RISE!~男装少女の異世界成り上がり譚~

た~にゃん

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魔法学園編

86 真夏の夜の夢【前編】

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ペレアス王国では、夏の最中に国中の貴族を招いた大規模な夜会を開くのが、建国以来の伝統である。古くは、各地の領主と王族との結束を高めるための会議だったが、今では会議は形骸化し、ただ集まって踊り歓談するだけの夜会となっていた。
それでも、重大な行事の一つであることに変わりない。『バカ王子』のワガママで前倒しされることになったこの夜会――通称『真夏の夜の夢』は、無茶振りながらも着々と準備が進められていた。

「もうイヤだわ!ドレスの新調が間に合わないじゃない!」
「宝石もよ!」
栄えある魔法学園の教室は、奇声をあげる女子生徒で溢れていた。件の夜会は、社交の一大イベントであり、夏の暑さを言い訳に露出の多いドレスが許される数少ない機会なのだ。夜会でよい伴侶と出逢えた、という逸話も少なくない……その実績の七割くらいはドレスや宝飾に関わる商人の捏造だが。
「こないだ魔物騒ぎがあったばっかりだろ?南部では反乱も起きてるっていうのに…。王は何考えてるんだ?」
キンキンうるさい彼女たちを一瞥して、ネイサンが呆れたとばかりに言う。
「正気の沙汰とは思えん。な?」
「ああ。国中の貴族を集める……南部を食い止める勢力も王都に呼び寄せるなど、攻めてきてくれと言っているようなものだ」
アレックスとロイも同意見な様子。

この国、滅びるんじゃね?

口にこそ出さないけど、政に関わっている貴族ほど危機感はうなぎ登りなんじゃないかな。
「皆さん、緊急の話があります」
厳しい顔のグレンさんがみんなを集めた。これは…いよいよだろうか。
「領に戻りたい奴はいるか」
…やっぱり。今は王都で遊んでいる場合じゃない。まともな貴族なら、夜会なんかほっぽり出して、一刻も早く領地に帰り、来たるべき動乱に備えて護りを固めたいって思うだろう。
アルの問いに、ネイサン、アレックス、ジーナが迷わず手を挙げた。
「ロイ、おまえはいいのか?」
「俺は、できる限り王都で情報を集めて領主様にお伝えを」
淡々と残るっていうけど、故郷に家族とかいるんじゃないの?
「領主様なら、必ず民を護ってくださいます」
揺るぎない眼差しで断ずるロイ。デズモンド様は、領民を大切にする良い領主様なんだね。君を見るとわかるよ。
「サイラスこそ、故郷はいいのか?」
「ま、そろそろ潮時とは思ってるよ」
早く帰りたい、という気持ちはある。でも、気になっていることもあるし、もう少し情報を集めてから、という気持ちも半分。何と言ってもモルゲンにはダライアスもいるし、お嬢様は立場上夜会には出るという。私が帰るのは夜会が終わってからでも遅くない。ハチに乗れば、普通の馬よりかなり早くウィリスに帰れる(ティナ情報)らしいし。

ぶっちゃけ、動乱といっても辺境のウィリスが巻きこまれる可能性は極めて低いしね。

「なら、決まりだな」
アルは、離脱する三人と握手を交わした。
「達者で。落ち着いたら連絡してくれ」
「ああ」
「貴方も達者でな」
「お世話になりましたぁ」
三人それぞれ短い別れの言葉を最後に、部屋を出ていく。今日の内に発つのだろう。別れを惜しんでいる暇もない。
離脱組を見送ると、アルは今度は私に顔を向けた。
「サイラス、残るならちょっとつきあえ」
ん?なんだろう…?

