ホテル「ソラスフォレスト」と季節の人々 ~44歳男性コックと25歳女性コックの不器用関係と不思議なスタッフと~

物書き赤べこ

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第2章 季節の変わり目は複雑な天気に

第128話 豚肉料理完成 蒸し豚肉のわら焼き ~リンゴのピュレとカット干し柿を添えて~

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 静かな白い呼気のようなものが皿の上に薄く滲んでいた。

 白磁の平皿。
 縁はわずかに立ち上がり中心に向かって緩やかにくぼんでいる。
 その中央に豚肉が置かれていた。

 低温でじっくりと蒸された肩ロース。
 表面だけをほんの一瞬わらの炎にくぐらせてある。

 焦げではない。
 ただの焼き色でもない。

 皮目に沿って琥珀と金色のあいだの色が薄く走り
 ところどころに細い黒の線が入っている。
 炎が“触れた跡”が模様のように残っていた。

 近づくとかすかなわらの香りが立つ。
 甘く乾いたわらの匂いに土の記憶が混じる。
 そして、その奥に豚そのものの温かな脂の気配。

 結はその匂いを確かめるようにほんの一瞬だけ目を閉じた。

 肉は皿の中心からやや右寄りに配置されている。
 厚みは均一。
 切り分けられてはいない。
 “塊のままそこに在る”という佇まいだった。

 その左側に小さな白い器が寄り添うように置かれている。

 リンゴのピュレ。

 滑らかでほとんど光を帯びた淡い象牙色。
 表面は均されほんの一滴だけ豚の骨から取った澄んだ雫が垂らされている。
 それは水滴のように丸く残りピュレの上で微かに揺れていた。

 甘さは控えめ。
 香りだけがふわりと立ち肉の匂いを邪魔しない。

 さらにその横――
 ピュレの縁に沿うように細くカットされた干し柿が並ぶ。

 薄く半透明に近い橙。
 光に透かせば内側に細かな繊維が見える。
 一片、また一片と、まるで落葉のように重ならず配置されていた。

 艶はあるが濡れてはいない。
 乾きと甘みを閉じ込めた質感がそのまま視覚に伝わる。

 仕上げの一滴

 結は最後に小さな銀のスプーンで皿の縁にそっと一滴だけソースを落とした。

 豚骨の雫。

 濃い琥珀色。
 しかし量は極少量で皿全体を支える“影”のような存在だ。

 広がらない。
 円のまま留まる。

 それが皿に静かな重心を生んでいた。

 結は完成した皿を見つめる。

 派手さはない。
 ソースが奔流のように流れるしずる感もない。

それでも――

 この皿には確かに“核”があった。

 豚肉がすべてを支えている。

 前菜の鮮烈な赤と緑。
 黒いボンゴレスープ。
 光を纏う鯛の昆布締めソテー。

 その流れを下から静かに受け止める存在としてここに立っている。

 背後で足音が止まる気配がした。

 奏は皿を見ただけですぐには口を開かなかった。
 肉の表面に残るわらの痕跡。
 控えめなリンゴ。
 干し柿の配置。

 やがて低く一言だけ。

「……日常と非日常の境界線のような皿だな」

 結はその言葉を噛み締めた。
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