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魔法学園編

83 近づく距離と…

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目を開けると、まだ夜明け前の時刻だった。傍らを見れば、淡い金髪が扇のように広がり、端整な顔立ちの少女が無防備な姿で眠っている。その姿は、女子たる私から見てもセクシーでつまり……眼福。それに尽きる。
刺客に襲われて以来、アナベル様は恐怖故か上手く眠れなくなっていた。学園内、それも人目のある時間帯に襲われ、しかも刺客を放ったのは長年支援してきた南部出身の貴族――気丈に振る舞われていたけど、やはり相当なストレスになっていたらしい。授業中に倒れて、ここ数日、アナベル様は学園内の寮で静養している。そして私はというと……
「へ?添い寝?」
アナベル様の侍女さんから呼び出されたかと思うと、まさかの『お願い』をされた。
「サイラスさんなら剣の腕もたつし、魔法も使える。見た目はアレだけど、使い魔もいるでしょう?お願い、アナベル様の傍にいてあげてほしいの」
刺客は南部出身貴族、とされているが、疑問に残る点も多い。また、学園側の衛兵を完全に信用することはできない。彼らが学園内に刺客を導き入れた可能性もあるからだ。
「それに…サイラスさんは女性だから、安心だし」
確かに、女性であるアナベル様とは、どう頑張ってもそういう間違いは起きないもんね。
と、ここで侍女さんは声を潜めた。
「……というのは建前でね、実は『ロイ』様に傍についていて欲しいのよ」
「あー……」
顔見たらわかるよ。アナベル様に恐怖やストレスを忘れさせるために、『ロイ』を傍に置きたいと。私は『ロイ』が狼にならないための御守り、みたいなもの。
アナベル様と『ロイ』の関係?知ってるよ。双方から悩み相談という名のノロケを聞かされるからね…。
ちなみにその彼氏……もとい『ロイ』は、護衛という体で部屋の扉の外にいる。昨夜は、アナベル様が温かい紅茶を手ずから淹れて、外にいる『ロイ』にそわそわしながら差し入れるのを、約五分おきに繰り返して遊んだ。ちなみに…十五杯目まで『ロイ』は耐えた。男だね!

それはさておき。

今、王国は大変なことになっているらしい。ネイサンたちから仕入れた情報によると、国の南部で一斉蜂起が起きたという。ついこの間は刺客騒ぎ、そして今は内乱にと、王国はてんやわんやになっているとのこと。つーか、内乱起こる前に武器や食糧が南に流れていただろうに、どうして察知できなかったのかね。たるんでんじゃね?

◆◆◆

空が白み始めた頃、私はアナベル様を起こした。
「ん~~…」
眠そうに目を擦るアナベル様。可愛い、眼福。そして飾り気のないリラックスウェアが無駄に色っぽい。さすが巨乳……。
そんな寝ぼけ巨乳美女を私は窓辺に誘った。ちなみに、アナベル様のお部屋は建物の二階にある。
何が見えるか?それは…
外を見たアナベル様の目がぱっちりと開いた。そのブルーグレーの瞳が見つめる先には、一人の少年がこちらに背を向け、一心に模擬剣を振っている。言わずもがな、『ロイ』だ。
「あ…あああ、あの、どど…どうしてシャツを脱いでいるの?!」
……ご褒美的な意味で、です。事前に頼んで脱いでもらいました!!『ロイ』ってば、もともと本物のロイの護衛役も兼ねていたことから、引き締まった身体をお持ちなのだ。腹筋は魅惑のシックスパックだよ、お客さん!
頬を赤らめながらも、アナベル様は目が離せない様子。己に注がれる視線に気づいているのか、『ロイ』はチラリと目だけでこちらを見たものの、また無言で模擬剣を振るのに集中した。
ん?あくまでもアナベル様の無聊を慰めるためだよ?便乗して、『ロイ』で遊んでいるわけじゃないよ~
ちなみに、すっかり朝日が昇るまで、私たちは『ロイ』の魅惑の筋に…ゴッホゴッホ!鍛錬を見学した。
鍛錬ショーを終えて『ロイ』がシャツを羽織った時だ。静な学園内に、突如獣のような咆哮がこだました。
「なに?!」
「アナベル様、中へ!」
言っておくけど、魔法学園内でペット飼育はしていない。ウサギも孔雀も飼っていない。咆える動物は尚のこといるはずがないのだ。…学園の裏手の森には、軍用の魔獣を飼っている檻があるらしいけど、ちゃんとしつけられておりみんなイイ子らしい(※レオの報告より)から、こっちには来ないと思われる。
「入口の方?レオ!偵察!」
「ギギッ!」
すぐさまステルスなレオが飛んでいく。私と『ロイ』は、いつでも戦えるようにアルからもらった短刀を構えた。そして…
ぞわりとした強烈な気配と共に一匹の魔物が姿を現した。

◆◆◆

「ロイ!アナベル様を頼むよ!」
ゴリラみたいな二足歩行の魔物は、まっすぐこちらへ向かってきている。対魔物なら、私の方が適任だ。窓からヒラリと飛び降りた私は、寮から離れるように走りながら、突進してくる魔物に声を張りあげた。
「おい!そこのゴリラ!!」
声に反応した魔物の紅い瞳が私を捕らえた。ぱっと見ゴリラみたいな魔物。種族はわからない。このままギリギリまで引きつけて、レオのレーザービームでやっつけよう。しばし立ち止まって魔物が追いつくのを待ち、パッと飛びすざる。

ちゅどーん!!