◆◆◆

「夜会に出る?!私が?!」
ロイとグレンさんを退出させた後、アルは私に有り得ない指令を出した。
「いやいやいやいやアルフレッドさん?!私、庶民だよ?夜会の参加資格とかないよ?!」
夜会ってお貴族様による、お貴族様のための会でしょ。庶民に縁があるとすれば、バックヤードで下働きしかない。
「そんなもの、『俺の女』だと言えば事足りる」
おおおお…俺の女って!いや、たっ…確かに『名無しの現地の女』ならなれるよ~的な話はしたけども!で…できることとできないことがあるんじゃないですかね?
「夜会に身分の怪しい愛妾を連れてくる奴など、掃いて捨てるほどいる。問題ない」
そーか問題ないのか、マジか?!おい!要人が集まるのに、夜会の警備ザルなの?!ザルなんだな?!大丈夫?この国?!
顎を落とす私を、アルは「まあ聞け」と手招きした。
「夏の夜会は厄介でな。既成事実狙いの女が際どいドレスでしな垂れかかってきて、躱すのに苦労する」
さすが最優良物件。令嬢ホイホイ。令嬢も手段を選ばない、と。
「だが立場上、参加しないわけにはいかなくてな。よって、おまえを連れて行く。言わば、盾だな」
威嚇用ナイスマッチョを手放したから、使える奴がいないんだ。などと、アルは嘯いた。
「それに…」
不意に立ちあがったアルが、柔らかく微笑んだ。
「着飾ったおまえを見たい」
ぱらりと髪を纏めていた紐が解かれ、切る機会のないまま伸ばしっぱなしの髪が背を流れる。アルはその一房を掬い上げて口づけた。
「甘い…おまえの香りは」
何気ない呟き。なのに、途端に心臓がうるさくなる。
「なっ…?!」
肩を揺らして後ずさろうとした私を、アルはすかさず捕まえた。あっという間に彼との距離がゼロになる。
「逃げるな…」
私を囲う腕にギュッと力が入った。
「グレンに言われてずっと我慢していた。会いたかった…」
ぴったりと抱き寄せられ、その時初めて彼の鼓動が速いことに気づいた。それは紛れもなく、アルが私を好いてくれている証で。嬉しくて、少し照れくさくて。
「私も…」
気の利いた言葉は、残念ながら口から出てこなかったけれど。代わりに、彼の広い背に腕を回し、甘えるように胸に頬を寄せた。
(私も、貴方が好きだよ…)
前世の『私』は、恋愛なんてからっきしだったけど、きっと今胸を占める温かさが、「愛おしい」って想いなんだね。
「サアラ…」
好きだ、とまっすぐな言葉と共に、熱を孕んだ緑玉の双眸が近づいてきて、
「ん…」
触れるだけの躊躇いがちなキス。互いの目を見つめ合い、もう一度――啄むようなキスは、徐々に深くなって…
「んんっ」
熱量に頭の芯が痺れ、クラクラと酩酊するよう。呼吸を奪うようなそれに、思わず身体を離そうとすると、有無を言わさぬ力で捕らえられた。

熱い…

食べられてしまうんじゃないかと錯覚するくらい、貪欲なキス――。やっと解放されたと思ったら、熱を持った吐息が首筋に、鎖骨にと降りてくる――まるで『その先』を予感させるかのように…
「あっ…アル…」
思わず、名を呼んだ。今更、部屋に二人きりなのだと気づく。視界の端に寝台が見える。
ダメだ…まだ…
理性の叫びはどこか遠く。思考が…身体が、甘く痺れて、蕩けてしまいそう…
背…、腰…、まるで毀れ物を扱うように、彼の手が触れる。

求められている…。でも…

「ア、ル…」
消え入るような声で哀願した。待って…

太腿まで降りてきた手が動きを止める…

チャキ

……ん?

刹那、真横を風が吹き抜けた。

ドスン!

「いってぇ!」
間抜けで聞き覚えのある声と共に、背後の壁がガタンと動いた。
「…え?クィンシー?!」
右腕をさすりながら出てきた少年に目を丸くした。見れば、私が太腿に下げていた短刀がなくなっていて、アルが腕を振り抜いた体勢のまま、
「…外したか」
ぼそりと呟いた。

