140 / 152
第2章 季節の変わり目は複雑な天気に
第138話 翌朝
しおりを挟む
今朝の厨房はいつもより少しだけ静かだった。
誰かが意識しているわけではない。
ただ、空気が柔らかかった。
結は一人コンロに火を入れる。
鍋に水、貝、昆布。
昨日まで何度も試した手順を今日は迷いなくなぞる。
「今日の賄いって何?」
京子の声に結は一瞬だけ手を止めた。
「今日の賄いは……フルコースです」
冗談とも本気ともつかない返事に京子が目を丸くする。
「え、あの? 昨日の?」
「はい!!」
それ以上の説明はなかった。
前菜はトマトのプリンとバジルのムース。
白い小皿に静かに置かれる。
誰も声を出さない。
スプーンが入る音だけが揃って響いた。
舞が最初に顔を上げた。
「……これ、写真よりずっと地味だね」
「はい」
「でもさ」
舞はもう一口すくって少しだけ笑う。
「すごく美味しい」
結は答えなかったが指先がほんの少し緩んだ。
スープはアサリとイカ墨の黒のボンゴレスープ。
黒い液体に躊躇なくスプーンが入る。
快が眉を上げる。
「賄いで出す色じゃないかな」
「……すみません」
「謝らないで。」
短い言葉だったが結の胸に残った。
魚料理。
鯛の昆布締めソテー海水ソース。
木島は黙って食べしばらく皿を見つめてから言った。
「派手じゃないな」
「はい」
「でも――」
そこで言葉を切り立ち上がる。
「本当にうまい!!見た目と味のバランスが合わないのがまた良い!!」
その一言で十分だった。
蒸し豚肉のわら焼き。
リンゴのピュレと刻んだ干し柿。
静江がいつの間にかそこにいた。
誰も気づかなかった。
無言で一口食べ皿を置く。
「……あたたかい味だね」
それだけ言って食べ続けた。
結は少しだけ目を伏せた。
最後はデザート。
ローストしたヘーゼルナッツ。
温めたクリーム。
ほんの少しの塩。
砕いたチョコレートと微量の柑橘の皮。
庭の記憶を模した一皿。
誰かが小さく息を吐いた。
「……これ、終わるのが惜しいね」
結は初めて全員の顔を見た。
「昨日の決勝ここまで来られたのは」
「みんなが居たからです」
声は震えなかった。
「応援してくれて」
「支えてくれて」
「……見守ってくれて」
一拍、置いて。
「本当にありがとうございました」
誰も拍手はしなかった。
代わりに全員が黙って最後の一口を味わった。
片付けが終わり厨房に人がいなくなる。
結が振り返ると奏がそこにいた。
「賄いにしては重いな」
「……すみません」
「でも、最高のフルコースだった。
ごちそうさまでした。」
短く言って鍋を覗く。
だが結は胸の奥が静かに満たされていくのを感じていた。
勝てなかった料理。
けれど――確かに届いた料理。
結はまな板を拭きながら心の中でそっと呟く。
――次は勝ちたい。
それはもう悔しさではなかった。
料理人としてのまっすぐな願いだった。
誰かが意識しているわけではない。
ただ、空気が柔らかかった。
結は一人コンロに火を入れる。
鍋に水、貝、昆布。
昨日まで何度も試した手順を今日は迷いなくなぞる。
「今日の賄いって何?」
京子の声に結は一瞬だけ手を止めた。
「今日の賄いは……フルコースです」
冗談とも本気ともつかない返事に京子が目を丸くする。
「え、あの? 昨日の?」
「はい!!」
それ以上の説明はなかった。
前菜はトマトのプリンとバジルのムース。
白い小皿に静かに置かれる。
誰も声を出さない。
スプーンが入る音だけが揃って響いた。
舞が最初に顔を上げた。
「……これ、写真よりずっと地味だね」
「はい」
「でもさ」
舞はもう一口すくって少しだけ笑う。
「すごく美味しい」
結は答えなかったが指先がほんの少し緩んだ。
スープはアサリとイカ墨の黒のボンゴレスープ。
黒い液体に躊躇なくスプーンが入る。
快が眉を上げる。
「賄いで出す色じゃないかな」
「……すみません」
「謝らないで。」
短い言葉だったが結の胸に残った。
魚料理。
鯛の昆布締めソテー海水ソース。
木島は黙って食べしばらく皿を見つめてから言った。
「派手じゃないな」
「はい」
「でも――」
そこで言葉を切り立ち上がる。
「本当にうまい!!見た目と味のバランスが合わないのがまた良い!!」
その一言で十分だった。
蒸し豚肉のわら焼き。
リンゴのピュレと刻んだ干し柿。
静江がいつの間にかそこにいた。
誰も気づかなかった。
無言で一口食べ皿を置く。
「……あたたかい味だね」
それだけ言って食べ続けた。
結は少しだけ目を伏せた。
最後はデザート。
ローストしたヘーゼルナッツ。
温めたクリーム。
ほんの少しの塩。
砕いたチョコレートと微量の柑橘の皮。
庭の記憶を模した一皿。
誰かが小さく息を吐いた。
「……これ、終わるのが惜しいね」
結は初めて全員の顔を見た。
「昨日の決勝ここまで来られたのは」
「みんなが居たからです」
声は震えなかった。
「応援してくれて」
「支えてくれて」
「……見守ってくれて」
一拍、置いて。
「本当にありがとうございました」
誰も拍手はしなかった。
代わりに全員が黙って最後の一口を味わった。
片付けが終わり厨房に人がいなくなる。
結が振り返ると奏がそこにいた。
「賄いにしては重いな」
「……すみません」
「でも、最高のフルコースだった。
ごちそうさまでした。」
短く言って鍋を覗く。
だが結は胸の奥が静かに満たされていくのを感じていた。
勝てなかった料理。
けれど――確かに届いた料理。
結はまな板を拭きながら心の中でそっと呟く。
――次は勝ちたい。
それはもう悔しさではなかった。
料理人としてのまっすぐな願いだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる