優しい手に守られたい

水守真子

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もう一回 ※R18

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 重い瞼を開けると亮一の寝顔が目に入って、身体の奥が脈打った。
 可南子は、行為の後に裸のまま亮一の横で眠っていたらしい。
 亮一の規則正しい深い寝息は、熟睡しているように見えた。どこでも寝られるその人の、端正な寝顔を気恥ずかしい気持ちで見つめる。
 亮一の眉間から始まっているような鼻を見て、可南子はぜんぜん造りの違う自分の鼻を触った。切れ長の目を縁取るその睫さえも整っている。
 亮一のくっきりと描いたような上唇と少し厚い下唇を見て、その唇にたくさん啼かされた事を思い出した。
 寝室は暗いが、開けっ放しのドアからリビングの明かりが漏れてきている。この暗いとはいえない部屋で亮一に抱かれ、また、我を忘れた事を思い出す。
 身体には、あちこちに亮一に連れて行かれた高みの余韻がある。掛け布団を胸に引き寄せながら身体を起こして、甘い痺れの感覚に溜息をついた。
 ヘッドボードに置いている時計を見ると、十時を指している。
 胸元を見ると、Vの形に花が散っていて、可南子は天を仰いだ。

 ……シャワーを、浴びたい。

 自分の服が、亮一側のベッドの下に落ちているのはわかる。
 けれど、掛け布団から出て、裸でそこまで行くのは、今更だとわかっていても気恥ずかしかった。亮一を跨いでその服を取るような、起こす真似もしたくない。
 布団の中、足元に布の塊のようなものを感じて、捲って覗くと亮一のスェットのパーカーがあった。
 とりあえず借りようと、足で抓まんで、手が届くところまで引き寄せる。
 着てみると案の定大きかったが、太ももまで丈の長さに安心感があった。
 ベッドから抜け出して、脇に落ちている自分の服を拾うと、亮一の身体が動いた。
 亮一の腕が何かを探すように、可南子が寝ていた辺りのシーツを撫でて、動きを止めた。跳ねるように上半身を起こした亮一に、可南子の身体がびくりと震える。
 亮一が部屋を見渡して、ベッド脇に立っている可南子の姿を見つけると、ほっとしたような顔をした。その後、可南子が洋服を手に持っているのを見て、顔を顰めた。

「……この期に及んで、まさか、帰ろうとしてないだろうな」

 寝起きとは思えない迫力で、ぎり、と、睨まれて、可南子は慌てて首を振った。

「よ、洋服をかけようとしてただけ!」

 洋服を持った手を亮一に突き出して、もう片方の手でクローゼットを指差した。
 ここで間違うと、またベッドに引きずり込まれる想像しか出来ず、可南子は語気を強める。

「シャワーも、浴びたいし」
「……身体を洗う約束だったな」
「いえ、大丈夫です」

 どうして、この人は、そういう最中の約束を守ろうとするのだろう。
 可南子はぶるぶると頭を振る。

「髪の毛も洗いたいし、良いです。寝ててください」
「俺を嘘つきにするなよ」

 そう言いながら、亮一は掛け布団を捲って出ると、ベッドのへりに腰掛けた。
 裸かと思って、可南子は目を逸らした。
 あまりにも堂々としているので、ちらりと見てみると亮一は下着を着けていて可南子は、ほっとした。
 亮一に手を伸ばされて、吸い込まれるように一歩近づく。手に持っていた洋服をベッドに置いた。

「それ、似合うな」

 亮一は笑みを浮かべて、可南子が着ているパーカーのウエストあたりの、たぶついている生地を摘(つま)んだ。
 最近よく見せる、憎めない少年のような笑顔に可南子はどきりとする。

「ごめんなさい。勝手に、借りています」

 亮一は「かまわない」と言って、その可南子の姿を上から下までじっくりと見た。
 可南子に亮一のパーカーの大きさでは、肩の位置は全く合わない。袖は腕まで捲くっていて、二の腕あたりで幾重もの小さい畝を作って盛り上がっている。そこから出ている白い細い腕は、作り物のようだった。大きく開いた襟元も、太ももの辺りまである丈も、広い身幅も、可南子の華奢な身体には何もかもが大きい。
 亮一は笑みを浮かべたまま、可南子を見上げて言った。

「最初、ここに泊まった時、シャツを貸しただろ」
「……はい」
「その格好で、俺が風呂から上がったらソファで寝てたんだ。足がきわどくはだけてた。俺は、誘われてるかと思った。でも、本当に寝てて、びっくりした」

 あの時は、誘った覚えなど全く無いが、ベッドに自分で入った覚えも無い。やはり、ソファで寝ていたのを運んでもらったんだと、可南子は初めて知る。今更ながら、大失態に顔を赤くしたまま顔を歪める。