◆◆◆

「もぉ~怖いなぁ、アル坊は。本気の殺気はないぜ?」
チャラい笑みで肩を竦めるクィンシーに、アルは冷たい眼差しを投げた。
「で?どこまでヤッたんだよ?感そ…ぐはぁ!」
脚が届く距離にいたんだもん。「蹴ってくれ」ってことだよね?
「いっそ首を落としておくか?どうせ正式な入国じゃないんだ。不幸な事故が起こったとしても…」
ヨガの『鋤のポーズ』そっくりに巫山戯たひっくり返り方をしたクィンシーが慌てて起き上がり、じりじりと後ずさった。
「え?!うわっ!待って待って?アル坊冗談キツいって!」
ほら、刃物は危ないからしまおう?と、引き攣った笑顔で、パーにした両手をヒラヒラする……いつ見てもムカつくポーズだ。
「俺はただサアラちゃんのお見舞いに来ただけだって!」
と、クィンシーの目が私の左手を見る。包帯で固定した左手は、まだ動かせない。
「なら、もう用は済んだな。帰れ」
「ええっ!酷いよアル坊!」
「死にたいか?」
しかし、敵国の第三王子だけあって、脅し文句だけでは彼の極太な肝はビクともしないらしい。
「いーじゃん!雑談するくらい!魔の森の事とか、な?」
「…どういう風の吹き回し?」
警戒に険しい目つきになる私に、クィンシーはへらりと笑う。
「やだなぁ。仲良くしようって!」
チャラい笑みを浮かべているが、その目は抜け目なく私を観察している。それだけで十分だ。
「サアラ、迂闊なことは言うな」
アルの忠告に目だけで頷いて。
「ハチ、七番!」
「ゴルルル!」
「へ?!うわあ!」
突如私の影から現れたハチに襟首を咥えられたクィンシーが、びっくりした顔のまま影に引きずりこまれていった。
よし!七番ゴミ捨て完了!
「アイツに故郷のことを聞かれたのか?」
心配そうに尋ねてくるアルに、私は苦笑した。そういえばまだ言ってなかったね。
「フリーデさんのお仲間だよ」
私の言葉に、「ああ」と納得の表情をするアル。
「アイツは嘘を見破る。秘密は堂々と秘密だと言えばいい」
そう言って、アルは息をついて私を見た。
「アイツのおかげで台無しだ。まったく」
濡れている、と、骨張った指に唇を拭われ、つい先ほどの記憶が蘇った。
「あ…」
わかってる。耳まで真っ赤だ。
だって私、アルとキキ…キス、を。それもディープな、大人のそれを…。しかもその先まで行きかけて…
「にゃあぁぁ~~!」
思い出して羞恥に悶える私を、アルは満足げに眺めていた。

◆◆◆

そして。
「なんか場違いじゃない?」
いつもより格段に薄い布地の服を、前に後ろにとキョロキョロ見回して、私は隣に立つパートナーを見上げた。
「そんなことはないが。だが、他の男に見せるのは惜しいな」
翡翠色のドレスの腰に手を回して、アルが目を細めた。
今世三度目のドレス。涼やかな薄地は絹で、瀟洒なレースがデコルテと大胆に開けた背中のV字ラインを華やかに彩っている。スカート部分は前が短く、後ろの裾が長いフィッシュテール。軽やかなシフォンが美しいドレープを描き、脚を見せる――暑い夏限定で許されるスタイルだ。
髪は緩く結いあげて、ドレスと揃いの羽根飾りをつけた。私にはもったないくらいの綺麗な装いだよ。あっちこっちスースーして落ち着かないし、女らしさ全開なドレスが果たして私のような男まさりに似合っているのか大変怪しいけど。
「左手、平気か?」
「ああ…うん、動かさなければ大丈夫」
アルがくれた薬で腫れはだいぶ引いたし、ここに来る前に痛み止めも飲んだ。包帯は骨を固定する最低限にして、手袋を嵌めて隠している。無理に動かさなければ問題ないよ。予備の痛み止めも持ってきているし。
「俺の傍を離れるなよ」
「わかってる」
アルにしな垂れかかって、擦り寄ってくる令嬢に「あ~ら、アタシのカレに何か御用~?」と威嚇するのが、今日の私の『お仕事』。そう、『業務』だ。巨乳美女なアナベル様には負けるけど、寄せて上げて谷間だって作ったし!気分だけはやり手のキャバ嬢だ。おねーさん、頑張るよ~!
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