ホテル「ソラスフォレスト」と季節の人々 ~44歳男性コックと25歳女性コックの不器用関係と不思議なスタッフと~

物書き赤べこ

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第1章 宿り木ホテルと季節の人々

第14話 子供たちと鬼ごっことお子様ランチとかくれんぼと鍋焼きうどんと

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その日は、昼前からすでにホテルが妙に騒がしかった。
児童養護施設の子供たちを読んでホテルで過ごしてもらおうという企画で
今年で3年目になる。

 ロビーを走り抜ける小さな足音。
 続く笑い声。
 そして――
「奏さーーーん! にげてーーーっ!!」
 子どもたちの叫び声が、ホテル中に響いた。

 当の奏は、厨房から顔だけのぞかせて硬直していた。
「え? え? なんで俺が逃げ……?」

「いいから! いま“鬼”にされてます!!」
 舞が手を振る。
ロビーソファの後ろに隠れているのは、小学生くらいの三人組だ。

「だって奏、さっき“俺は足が遅いから鬼は無理です”って言ったでしょ?」
「え? そんなことで?」
「そんなことで。子供はそういうの大好きなんですよ!」

 次の瞬間、子どもたちが一斉に飛び出した。

「に・げ・ろーーー!!」

「ええぇぇーーーっ!? 俺が鬼!?」

 奏はそのまま廊下へ全力疾走する破目になった。
 スタッフたちは半ば笑い、半ば呆れながら、ホテル中で繰り広げられる“鬼ごっこ”を見守る。


 廊下の角では、掃除係の山本静江が、思わずモップを構えた。

「待って! その先はワックスかけたばっかりよ! 転ぶから!」
「えっ、止まれな……っ、うわぁっ!」
 案の定、滑って壁に激突した。

「ほら言ったじゃないの……。もう、この人ほんと手がかかるんだから」

 反対側の廊下では、フロントの京子が子どもたちを誘導するように“それっぽく逃げる”。

「鬼くるぞー! 非常階段に逃げろー!」
「まじか! 行けー!!」

 完全にホテル全体が“遊び場”になっていた。
 舞はロビーで腕を組んで、笑いながらもどこか楽しそうにその光景を見ていた。

「……でもさ、こんだけ楽しませられる料理人なんて珍しいよね。奏って、ほんと変な才能もってるわ」


 しばらくして、汗だくになった奏がへろへろと厨房に戻ってきた。
「……し、死ぬかと思った……」
「まだですよ!」
 結がにっこり。嫌な予感しかしない。

「“鬼ごっこ終わりのスペシャルお子様ランチ”作るって約束したんでしょ?」

「えっ!? そんな約束……」
「奏さんが“がんばったら作ります”って言ってましたよ逃げながら。」
「言ったっけ……?言ってたな…」

 しっかり聞かれていた。

 奏はよろよろのまま、しかし真剣な目で厨房に立った。
 子どものための料理になると、彼の手元はいつもより優しくなる。

 ――旗を立てたチキンライス。
 ――ハンバーグは子どもの口より少し小さめ。
 ――星形のニンジン。
 ――唐揚げは衣を薄めに。
 ――そして、隠し味にほんの少しのバター。

 結は横で見ていたが、ふと気づく。

「ねぇ奏さん、子供に作るときって……なんか背中が柔らかくなるよね」
「そう……か?」
「うん。料理に性格出るってやつ」

 食堂には、お子様ランチが整然と並べられた。
 子どもたちは一斉に歓声をあげる。

「すっげーー!」
「星のニンジンかわいい!」
「ハンバーグやわらかい!!」

 その反応に、奏はほっと肩の力を抜く。

「……良かった。喜んでもらえて」
「当たりまえだ誰が作ったと思ってる。」

 他のスタッフたちも温かく見守る。

 子どもたちは鬼ごっこの疲れも忘れ、夢中でスプーンを動かした。
 その横顔を見て、奏は胸の奥にじんわりしたものが灯る。

(……こういう“食べて笑ってくれる瞬間”が一番のご褒美なのかもな)

