誰かの歌とどこかの料理といつかの短編物語

物書き赤べこ

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今夜はブギーバック×チキンとビール

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 金曜の夜、商店街の外れにある小さなバル「ミクロボーイ&マクロガール」は、
 いつもより少しだけ音量高めの音楽が流れていた。

 心をくすぐるような軽いビート。
 店先のガラスは、外の街灯を受けてリズムを刻むように揺れて見える。

 誠(マコト)は、閉店間際の厨房でチキンに最後のひと振りの塩を落とし、
 フライパンの上に並べた。
 上がってくる香ばしい匂いに、「帰りに自分も食べたいな」と思ってしまう。
 今日は長い一日だった。

 今日の店全体が汗と笑いで満たされていて、どこか心地いい。

 「それ私の賄いでしょ?」

 ふいに背後から声がする。
 店のホール担当・南(みなみ)が、ビールジョッキをトレーに乗せて立っていた。
 いつもの白いシャツにエプロンという格好なのに、夜の照明のせいか妙に“特別”に見える。

 「そうですよ、南さんのためなら、美味しさも踊りたくなる感じで仕上げますよ」

 冗談めかして言うと、南はほんの一瞬だけ目をそらした。
 その仕草に、快の胸の奥で小さく何かが跳ねる。

 「……踊らせなくていいから。美味しければ」

 そう言いつつも、南の耳が少し赤い。
 快はフライパンを振りながら、心の鼓動が音楽と重なるのを感じていた。
 今夜はやけに料理のビートが気持ちいい。


 閉店後、片付けを終えた店内には静かに音楽だけが流れていた。
 快が厨房の電気を落としたところで、南が声をかけてきた。

 「ねえ、。余ったチキン……一緒に食べない?」

 ビールの栓がプシュッと軽い音を立てて抜ける。
 
 グラスはない。
 ジョッキも使わない。
 キッチン裏の狭いスペースで、缶のまま乾杯する。

 「お疲れ」

 缶が触れ合う乾いた音が、やけに胸に響いた。

 チキンは焼きたてとは違うけれど、スパイスが程よくなじんでいて、ビールとの相性が最強だ。
 ふたりは肩を並べて食べながら、ぽつぽつと今日の失敗談や笑い話を語り合う。

 「カイってさ、仕事中はすごく真面目なのに、ふとしたとき子どもみたいなこと言うよね」
  南が言うと、快はむせそうになった。

 「なんですかそれ。褒めてます?」

 「うん。……たぶん」

 不意打ちの言葉に、快の胸がすっと熱くなる。
 ビールのせいか、夜のせいか、それとも彼女の目が近いせいか。

 沈黙。
 音楽だけが流れる。

 快はゆっくり息を吸った。
 「南さんさ……」
 言葉が続かず、缶を握り直す。
 指先が少し震える。

 その瞬間、南が笑った。
 「言わなくていいよ」

 「え?」

 「言ったら、きっと何か変わっちゃうでしょ。
  ……もうちょっと、この“変わる前”を楽しみたいの」

 快は、たしかに心を撃ち抜かれた気がした。
 彼女はずるい。
 だけどその“ずるさ”が、妙に愛おしい。

 外の街灯が窓ガラスを揺らし、店内の影がゆっくりと踊った。
 ビートが、胸の奥で静かに跳ねる。

 快は缶を掲げて言った。
 「じゃあ、もう一杯付き合ってください」

 南も缶を掲げる。
 「仕方ないなあ」

 缶が触れ合う音。
 夜はまだ終わらない。
 今夜はブギーバック。
 チキンをビールで流し込むと恋の始まりの味がした。
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