レオのレーザービームが炸裂し、魔物の巨軀に火花が散る。袈裟懸けに真っ二つ……
「ッ!」
地を揺るがすような咆哮に耳を塞いだ…直後、
「わっ!」
ざくり、とすぐ近くの地面を魔物の太い腕が抉った。嘘!?レーザービームが効いてない?!
間髪を入れず横薙ぎに振るわれた腕を、結界で防ごうとしたものの、

パリン!

「?!」
なんと殴打だけで私の結界を粉砕した!咄嗟に腕で顔を守っていなければ、多分、二目と見られない顔になっていた。左手が痺れたような感覚の後、強烈な痛みが襲う。これは…折れたかな…
受け身を取りつつ、地に転がる。
次いで繰り出される攻撃を身体を捻って躱し、一旦距離を取る。左手は見ないことにした。
油断したよ。でもまだまだ!私にはまだ魔法があるんだよ!
雷撃ライトニング!!」
『暴風の使徒』の二つ名を持つカリスタさん直伝の雷撃魔法――特大の雷が魔物の巨軀を貫き、雷撃が落ちた地面が黒焦げになる。さすがにこれ喰らって平気な魔物はいないでしょ。
「……え?!」
目を疑った。だって、攻撃で焼け焦げた部分がみるみる修復されていくのだから。自己再生機能?!嘘ォ?!

◆◆◆

サイラスが魔物に苦戦しているのを、少女は物陰から無表情に見つめていた。
「…邪魔だわ」
愛らしい唇から落ちたのは、見目に似合わぬ低く不満げな声。
「たくさん暴れて……何人か死んで貰わなきゃ困るわ」
被害が広がれば広がるほど、王国兵は南へ発てなくなる。そのためにアレを解き放ったのだから。苦戦しているとはいえ、あの少年はバケモノの進撃を食い止めている。イベントが台無しだ。
「《青い髪の貴公子様、お付きメイドもご一緒に…》」
微かな歌声が、少女のまるで糸のように練った魔力に乗って、魔物と少年の戦いを遠巻きに見る数人に忍びよる…
「《糸を結んで遊びましょ》」
絡みついた魔力の糸が、標的の身体に入りこむ。
「《私のファントゥーシュ…我が意に従え》!」

◆◆◆

私は焦っていた。攻撃しても攻撃しても、みるみる回復する魔物。普通の魔物は、急所――すなわち魔核を壊せば討伐できるし、そもそも攻撃されても回復する魔物なんて聞いたことがない。

コイツ、何?!本当にただの魔物?!

魔物が繰り出す攻撃は、殴る蹴るといった原始的なもの。でも、強力な魔力を纏わせてくるから普通の結界が効かない。
ガツッと、魔物の殴打を右手の短刀で受ける。
普通の結界だと破られるので、短刀を芯に結界魔法を凝縮させて籠手のようにして、魔物の攻撃をなんとか受け流している。それでも、衝撃で右手が腕までビリビリする。
このままでは私の体力が尽きたら終わりだ。そして、そんな私に追い打ちをかける事態が。
「えっ?!わっ!」
顔すれすれを掠ったナイフ。振り下ろしたのは、魔法学園の男子生徒。次いでメイドのおねーさんまで飛びかかってきた。え?え?なんで?!どうした?!
「くっ…!」
とりあえず怪我をしたくないので、男子生徒の手を蹴り上げてナイフを彼方に飛ばし、掴みかかってきたメイドのおねーさんをできる限り優しく振り払う。
男子生徒は誰だか知らないけど、メイドさんは知っている。前に王都中心街で愚痴を聞いてくれて、お店にもちょくちょく来てくれるおねーさんだ。なんで?!
ゴリラな魔物の右ストレートを結界で受けた直後、またさっきの男子生徒とメイドさんに組みつかれた。よく見れば、彼らの目は焦点が定まっていない。例えて言うと、薬物中毒者…?
「!!」
突如、激痛が走った。見れば、傷めた左手を、目がおかしいメイドさんが抱きこむように捕まえている。くっ……、集中力が乱れると魔法が…!
魔力が乱れ、結界が霧散する――すぐ間近に魔物が迫り、太い腕が振り下ろされた。
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