 ……絶対に、お酒は飲まない。

 改めて、強く誓う。

「次の朝もそうだ。覗き込まれたとき、襟から結構見えてたぞ」

 そう言って、亮一は可南子が着ているパーカの襟元をつまみ、ほんの少し引っ張った。鎖骨の辺りから、ひんやりした空気が流れ込んでくる。
 亮一が床で寝ていた事に驚いて、そばに膝をついた時だと思った。驚いたのと罪悪感で、気にしていたかも覚えていない。

「こっちも、上がってたのも気づいてないだろ」

 今度は、後ろの裾を捲り上げられて、下着を着けていない可南子は、さすがに両手で押さえる。
 照れながらも軽く睨むと、亮一はやはりさらりと流す。

「だから、無自覚すぎるんだよ。飲みに行くなとは言わないが、ちょっとは考えろ」
「……何を、ですか」
「襟元を深く見せた服を着てるのに髪を上げて、飲みに行ったりすることだ」
「……そんな目で見るの、亮一さんだけだと思います」

 誰にも、変だとは言われたことが無い。そういう風に見るほうが変だと思って、亮一を見る。
 すると、心底あきれ返った顔で亮一に見返されて、可南子は焦った。

「口で言えって可南子は言うが、見てみろ。言ったところで、わからないじゃないか」
「そ、そんなことないよ」

 亮一は可南子の背に両手を回し、そのまま臀部まで撫で下ろす。
 その服の生地越しでもわかる、手の熱さは常に冷えている可南子にはいつも心地よい。
 亮一の手が臀部までくると、白桃のような可南子の尻の膨らみを、軽く割るようにきゅっと握った。

「ちょっ」

 身体を重ねた余韻が濃く残る体に、ぽっと橙の明かりが灯る。
 だから、身体で教えている。そう言わんばかりの亮一の振る舞いには、親密さが溢れている。態度で「好き」を伝えられた気がして、可南子は頬を染めた。

「……そそるな、この格好。すごく、かわいい。もう一回、いいか」

 サイズの大きな服を着た可南子の身体を、何度も往復して見ながら亮一は言った。
 耳を塞ぎたくなるほどに恥ずかしい事を、連続で言われた気がした。脳で処理できずに、可南子は固まる。
 それなのに、色情を隠さない強い魅惑的な目の光に魅入られて、離れることが出来ない。
 亮一は可南子の右手を取ると、手の平に口付けた。
 桃色の花が体中に舞うような歓びの記憶が、体の奥から表面をさすった。真っ白の筆の先のような柔らかさで、背筋を何往復もされるような、ぞくり、とする感覚に沈みこみそうになる。
 あと少しで、流されそうな自分を抑えられたのは、皮肉にもシャワーを浴びずに身体を重ねた事だった。

「シ、シャワーを、浴びたいの」
「シャワーを浴びてから、その服を着て、もう一回」

 また可南子の時間が止まる。

 ……こ、子供みたいなことを言っている。

 手の平に舌の感触を感じて、手を引こうとするが離してもらえない。
 亮一の右手は可南子の臀部に回り、裾から手を入れた。滑らかな盛り上がった肌を、手で味わうように撫でる。
 可南子は息を呑む。
 膨らんでいく艶かしい期待は、十分満たされたはずの身体を覆いつくそうとする。
 亮一の躊躇いのない手の動きは、所有欲の表れだ。

「亮一さん!」

 下着を履いていない、肌への直の刺激はあまりにも誘惑が強い。

「……駄目なら、身体を洗わせてくれ」
「何で、そういうことに」
「好きだから」

 そう言われた瞬間に先ほどの恍惚とした歓びの全てが、肌の上に、蜜路の奥に、芽吹いた。
 芽吹いて花開こうとする記憶に蓋をしようと、可南子はもがく。

「言っておくが、俺は引かない」

 ……知ってる。

 この一ヶ月のやり取りを思い出すと「知ってる」としか言えない。
 おまけに、亮一は本当に可南子を離すつもりがないことも、わかった。
 可南子は臀部を撫で回している亮一の手首を掴んで、恐る恐る口に出す。

「……その、温泉も、行くから」

 亮一は忘れていないと思って、二人で離れの温泉宿に行こうと言っていた事を、可南子は持ち出す。
 亮一が驚いたように顔を上げて、嬉しそうに表情を和らげたのを見て、可南子の心臓の音が跳ねた。
 きつく見られやすい人が嬉しそうな顔をすると、何倍も良く見えてしまうのは、とても狡い。

「……でも、風呂は一緒に入るぞ」
「どうして、そうなるの」
「身体を洗わないというのは、呑んだ。けど、一緒に入る」

 既に一回、一緒に入っただろ、という目で見られて、可南子はぐっと黙った。
 あれは、勝手に入って来ただけで、と思う。
 けれど、精神的な支えになってくれたことは事実で、それ以上は何も言えない。

