ホテル「ソラスフォレスト」と季節の人々 ~44歳男性コックと25歳女性コックの不器用関係と不思議なスタッフと~

物書き赤べこ

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第1章 宿り木ホテルと季節の人々

第59話  クリスマスマーケットと買い出しと屋台飯しと

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 ソラス・フォレストのロビーに、珍しく全スタッフが集まっていた。

「というわけで」

 支配人が手を叩く。
 京子が満面の笑顔で
「今年のクリスマスマーケット用の買い出し、公と支配人と静枝さんは仕事でいけないので
 その方以外は全員で行きます……あっあと千夏ちゃんにも声かけといたからね」

「全員?」

 結がきょとんとする。

「奏さんも?」

「俺も?」

 奏が指差すと、舞はにっこり笑った。

「もちろん。現場の空気を知らない料理人は信用できません」

「……手厳しい」

 こうして、ワゴン車二台分のほぼ遠足が始まった。

 町の広場は、すでにクリスマスマーケット一色だった。

 木製の屋台、赤と緑の装飾、ランタンの光。
 スパイスと焼き肉と甘い砂糖の匂いが、空気に混じる。

「うわ……」

 千夏が目を輝かせる。

「本当に海外みたい……!」

「海外“風”な」

 結が現実的なツッコミを入れた瞬間。

「ソーセージ!!」

 京子が真っ先に走り出した。

「仕事!!京子さん仕事だから!!」

 快が言いながら、なぜか一緒に追いかけている。

「仕事(食べる)だから大丈夫!!」

「理屈が雑すぎる!!」

 ぬくはすでにテンションMAXで、リードを引っ張りまくっていた。

 最初の屋台は、巨大な鉄板で焼かれるソーセージ。

 脂が弾け、パチパチと音を立てる。

「……これは」

 奏が腕を組む。

「粗挽き。豚比率高め。スパイスはマジョラムと……フェンネル」

「分かるんですか、それ」

 結が呆れる。

「匂いでだいたい」

 京子はすでに頬張っていた。

「おいしい!!ビール欲しい!!」

「まだ昼です」

「昼から飲むビールが一番おいしいのよ!」

 快は無言でマスタードを足している。

「……江藤?」

「酸味が足りない気がして」

「なんでそんな通ぶってるの」

 舞がメモを取る。

「ソーセージ、三種類。マスタードは甘辛二系統」

「もう導入前提なんですね……」

 千夏は感動していた。

「屋台って、こんなに奥深いんだ……」

「料理は全部、奥深い」

 奏が静かに言う。

 次は湯気を立てる大鍋。

「グリューワインだ!」

 結が声を上げる。

 赤ワインにオレンジ、シナモン、クローブ。
 甘くて、温かくて、危険な匂い。

「一杯だけだよ」

 舞が念押しする。

「一杯なら問題ないわ」

 京子はもう二杯目を想定している顔だった。

 結が一口飲んで、ぱっと顔を赤らめる。

「……あ、これ、身体があったまります」

 結が言った瞬間。

「……」

 奏がじっとカップを見ている。

「……どうしました?」

「甘すぎる」

「即答!?」

「クローブが強い。オレンジ皮入れすぎ」

「屋台相手に厳しすぎる!!」

 結は逆に楽しそうだった。

「じゃあ、ソラス・フォレスト版は?」

「蜂蜜控えめ。スパイスは後入れ。飲む直前に香り立たせる」

「採用」

「即決なんですね……」

 甘いものゾーンに入った瞬間、空気が変わった。

「クレープ!」

 千夏と結が同時に声を上げる。

 生地が焼かれ、バターが溶け、砂糖が焦げる。

「何にする?」

 結が千夏に聞く。

「えっと……チョコバナナ?」

「定番だね」

 その背後。

「結さん」

「なに?」

「一口もらっていいですか」

「……あげない」

「え」

「……後で買ってあげるから」

 完全にデートの会話だった。

「……」

 舞と奏が同時にため息をつく。

「気づいてないな」

「気づいてないですね」

 ぬくはクレープを見上げ、必死に尻尾を振っていた。

「フライドポテト!」
「唐揚げ!」
「チーズフライ!」

 完全に収拾がつかない。

 結は紙トレーを抱え、途方に暮れる。

「これ……何が目的でしたっけ」

「買い出し」

「完全に食べ歩きですよね」

 奏は一口食べて、静かに言った。

「……衣が重い」

「それも屋台の味です!」

「分かってる」

 だが、次の一言。

「でも、うちならもっと軽くできる」

 その言葉に、結は少しだけ胸が熱くなる。

(ああ、やっぱりこの人は料理のことしか考えていない。)

 日が傾き、ランタンに灯りが入る。

「そろそろ本題に戻りましょう」

 舞の号令で、全員が我に返る。

 スパイス、ソーセージ、チーズ、蜂蜜。
 段ボールが次々に積まれていく。

 千夏が言った。

「なんか……今日、すごく楽しいです」

「仕事だけどね」

 結が笑う。

「でも、こういう仕事なら、ずっとしたい」

 奏は少しだけ微笑んだ。

「……そうだな」

 ワゴン車の中。

 疲れて眠る者、戦利品を抱きしめる者。

 ぬくは奏の足元で丸くなっていた。

「いいマーケットでしたね」

 快が言う。

「ええほんと」

 京子は窓の外を見ながら、ぽつり。

「……クリスマスって、嫌いじゃなかったかも」

 快は何も言わなかった。
 ただ、少しだけ距離を縮めた。

 ソラス・フォレストのクリスマスは、こうして始まった。

 料理と、人と、少しの喧騒と。
 ――全部ひっくるめて。

第60話 「クリスマス準備とプレゼント探しとチキンの丸焼きと」につづく
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