 その小さな気づきに、結が気づいたように微笑んだ。

 結が笑顔で
「おかわり沢山来ますよ」
「えっ!おかわり⁉」

 またドタバタが始まる。
 でも――それも悪くない。
 今日もホテルの一日は、にぎやかに、やさしく過ぎていく。

 子どもたちのお子様ランチを出し終え、ようやく一息ついた夕暮れどき。
 スタッフみんなと一緒に奏は厨房の片隅の椅子に沈み込み一休みしていた。

「……もう足が棒のようだ……」

「棒ならまだいいですけどさっき滑り台みたいに転がってたじゃないですか」
 結があどけなく笑う。

「せっかくワックスかけたのにねぇ」
 静江が肩をすくめる。

「ほんと…申し訳ない」
「いやいや、一番がんばってたと思いますよ‼」」
 結は笑顔でそう言った。


 ところがその直後、フロントから血相を変えたスタッフが飛び込んでくる。

「奏さーん! またです!」
「ま、また……何……?」

「さっきの子どもたち、今度は“夜のホテル探検ゲーム”始めました!」
「えっ!?!?!?」

 結がピシャッと手を打つ。
「ほら、言ったでしょ? お子様ランチで元気復活するって」

 とりあえず、奏はぐったりしたまま立ち上がる。

「……どうしたら……どう対処すれば……?」

「大丈夫」
 静江が、なぜか自信満々の表情で言った。

「昼の鬼ごっこで奏の動きは全部把握したわ。
 次は私たちがあなたをフォローする番よ」

「フォローって……何を……?」

「迷子も怪我も出さずに、
 子どもたちの冒険を“ちゃんとしたイベント”にするのよ」

 静江がウインクした。

「つまり――“夜のホテル探検ツアー “」

「またやるのか!?」

「決まってるじゃない。人気だったんだから」


 舞は子どもたちの後ろから指示を出しながら、こっそり奏に近づいた。

「ねぇ、探検のゴールでさ……
 あったかいもの作れない?」

「あったかいもの……?」

「今日走り回って、夕飯食べたあとでまた歩いてるでしょ。
 お腹がすくと思うから、あの子たち。
 それと――あなたも」

 舞の声はひどく優しくて、少しだけ甘かった。

「……じゃあ、あれにするか“鍋焼きうどん”」

「いいじゃない。それ」

 深夜の廊下
 奏と子どもたちは探検を終え、
 子どもたちは「楽しかったー!!」と叫びながら食堂に戻ってくる。

 奏は小鍋を抱えて待ってきた。

「お腹すいたろ。あったかいやつ食べろ」

 子どもたちはスープの香りに吸い寄せられるように鍋の前へ。

「いい匂い……!」
「なんか落ち着く……」
「この丸いの、やわらかーい!」

 生姜のじんわりした温かさと、柚子の香りがふわっと広がる。
 子どもたちの顔が、自然にゆるんでいく。

 その様子を見て、奏は胸がいっぱいになった。

 舞が横で腕を組んで言う。

「ほら、奏の料理ってさ……。
 走り回ってても、泣きそうな顔してても、
 最後にちゃんとホッとさせる力があるのよ」

「……なんだか照れるよ」

「照れときなさい。そのうち、もっと照れさせてあげるから」

 唐突に色気のあることを言うので、奏は盛大にむせた。
 静江がすかさず背中を叩く。

「はいはい、イチャイチャはほどほどにねー」

「ち、違います!!」
「違わないでしょ?」
「舞さんだけずるい」
「違わなくてもいいのよ?」
「違うーーー!!」

 子どもたちはゲラゲラ笑った。

その夜、奏の部屋の前で

 寝静まったホテル。
 舞は帰り際、奏の住み込み部屋の前で立ち止まり、そっと言った。

「……今日のあなた、すごく良かった。
 料理も、人との距離のとり方も……ちょっと成長した?」

 奏は照れくさそうに目をそらした。

「よくわかんないけど俺も楽しかった」

「知ってるわよ。でも――」

 舞は、ほんの少しだけ近づいた。

「“人に喜んでもらう才能”、は本物なんじゃないかな」

「……そうか」

 その言葉を胸に、奏はそっと目を閉じた。

 ホテルの夜は、静かで、温かかった。

第15話「奏と結と味喧嘩とスパイスカレー」につづく
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