RISE!~男装少女の異世界成り上がり譚~

た~にゃん

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魔法学園編

97 心配と新たな仲間

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少年は未だ深い眠りに落ちている。真っ暗な空間に、ポツンと浮かんだ棺。横たわる彼はピクリともしない。
「時間が、ありませんでしたからねぇ…」
棺を見下ろし、悪魔は凄絶な笑みを浮かべた。
「ご安心を。『約束』は違えませんよ」
答は、ない。
「また、窺いますよ。マイ・マスター」
悪魔は、胸に手を当て恭しく棺に頭を垂れた。

◆◆◆

南部へと走る馬車には、鎧を着て武装した王子様が乗っている。鎧は、儀礼用の銀色に輝く華やかな装飾のもの。その上から緋のマントを着せられ、見てくれだけは実に立派な王子様が完成していた。
小娘――ノエルという銀朱の髪の女で、『ロザリー』を召喚して瀕死の少年に受肉させた術者――の悪だくみでは、蜂起した南部に乗り込み、そこの首謀者を傀儡術で乗っ取り、南部を丸ごと手中におさめる予定だ。まあ、それはいいとして。
(面白みに欠けますね…)
幸いなことに、冥府へ行き損ねた『少年』の記憶はそのまま引き継いでいる。なら、多少その知識で遊ぼうか。『彼』が指定したのは、たった一人。それ以外はどうでもよいのだから。
目の前には、滑稽なラブロマンスを繰り広げるカップル。『ロイ』の姿をした悪魔は彼らを眺め、うっそりと嗤った。

◆◆◆

帰ってきたら、家に王女サマがいました。
「やほー。来ったよ~」
呑気に手を振る王女サマの横にはヴィクター、反対側の隣にはお嬢様が静かに紅茶を飲んでいらっしゃる。
「サ~イ~ラ~ス~」
ヴィクターが魔王になってる。なんで??
「座りなさい」と有無を言わさぬ顔で席を示されて、私は恐る恐る椅子に座った。
私、何かしたっけ?
えーっと…、夜会でストリップ賭けて王子様とチキンレースしたでしょ。あと、ついうっかり火竜の封印解いちゃって隣国で大噴火を起こしちゃったこと…かなぁ?
あ、火竜はあの後しばらくしてどこかへ飛んでいったよ。シャバを満喫するんだとか何とか。
去り際、古臭くて掌に収まる大きさの魔石をくれた。何でも「我を召喚したくばその石に呼びかけるがよい!景気づけに辺りを一帯を灰にして降臨しようぞ!!」とか。んな危険物要らないよ!絶対使わないし…
「アルフレッド様とキスする関係になったのは本当ですか…!」
「ブフーッ!!」
お茶が逆流した。
「吐きなさい。何をどこまでされたのですか!」
ヴィクターの目の奥にメラメラ燃える炎が見える……オレンジ色のじゃなくて黒とか紫系の。
「え…えっと、その、ヴィ」
「なに?!Bまで!?」
「違うよ!」
Aまでは認めるけど!Bは踏みとどまったし!
「詳しく、包み隠さず、すべて吐き」
「嫌だぁ!」
なんで詳しく言わなきゃいけないんだよっ!れ…恋愛のあれこれを…あああ、アルと抱き合ったりききき、キスしたこととか…無理むりムリ言えない!!ガタンと椅子を蹴倒して、私はじりじりとテーブルから後ずさった。
「あ…アルの『奥様』になる野心はないよっ!ちゃ…ちゃんと『現地妻』以上にはならないって言ったもん!!」
お嬢様が、目を見開いてからヴィクターを見て「あちゃー…」と呟いてこめかみを押さえた。
「げ…げげげげ、現地妻…?」
ゆらりと立ち上がったヴィクターの眉がピクピクしている。あ、これ、ヤバいヤツ!
「どういうことですかサイラス!現地妻?つまりあの男は貴女をキープしながら既に二股を?!」
「ちがーう!!」
つーか公爵令息様を『あの男』呼びダメ!あとまだ二股はしてない。たぶん。
「サイラス…」
ドンッとヴィクターが壁に両手をついて、私の逃げ道を塞いだ――ヴィクターオカンに壁ドンされた。イヴァンジェリン様がデッレェ~~として「グヘヘ」とか言ってるのは、たぶん気のせいだ。元々あんな顔なんだ、きっと。
「本当に…アルフレッド様が好きなのですか?心から、嘘偽りなくそう誓えますか?」
真剣な眼差しが私の目をひたと見つめて、逸らさない。私は圧に押されてコクコクと頷いた。
「あの男を、健やかなる時も病める時もっ、富める時も貧しき時もっ!愛し敬い慈しむことを誓いますかー?!」
カッと目を見開き叫ぶヴィクター。
某格闘家が「元気ですかー!」て叫ぶ図と重なる。脅迫されてると感じるのは気のせいかな…?
「ち…誓います?」
鬼気迫る雰囲気に押されてまたコクコク肯く私。嘘は言ってない。そんな私をどう思ったのか、怖い顔の牧師さん…じゃなかったヴィクターは深いため息を吐いた。
「貴女は…村のためなら平然と自分の意思を曲げてしまいそうですから。本当に、貴女自身はいいのですか?」
私から目を逸らさぬまま、ヴィクターは問うた。
そうか…。村のため――そういう考え方もあるんだね。私自身を取引の切り札にする――行きつく先が不穏だからやらないけど。
「相手は貴族でも、本意でないなら拒んでいいのですよ?貴女に不幸になって欲しくはないのです。少なくとも立場上、彼は貴女だけを愛してくれる相手ではありません。下手をしたら身体の関係だけになりかねません。それでも…?」
と、眉を下げるヴィクター。偏見を持たれるのは勿論、恋情が冷めれば見捨てられ路頭に迷うし、強かであれば邪魔だと消されるリスクもある。子を産めば正妻に疎まれ、シングルマザーに世間は冷たい。それに、貴族側の都合で我が子を奪われることだってある。幸せな人生を歩んだ庶民の『妾』はほとんどいない。ヴィクターは言った。
…うん。覚悟があるかと問われれば、正直言葉に詰まるよ。でも…
「ちゃんと弁えるし、村に迷惑かけたりしない。高望みもしないよ。だから…」
日本と違って、この世界には厳然たる身分制度が存在する。その壁の高さは、わかっているつもりだから。

