仄暗い部屋から

神崎真紅

文字の大きさ
73 / 87
第四章

act 10 トリップ

しおりを挟む
  賢司は、立て続けに怪我をしてから、まるで人が変わった様に真面目になった。
  今までがあんまりにも不真面目だったから、余計にそう感じるだけなのかも、知れないけど。
  とにかく、瞳にとっては平和な日々が続いていた。

  やっぱり、出来る事なら覚醒剤はやらないで暮らしたい。
  身体に入っていたら、逃げも隠れも出来ない事実になっちゃうんだし。
  いつまた何かの拍子で逮捕されちゃう事だって、あるんだから。


  瞳は、例え任意であったにしても、尿検査された時、本当に終わった、と、思っていたからだった。
  これで自分も逮捕されてしまうんだ・・・・と考えたら、本当に怖かった。
  あの時、どうして瞳の尿から、覚醒剤の反応が出なかったのか?
  今考えても、この世の七不思議としか、思えない。

  度重なる芸能人の、覚醒剤使用の現実から、男=女の方程式が出来上がりつつあった。
  瞳にとって、こんなに迷惑な事は、ない。
  賢司=瞳という方程式は、簡単に出来上がるのだから。



  ・・・・賢司の腰の怪我は、例え強くても、痛み止めの薬を飲んで何とか我慢が出来るのなら、オペはしない方がいいという事になった。
  椎間板ヘルニアのオペは、一度しか出来ないのだと主治医に言われたらしい。
  それに、時間をかけてだが、ある程度は、はみ出した椎間板も戻るらしい。
  つまりは本来すべての動物が持つ、自然治癒力に賭けるわけだ。
  まぁ、賢司がオペなんて事になったら、うるさくて仕方ないだろうから瞳は内心ほっとしていた。



  災いとは、忘れた頃にやってくるものなのだろうか?
  賢司が立て続けに怪我をしてから、何か月か過ぎた春の頃。


  いつもご飯を食べたらすぐに寝てしまう賢司が、まだ自分の部屋で起きていた。
  普段閉めないドアを閉めて、明らかに様子が怪しかった。
  瞳は、うすうす、という半端なものじゃなくて、より確信的に気付いていたのだが、仕事がある。
  明日のシフトは早朝6時出勤だった。
  賢司と目を合わせないようにしながら、自分の部屋に行き、慌てて睡眠薬を飲み、そのまま逃げるように寝た。

  新居に引っ越してからは、賢司と瞳は、それぞれ個室を持った。
  その理由が、お互いのいびきが煩くて眠れないから、というのは賢司の表向きの理由に他ならなかった。
  瞳も、自由にしていられる私室が持てるのは、有難かった。
  賢司は、いつでも覚醒剤を使える部屋、という唯一の、けれどとても大事な事であるくらい、瞳が気付かない筈が、ない。

  でももうこの頃には、瞳は賢司が薬をやったやらないで咎める事も、なかったのだけれど。

  何も言わなければ、賢司は瞳に隠す必要も、なくなる。
  尤も賢司が覚醒剤を使った事を、どんなに瞳に隠そうとしても、ダダ漏れなのだ。
  賢司の顔を見れば、瞳には文字通り顔に書いてある様なものに見える。
  無論、賢司もそれは承知の上の事。
  無理に隠す事もなくなった。
  その事自体は、賢司にとっては、気楽になったのだろう。
  冗談交じりに、瞳に話せるまでに、なった。

  そうして一日目だけは賢司はひとりで覚醒剤を打つようになった。
  が、やっぱり瞳にもやりたい、一緒にやりたい欲求は留まる事なく賢司の心を突き動かす。
  もちろん瞳も、そんな状態の賢司を見れば、一緒にやりたくなってしまう。
  それが、覚醒剤というものの怖さ、なのかも知れない。
  瞳の脳裏に焼き付いた、覚醒剤の快感は、多分死ぬまで忘れる事は出来ないのだろう。
  それも、瞳の選んだ人生、なのだ。
  後戻りの出来ない人生を、賢司と一緒に歩いて行こう、と。
  ふたりは夫婦、運命共同体なのだから。