「わがまま、ばっかり……」

 つい、愚痴が漏れる。亮一は、唇の左端を上げて笑っただけで、反論もしてこない。
 可南子は、さっきから懸命に亮一の手首を掴んで服の中から出そうとしていた。当たり前のように、がっちりとした手首はびくともしない上に、亮一の手首の骨の突起が手の平に痛い。

「その前に、一回」

 可南子は亮一にぐっと抱き寄せられて、臀部から滑り込むように、媚唇に指を沿わせられた。

「うそっ」

 可南子は自分が掴んでいる亮一の手の行動に動転して、弾かれたように手を離した。
 せっかく鎮まろうとしていた柔肉が、快さの予感に目を覚ましはじめる。
 大きなパーカーの中は、すでに暑い。
 可南子の、背中に汗が浮かんだ。
 蜜口に人差し指の頭を、つぷり、と埋められて、気持ちから余裕が消えていく。

「……濡れてる」
「な」

 なんで、そんなことを言うの。
 言葉が消えたのは、そのまま亮一の長い指が蜜路に埋まっていったからだ。
 可南子はたまらず亮一の肩に手を乗せた。
 一気に目元を薄紅色に染めた可南子をみて、亮一は満足そうに笑む。

「すごい、いい顔だ」
「……や、め」
「たまらない」

 亮一に欲情と愛おしさが湛えられた目で見つめられて、可南子の抵抗しようとする意志がつい弱くなる。
 中で動く指が、ひどく反応してしまう箇所を撫でている。

 ……シャワーを。

 気持ちを砕かれそうになるのをこらえるのは、疲れを伴う。
 抵抗して感じないようにしても、気持ちよさを掻き集めてくる身体の力強さに屈しそうになる。
 亮一は指を抜かないまま、腰掛けていたベッドから立ち上がると、可南子の背後に回る。指が浅くなったと思ったら、中でくるりと反転して、今度は尾てい骨側の中を撫でられた。

「アッ」

 その動きと、後ろの壁を撫でられる強い刺激にぞわり、と鳥肌が立つ。
 弾力の無い垂直な指は、可南子が観念して、愉楽の波に沈むように誘っている。
 そのまま、押されるように、ベッドの上に膝を付かされた。ベッドの上に四つん這いにされて、服を肩の辺りまであげられる。服が捲りあげられて、指が差し込まれている臀部を亮一の眼前に晒している。
 そのあられもない姿に可南子が逃げようとすると、亮一は可南子の腰を空いている腕で抱え込んだ。

「り、亮一さん!」
「……きれいだ」

 リビングから漏れてきた明かりに仄かに照られた、白いふっくらと膨らんだ、小さいながらも張りのある上がった桃のような可南子の臀部に、亮一は感嘆のため息をつく。
 讃えられて、可南子は思わず自分の手で耳を閉じた。

 ……いろいろと、限界が。

 シャワーを浴びたいという強い気持ちが、行為への没頭を防いでくれている。けれど、染まらないと、こんなにも居た堪れない。
 亮一がゆっくり指を抜くと、可南子の身体が小刻みに震えた。
 亮一はヘッドボードの避妊具が入っている箱に手を伸ばした。しかし、急いていたせいか、ことりと床に落とす。
 可南子は床に近いベッドに居たことに感謝した。
 素早く腕を落として箱を亮一よりも先に拾うと、正座をした格好のまま、太ももの上に前屈してそれを抱え込む。

「……おい」

 苛立たしげに亮一に睨まれたが、引けない。

「……お、お風呂に、入りたいの!」

 蜜路が、哀しげに、もやもやとしている。
 可南子はその感覚に引っ張られまいと、何とか気持ちを強く持つ。

「だって、飲みに行ったんだよ。お風呂! 髪! 髪の毛も洗いたいの」
「……一緒に入るぞ」
「入る、入るから。お願い!」
「よし。湯を溜めてくる」

 亮一は頷いた。
 可南子はとりあえず、ほっとする。
 亮一はベッドに手を付くと、可南子の服が捲れたまま、あらわになっている臀部に口付けをした。

「ひあっ」

 避妊具を抱えるのに精一杯で、気がまわっていなかった。
 可南子は真っ赤になって、慌てて上半身を起こしながら、服の後ろの裾を掴んで下ろす。
 ふっと手が伸びてきて、可南子の膝にあった避妊具が宙に浮いた。
 見上げると、亮一が何気ない顔で箱を持っていた。
 可南子に呆然と見上げられている事に気づくと、亮一はにやりと笑んで、顔の横でその箱を小さく一回振った。

「風呂、な」
「……」

 亮一は険しく見える端正な顔を緩めて笑んでいる。
 可南子はそんな親しげな顔を見せられてしまって、責めることができない。
 亮一は引けば引くだけ、旺盛な意志力で押してくる。

「湯を溜めてくる」

 箱を持ったまま風呂へと向かった亮一の後姿は、楽しげだった。

「こ、こども、みたい」

 服の後ろの裾を掴んで下ろしたまま、可南子はあきれたように呟いた。
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