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CHAPTER.2 燥ぐ鈍色(ハシャグニビイロ)【天体衝突9ヶ月前(梅雨)】
§ 2ー2 6月17日 将来
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生きる意味や価値を考え始めると、我々は気がおかしくなってしまう。
生きる意味など、存在しないのだから。
ジークムント・フロイト(Sigmund Freud)
♦ ♦ ♦ ♦
新しい天体が見つかってから3ヶ月。
通い慣れた通学路、大学生活、ライブ会場、喫茶ル・シャ・ブランの看板猫のモカの様子、彩との距離感。一学生にしか過ぎない20歳の生田颯太にとっては、すべてはただ刻の流れによる些細な変化と変わらぬ日常を送っていた。
しかし、世界は変わった。
アメリカ・ロシアの共同声明後、専門家たちによる宇宙防衛会議が即時開催され、あらゆる角度からの議論・検証がなされた。状況はNASAの見解を支持するものになり、それを受けG7や国際連合でも、天体衝突は公のものとして次々と宣誓された。
その過程で、この白光の天体は『パンドラ』と呼ばれるようになっていた。
神が人々に禍いをもたらす為に土から作られた女性。彼女が神に持たされた禁開の箱。その箱を開けると様々な災いが世に飛び出し、箱の底に一片の希望が残された。しかし、彼女は希望を取り出さずに箱を閉めてしまった、という神話。
希望とは何だったのだろう?
それを確認せずに氷の女神の行き先を変えんが為に、世界は核兵器の使用を選んだ。天体から発生されたとみなされる微量な電磁波が恐怖を煽り、まだ距離が遠い段階であれば核を使用しても影響は微細なものと広報された。人々はそれに誰も意を唱えなかった。
そのための資源、物流、労働力が必要となり、低迷した株価は回復し経済が循環する。先が見えていない社会は目先の利益に賑わっていた。
♦ ♦ ♦ ♦
--神奈川県・生田家--
「おまえは卒業したらどうするんだ?」
唐突な父の問い。生田家4人での晩御飯。スーパーのパートをする母・梓は、新しく入った女子高生のアルバイトに「30代ですか?」なんて言われて気を良くし、割引されてない牛肉を晩御飯に家族に振る舞うことになった。父・達哉と妹・凛も焼肉にテンションを上げて席に着く。
TVには、鹿児島の打ち上げ施設に核ミサイルが運び込まれていることへの賛否の映像の後、天体衝突による未来がないからなどと犯行動機を述べている犯罪者のニュースが流れている。
そんな現状を鑑みたのか、放任主義で自主性を謳う父も心配になったのか長男の進路を聞いてきたことは多少なりとも驚いた。
「え? いきなりなんだよ?」
「いきなりでもないだろう。おまえももう大学3年生なんだから、そろそろ先の将来を真剣に考えなきゃいかん時期だろ?」
「んー、そうなんだけど、まだ先のこととかあんまり考えられなくてさ」
「お兄ちゃんは今はバンドに夢中だもんねー」
「大学に何しに行ってるのやら、はぁー」
妹と母も加わり、早速面倒なことになる。
「と、とりあえず、前から言ってるけど、院までいって公認心理師の資格を取ろうとは思っているから」
「スクールカウンセラーになりたいっていうのは変わってないんだな?」
「変わらないよ」
「それならいい。その上で、本気で遊べ、颯太!」
「あのさー、父親が遊べって子供に言うなよなー」
将来のこと。高校時代に芽生えた思い。心理学に興味を持ったことの延長線上にあったもの。その思いの熱量は変わっていない。
「というかさ、俺のことよりも今年は凛だろ? 大学入試なんだからさ」
「ん? んんん?」
不意に話を振られ、肉を口に入れたまま答える。
「凛ちゃんは推薦だものね」
代わりに答える母に、まだ焼肉を口に残しながら2度小刻みに頷く。
「でも、父さんは女子大じゃないと認めないって言ってなかったっけ?」
「ふん! 今でも認めてない!」
「ちゃんと門限守ればいいって言ったじゃん」
どうやら門限21時という交換条件で、父も溺愛する娘の選択をしぶしぶ許したらしい。
やるせなさからか父は「ふん!」と改めて顔をしかめ、食べ頃に焼けた肉を無遠慮に3枚4枚と取り、皿に乗せるとまとめて箸で摘み口に頬張る。
そんな父の内心を慮ってなのか、微笑ましい表情をしていた母が急に話しを変える。
「それで、彩ちゃんはどうするの?」
決まってそうだ。彩の話になると家の中の空気が、微かに神妙な趣に変わる。家族にしか分からないほどの本当に無意識での一瞬だけの微かな変化。颯太はその変化に同調してしまう自分が嫌だった。
「先生になりたいんじゃない? 辞めたいとか他にやりたいことが出来たとかは聞かないし」
「大丈夫なの? ちゃんとお兄ちゃんが話し聞いてあげるんだよ? お金の心配があるなら、話聞くからねって言っておくんだよ?」
おれとじゃないと出来ない話もあるのは承知している。でも、それ以外のことを聞く相手が今はいるんだよ、母さん。
「うん、分かってるって」
「彩姉にまた家においでって言っといてねー、お兄ちゃん」
凛の催促が入る。何も言わないが父も間違いなく心配している。
「はぁー、分かったから。バイトで会ったら顔見せに家に来いって言っておくよ」
匡毅がいないバイトの休憩時間にでも伝えることにしようとため息をつく。どんな理由であれ、自分の彼女が他の男の家に行くのを喜ぶわけじゃないのだから。
生きる意味など、存在しないのだから。
ジークムント・フロイト(Sigmund Freud)
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新しい天体が見つかってから3ヶ月。
通い慣れた通学路、大学生活、ライブ会場、喫茶ル・シャ・ブランの看板猫のモカの様子、彩との距離感。一学生にしか過ぎない20歳の生田颯太にとっては、すべてはただ刻の流れによる些細な変化と変わらぬ日常を送っていた。
しかし、世界は変わった。
アメリカ・ロシアの共同声明後、専門家たちによる宇宙防衛会議が即時開催され、あらゆる角度からの議論・検証がなされた。状況はNASAの見解を支持するものになり、それを受けG7や国際連合でも、天体衝突は公のものとして次々と宣誓された。
その過程で、この白光の天体は『パンドラ』と呼ばれるようになっていた。
神が人々に禍いをもたらす為に土から作られた女性。彼女が神に持たされた禁開の箱。その箱を開けると様々な災いが世に飛び出し、箱の底に一片の希望が残された。しかし、彼女は希望を取り出さずに箱を閉めてしまった、という神話。
希望とは何だったのだろう?