隣じゃなくていい。少し離れた所から、背中を見ているだけでもいいから――

見上げたヴィクターは、ついに笑ってくれることはなかった。

◆◆◆

その夜。部屋に戻ってきた私を出迎えたのは、長い赤紫色の髪をおろして、すっかりリラックスモードの王女サマだった。
「…お帰りにならないんですか?」
ムスッとして尋ねると、「家出したの~」と呑気な声でとんでもないことを言ってくれた。はいぃ?!家出?!
「つーか、敬語とか要らないって。タメでいこ、タメで」
ヒラヒラと手を振る王女サマ。…頭痛くなってきた。
「ここ、召使い部屋なんですけど」
「ん~、いーのいーの」
当たり前のように寝台に腰かけ、隣をポンポンする王女サマ。座れってことらしい。もう…深く考えるのはやめよう。ため息一つ吐いて、私は彼女の横に腰かけた。
しばしの沈黙。最初に口を開いたのは王女サマだった。
「ねぇ…。アル君が好き?」
ややあって私が肯くと、「そっか~」と王女サマはカラリと笑った。大人びた笑みを浮かべる彼女に、ふと思う。私もこんなふうに見えるのだろうか、と。年相応な感じがなくて、現実的な物言いをして――。たぶん、ヴィクターが案じているのは、私のそういうところだ。現実を見て、必要があれば我慢するのは当たり前――こんな子供がいたら、普通にメンタルを心配するよね。らしくない、と。実際、もし村のために政略結婚すべきと断じたら、平然と受ける自信があるし。
「ダメ…なんでしょ?」
言葉にした途端、胸が張り裂けそうに苦しくなる。アルを手放したくない……我が儘だってわかっているのに…。
「ん~。別にいいんじゃない?」
けれど、返ってきた答は予想とは真逆。目を瞠る私に、王女サマはニッと笑った。
「だって。もう始まってるんでしょ?なら、『アル君と離れると破滅を回避できる』って仮説は既に意味がないって」
「左手、見せてみ?」と言われて、僅かな逡巡の後、私は包帯を解いた。
「…!」
広がっている。手の甲にしかなかった鱗は、手首までその範囲を広げていた。その、ヒトとは明らかに違う組織を、細くて白い手がそっと包みこんだ。
「大丈夫。ヒントはあるし、解決策を探そ。私も一緒に戦う。一人じゃないから、そんな思いつめた顔しないで」
ヨシヨシと背を撫でる手は優しくて。強張った心が、少しだけ楽になった。
その夜は王女サマ――通称エヴァ…「エヴァン〇リオンと呼んで!夢だったの」というお願いは聞き流した…と、ゲームの知識を共有したり、可能な範囲でウィリスの事を話したりして過ごした。湖のことは話さなかった。だってもし、それで彼女に何かあっては困るからね。
エヴァのおかげで、一人悩んで眠れぬ夜を過ごさずに済んだよ。関係ない話――「享年いくつ?」とか「首相誰だった?」等々――にも花を咲かせて笑って過ごせた。気を遣ってくれたんだよね、きっと。翌朝目がショボショボしてて隈ができていたのはご愛嬌。

