賢司に逢いたい。
  頭の中でぐるぐると木霊する一言。

  今度はいつ賢司の面会に行けるのだろう?
  派遣の仕事が、一本、話し合いの段階で決裂したと、後になってから先方の社長に聞いた。
  ああ、また収入源が消えたか。
  学校に行かない瑠花を置いては、瞳が働く事すら、出来ない現状だった。
  賢司さえ帰って来てくれれば・・・・。
  そう思わない日はなかった。

  賢司が逮捕されたあの日。
  瞳があの日、選んだふたつの選択肢のひとつ。
  それは、間違っていたの?
  瞳が賢司の傍から離れずにいたら、違う道を賢司は選んでいた筈。
  もう、2年以上賢司に抱かれていない。
  けれど、明けない夜がない様に、瞳の暗闇にも光が差して来た。
  賢司は来年帰って来る。
  そう、もう一度年を越せば賢司は帰って来てくれるんだ。
  生身の賢司に触れる事が出来るんだ。
  今は、ただそれだけを支えの様に生きている。
  それでも、瞳の不安が消えた訳ではない事に変わりはないのだが。

  7月に入ってから、瞳は体調を崩していた。
  38℃から下がらない発熱。
  時には39℃まで上がる事もしばしばあった。
  食欲もなく、日毎に衰弱していくのを感じていたが、自力でトイレに行くのもふらつく様では、とても自分で運転して病院へなど行けなかった。
  それでも瑠花がいる。
  食べさせなくてはならない。
  震える足で、キッチンに立ち瑠花の分の食事を作る。
  時に瑠花は、レンジでパスタが茹でられる100均で買った便利グッズで、自分でパスタを茹でて食べていた様だ。
  ・・・・瞳が眠ってしまっている間に。
  瑠花は一日五食は食べる程、食いしん坊になっていた。

 「ママ、大丈夫?」
 「うん・・・・、まだ熱があってね、ママ寒いんだ」

  そう言うと、瑠花は自分の毛布まで瞳に掛けてくれた。
  実際、暑いのか寒いのかすら、解らなくなっていた。
  しかも、何も食べられない。
  覚醒剤が入っていない状態で、食べられないなんて本当に珍しい事だった。
  あぁ、そう言えば、前回のインターフェロン治療の時も、副作用のせいで食べられなかったっけ。
  あの時は半年で13キロも落ちたんだ。

  熱は、ひと月続いた。
  案の定、体重は5キロ落ちていた。
  まるで、初めて覚醒剤を打ち続けられた時のようだ。
  この原因不明の発熱も、覚醒剤と関係があるのだろうか?
  瞳には、解らない事だが。
  賢司は、賢司なら知っているのだろうか?
  この瞳の急変する体調の理由を。

  けれど、覚醒剤を使って賢司が体調を崩した所を、見た事がない。
  せいぜい睡眠薬を飲んで、奇妙な行動を取るくらいしか、瞳は知らない。
  ある日、瞳が目覚めた時、賢司が寝室にいなかった。
  もう起きたのかと思ったら、廊下で下半身だけ脱いで爆睡していた。
  ここまで来ると、驚きを通り越して呆れて来る。
  本人には全く記憶がないのだ。
  多分、その時飲んでいた睡眠薬がハルシオンだからかも知れない。

  瞳も以前掛かっていた心療内科で処方されたハルシオンを飲んで、幻覚や幻聴の類いを見ていた事があった。
  更には、解離性同一性障害とまで診断されたのだ。
  解離性同一性障害イコール多重人格障害の事である。

  瞳の中に、もうひとりの人格が存在していた。
  いや、いる、と言った方が正解かも知れない。
  瞳の中の別人格は、消えた訳ではないのだ。
  今でも何かの拍子に人格交代は起こっていたのだから。
  人格交代で出て来るもうひとりの瞳は、攻撃的な性格をしている。
  本来の瞳が窮地に立たされた時、人格は交代する。
  瞳を助ける為に、どんな事にも自ら火の中へ飛び込む。
  が、元の瞳に戻ると必ずアレがやって来る。

 『過換気症候群』

  過呼吸の発作だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...