  瞳の仕事は、早朝から始まって、大体午前中で終わる。
  賢司がこんな状態の時の瞳は、やっぱりそわそわと、落ち着かなくなる。
  仕事に穴を開けたくはない、という割とまともな思考回路が、今の瞳には装備されていた。
  だから、仕事には行く。
  賢司にも、ちゃんとそう言うと、無理強いはしなくなった。
  その代り、賢司は瞳が仕事から帰ってくるのを、首をキリンの様に伸ばせるだけ伸ばして待っていてくれる。

  瞳が帰って来たら、そこからはもう、止まる事すら忘れたふたりは、覚醒剤の甘い誘惑の虜になる。

  賢司が瞳の左内肘の血管を探す。
  その、仕草だけでもうフラッシュバック状態だ。
  わくわくが止まらない。

  チクリ・・・・。
  針が刺さるのを、瞳はずっと見ている。
  注射器の中に赤黒い血液が入って来たら、賢司はゆっくりと注射器を押してゆく。

  次の瞬間、全身の血管に沿って、熱が駆け巡る。

 「あ、あつ・・・・」
 「熱いか?ちょっと多いぞ」
 「え・・・?」

  賢司は、何度も注射器を押したり引いたりを繰り返す。
  その度に、駆け巡る熱。
  心臓は、飛び出しそうな程、早鐘を打つ。
  瞳の花弁が熱く、焼け付くような感覚に陥る。
  そこまでして、漸く賢司は瞳に刺さった注射器を抜く。

  もう、目も開けていられない。
  その様子を見た賢司は、素早く自分にも覚醒剤を打ってそして、瞳のわきに横たわる。

 「どうだ?目が回るだろ?今のはかなり濃かったからな」

  そんな事を打ってから言われても、後の祭り、だろう。
  瞳は、自分の量なんて全く知らないのだから。
  ただ、効き方が尋常じゃない事くらい、辛うじて解った程度だった。

 「乳首、舐めてくれよ」
 「あぅ・・・・、う、ん・・・・」

  覚醒剤を打つと、賢司は乳首を舐めらせるのが、大好きだ。
  物凄く気持ちがいいらしい。
  しかも、それは瞳が舐めるのが、これまでの中でダントツなんだそうだ。
  ・・・・あんまり聞いても、素直に喜べないのは、やはり嫉妬の感情渦巻くせいなのだろうか?


  ここから瞳に異変が起こる。

  強すぎたのだろう、瞳は夢の中へと堕ちていった・・・・。
  自分が誰で、ここは何処なのか、全く分からない。

  花が咲いていた。
  死んだ筈のねねがいた。
  元気な、でも二足で立ち、人間のようだった。
  ねねと瞳は、何の疑問も持たずに、そこで一緒に遊び、話していた。

  その間、賢司は瞳の身体を玩具の様に弄んでいた。
  乳首をぐりぐりと、執拗に責め、クリトリスに何かを挟んだ。
  痛みだけは、夢の中の瞳に届いた。

 「いた、い・・・・、や、だ・・・・」
 「瞳、またそれかよ。そんなに俺とやるのが嫌なのかよ?」

  痛い、としか言わなくなった瞳に、賢司は怒りを露わにして言った。
  そう賢司が怒っていても、肝心の瞳には、賢司の存在すら解らない所に飛んでしまっていた。
  瞳の口から出る言葉は、多分賢司が聞いてても、意味不明に違いない。
  賢司も、まだ正気じゃ、ない。
  瞳が飛んじゃった事に、気付いてはいなかったのだ。

  いや!と言われると逆に責めたくなるのがS性の特徴なのか?
  瞳が何を言おうとお構いなしに、責める、責め続ける。
  それを瞳は、自分の世界の中でその身に拷問を受けている様に感じていた。

  何が何だか解らないまま、花弁に痛みを感じれば、針やらカミソリやらを押し込まれている悪夢に変わる。
  乳首を責められれば、ハサミで切り落とされる悪夢を見る。
  痛いと言うな!という方が無理というものだった。

  こんな風に、強すぎて飛んじゃった状態が、一番怖いのかも知れない。
  本人は、自分が誰で、何をやっているのかすらもう、判っていない。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...