それを確認せずに氷の女神の行き先を変えんが為に、世界は核兵器の使用を選んだ。天体から発生されたとみなされる微量な電磁波が恐怖を煽り、まだ距離が遠い段階であれば核を使用しても影響は微細なものと広報された。人々はそれに誰も意を唱えなかった。
そのための資源、物流、労働力が必要となり、低迷した株価は回復し経済が循環する。先が見えていない社会は目先の利益に賑わっていた。
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--神奈川県・生田家--
「おまえは卒業したらどうするんだ?」
唐突な父の問い。生田家4人での晩御飯。スーパーのパートをする母・梓は、新しく入った女子高生のアルバイトに「30代ですか?」なんて言われて気を良くし、割引されてない牛肉を晩御飯に家族に振る舞うことになった。父・達哉と妹・凛も焼肉にテンションを上げて席に着く。
TVには、鹿児島の打ち上げ施設に核ミサイルが運び込まれていることへの賛否の映像の後、天体衝突による未来がないからなどと犯行動機を述べている犯罪者のニュースが流れている。
そんな現状を鑑みたのか、放任主義で自主性を謳う父も心配になったのか長男の進路を聞いてきたことは多少なりとも驚いた。
「え? いきなりなんだよ?」
「いきなりでもないだろう。おまえももう大学3年生なんだから、そろそろ先の将来を真剣に考えなきゃいかん時期だろ?」
「んー、そうなんだけど、まだ先のこととかあんまり考えられなくてさ」
「お兄ちゃんは今はバンドに夢中だもんねー」
「大学に何しに行ってるのやら、はぁー」
妹と母も加わり、早速面倒なことになる。
「と、とりあえず、前から言ってるけど、院までいって公認心理師の資格を取ろうとは思っているから」
「スクールカウンセラーになりたいっていうのは変わってないんだな?」
「変わらないよ」
「それならいい。その上で、本気で遊べ、颯太!」
「あのさー、父親が遊べって子供に言うなよなー」
将来のこと。高校時代に芽生えた思い。心理学に興味を持ったことの延長線上にあったもの。その思いの熱量は変わっていない。
「というかさ、俺のことよりも今年は凛だろ? 大学入試なんだからさ」
「ん? んんん?」
不意に話を振られ、肉を口に入れたまま答える。
「凛ちゃんは推薦だものね」
代わりに答える母に、まだ焼肉を口に残しながら2度小刻みに頷く。
「でも、父さんは女子大じゃないと認めないって言ってなかったっけ?」
「ふん! 今でも認めてない!」
「ちゃんと門限守ればいいって言ったじゃん」
どうやら門限21時という交換条件で、父も溺愛する娘の選択をしぶしぶ許したらしい。
やるせなさからか父は「ふん!」と改めて顔をしかめ、食べ頃に焼けた肉を無遠慮に3枚4枚と取り、皿に乗せるとまとめて箸で摘み口に頬張る。
そんな父の内心を慮ってなのか、微笑ましい表情をしていた母が急に話しを変える。
「それで、彩ちゃんはどうするの?」
決まってそうだ。彩の話になると家の中の空気が、微かに神妙な趣に変わる。家族にしか分からないほどの本当に無意識での一瞬だけの微かな変化。颯太はその変化に同調してしまう自分が嫌だった。
「先生になりたいんじゃない? 辞めたいとか他にやりたいことが出来たとかは聞かないし」
「大丈夫なの? ちゃんとお兄ちゃんが話し聞いてあげるんだよ? お金の心配があるなら、話聞くからねって言っておくんだよ?」
おれとじゃないと出来ない話もあるのは承知している。でも、それ以外のことを聞く相手が今はいるんだよ、母さん。
「うん、分かってるって」
「彩姉にまた家においでって言っといてねー、お兄ちゃん」
凛の催促が入る。何も言わないが父も間違いなく心配している。
「はぁー、分かったから。バイトで会ったら顔見せに家に来いって言っておくよ」
匡毅がいないバイトの休憩時間にでも伝えることにしようとため息をつく。どんな理由であれ、自分の彼女が他の男の家に行くのを喜ぶわけじゃないのだから。
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