◆◆◆

ベイリン、領主の屋敷。仄暗い執務室にアーロンはいた。鋭利な光を宿した瞳が、執務机に広げられた数枚の報告書を睨む。
水路、堀、ギデオン公の屋敷、そして…

軍の内情

発展したように見えるが、防衛力はさして向上していない。
己と繋がるも、着々と準備を整えている。南部の蜂起は、実に良い目眩ましとなった。鎮圧のため、街道には武器や糧食を運ぶ荷馬車が溢れている。そんな大量の物資が、に、西に流れていても誰もが些事に捉えるだろう。
かの老獪な男爵もまた。
夢にも思わないだろう。己の息子が、こちらに情報を流しているとは。例の触媒をエサにネーザルを差し向け、ことあるごとにベイリンの窮地を示す情報を与えれば、見事にその情報を持ち帰った…つもりになっている。つい先ほども、ニミュエ領内の港から従者の青年が手紙を届けにきたばかり。気づかれてはいないが…、そろそろ決定打が欲しいところだ。ダライアス・フォン・モルゲンの罪状が。宮廷魔術師を断罪した夜会で確信した。

ダライアスは、古参派貴族子息の亡命に一枚噛んでいる。

モルゲンの港は、ニミュエ領内のそれより規模も大きくないが、帝国に近く、また辺境の小貴族とあって王国の監視の目も行き届いていない。あの小倅――ブルーノの話から、少なくともイントゥリーグ伯爵が、サイラス・ウィリスを替え玉に仕立て、モルゲンの港から息子を逃がしたとわかっている。だが、それだけでは弱い。亡命した貴族とダライアスがやり取りした手紙などがあればよいのだが…
「私の助けが必要なようですね」
ざわりと空間が歪み、執務室に精悍な顔立ちの少年が現れた。ふわりと立ちあがった黄土色の髪が、窓からの月光に淡くはね返す。
「…君は?」
一息ついて問い返したアーロンに、少年は艶めいた笑みを浮かべた。
「ロザリーと申します」
そして、胸に手を当てて恭しく腰を折った。
「コレが欲しかったのでしょう?」
少年の手からかさりと音を立てて舞い落ちたものは。
「これは…」
 ロイ・フォン・デズモンドの逃亡に関わる手紙ですよ。モルゲン男爵との、ね?」
ロザリーと女の名前を騙る少年は、ずいとアーロンに手紙を押しやった。その切れ長の目が、愉快そうに細められる。
「愉しませてくださるなら、力を貸してもいいですが?」
いかがなさいますか?試すような眼差しでロザリーはアーロンを見上げた。

◆◆◆

「オフィーリア様に急報!」
家出王女のエヴァがモルゲン邸に滞在を始めて数日。早朝のエントランスに早馬がどうと倒れた。靴の泥も払わず邸内に駆けこんできたのは…
「フリッツ?!」
焦りを滲ませたフリッツの続く台詞に私たちは愕然とした。
「モルゲンが、落ちた…!」
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