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プロローグ
1.復讐の誓い
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初めて足を踏み入れた幹部会議室を見渡し、内装を手掛けた奴の壊滅的なセンスに無悪斬人は内心で嘲笑した。
西新宿の一角に建つ雑居ビル――鬼道会が別名義で丸々一棟所有するビルの最上階は、構成員二万人からなるピラミッドの頂点に立つ本家直系幹部以上の組員のみ立ち入りを許可されている。
その会議室で無悪は今現在、常人であればプレッシャーで嘔吐しかねない緊張感にたった一人晒されていたものの、どこ吹く風といった顔で直立不動を保っていた。
今時絶滅しかけている〝任侠道〟の書の下には、特注で作らせた大理石テーブルを囲んで、鬼道会本部執行部――総勢十名からなる幹部が無悪に睨みを利かせてアームチェアに腰掛けている。休憩もなしにかれこれ一時間は下らない〝尋問〟を受けていたせいで、足も我慢も痺れを切らしていた。
平均年齢七十歳の執行部は、三十代の無悪にとって思想から価値観までまるで合わない。所詮時代の変化についていけない組織を蝕む癌という認識でしかなかった。
「まどろっこしい話はやめにして、この際単刀直入に言ったらどうです。この私が会長を殺害した犯人だと。まあ……天地がひっくり返っても恩人である会長を手に掛ける真似なんてしないですがね」
東日本最大規模を誇る広域指定暴力団――鬼道会を一代で築き上げたカリスマ的存在である大鰐源蔵が懇意にしていたクラブで、何者かに射殺されたのが一週間前だった。
裏家業の人間から見ても遺体の損傷具合は目を覆いたくなる酷い有様で、合計三十発を超える銃弾が射撃訓練用の的を撃ち抜くように、会長と愛人であるママの急所という急所を精確に撃ち抜いていた。
顔面に有るべきはずの部位が至るところに肉片となって飛び散っていた状況で、現場は大量の血と脳漿が飛び散る惨状で、脂肪分で滑りを帯びた床は革靴では足を取られて転倒してしまうほどに汚れていた。
第一発見者でもある無悪は、警察で傲慢な態度を崩さない刑事から数時間に及ぶ詰問に耐え、解放されたその足で緊急会議の場に赴いていた。
東の鬼道会、西の鷲尾組と、日本を東西で二分するほどの組織のトップの死に、警視庁も本腰を入れて捜査にあたっていたが無悪は秘密裏に警視庁内部に抱えていた子飼いの内通者《イヌ》から、本家でも知り得ない捜査情報を先んじて得ていた。
イヌは公僕でありながら闇金に手を出し、その闇金が運悪く無悪が組長を務める無尽組の傘下企業だった経緯もあり、あれよあれよと糸に絡め取られた愚かな男は、今やサクラの代紋ではなく鬼道会の代紋に忠誠を誓っている。
――情報の内容によっては、幾らか利子を免除してやると囁くだけでいい。
そう伝えると、向こうの方から勝手に尻尾を振って情報を横流ししてくれるので度々重宝していたが、今のところ会長を殺害する動機がある容疑者をリストアップする作業だけでも膨大な時間と人手がかかっているようで、現場にも物的証拠が残されていなかったことから早くも捜査は暗礁に乗りかかってると小耳に挟んでいた。
「まあ、そう熱り立つな。悔しいのはなにもお前だけじゃない。鬼道会という大所帯をこれまで先導してきた大鰐会長の命を取られて、度し難いほどの怒りに震えているのは我々も一緒だ。ただな」
総白髮をオールバックにまとめ、額に横一文字の刀傷の痕が走る男――亡き会長の跡を引き継ぐ形で、暫定的に若頭から会長へと出世した本宮榮治郎は、両隣に座る舎弟頭の猪木弥と本部長の前園圭吾の執行部三役に目配せし、本題に移った。
「ここにいる執行部十名のうち、九名が現場の状況から鑑みて、大鰐会長を弑いした犯人の首謀者は無悪斬人である可能性が高いと結論づけた」
「馬鹿も休み休み言ってくださいよ。ガキの頃から実の息子のように可愛がってくれた恩人を、何故殺害しなくてはならないんですか。動機もなければ証拠もない。何もわかっていない状態で有無を言わさず呼び出しておきながら、裁判官気取りで有罪判決を下すとはいくら執行部とはいえ、あまりに失礼な話ではないですか」
現執行部の無能さと、挑発的な態度を言外に匂わす。予想通り耄碌した面々は顔を高潮させ憤りをみせる。
「無悪ッ! 貴様誰に向かって生意気な口聞いてるのかわかっとんのかッ」
「いいからさっさと白状しやがれ! この親殺しがッ」
「ドス持ってこんかい! 指じゃ足りん。腹切りやがれッ、今すぐここでな」
会議室に飛び交う怒声と湯呑。拳銃《チャカ》さえあれば銃撃戦になりかねない一触即発の空気を落ち着かせたのは、本宮の鶴の一声だった。
「まあ待て。少しは静かに話くらいさせろ」
その一言で場は嘘のように静まり返り、子を諭す親のような口調で本宮はある提案を持ちかけてきた。飴と鞭――処罰を匂わせておいて、一転して解決策を持ちかけるのは本宮のみならずヤクザの常套手段である。
「このままだと、真偽はどうあれクロに極めて近い無悪には、数時間後に親殺しの責任を取ってもらうこととなる。しかしだ、もし真犯人を突き止めてここに連れてくることが出来たなら、その時は褒美に幹部の椅子を一つプレゼントしてやる。どうだ」
「随分と気前がいいようですが、鬼道会の幹部の椅子は数に限りがあるのでは? 見たところ……どなたも譲ってくれる気配はしませんが」
本宮を除いた執行部は、事前に話を聞かされていなかったようで先程の怒りから一転して狼狽える様子を見せた。どよめく会議室の中で一人、表情を変えないのはこの男だけだ。
「そこは問題ない。何故なら――たった今空席になるからな」
微笑みながらそう告げた本宮は、視線を無悪から一切外すことなく懐に忍ばせていたベレッタM92を取り出すと、目にも止まらぬ早業で幹部の一人を射殺した。
西新宿の一角に建つ雑居ビル――鬼道会が別名義で丸々一棟所有するビルの最上階は、構成員二万人からなるピラミッドの頂点に立つ本家直系幹部以上の組員のみ立ち入りを許可されている。
その会議室で無悪は今現在、常人であればプレッシャーで嘔吐しかねない緊張感にたった一人晒されていたものの、どこ吹く風といった顔で直立不動を保っていた。
今時絶滅しかけている〝任侠道〟の書の下には、特注で作らせた大理石テーブルを囲んで、鬼道会本部執行部――総勢十名からなる幹部が無悪に睨みを利かせてアームチェアに腰掛けている。休憩もなしにかれこれ一時間は下らない〝尋問〟を受けていたせいで、足も我慢も痺れを切らしていた。
平均年齢七十歳の執行部は、三十代の無悪にとって思想から価値観までまるで合わない。所詮時代の変化についていけない組織を蝕む癌という認識でしかなかった。
「まどろっこしい話はやめにして、この際単刀直入に言ったらどうです。この私が会長を殺害した犯人だと。まあ……天地がひっくり返っても恩人である会長を手に掛ける真似なんてしないですがね」
東日本最大規模を誇る広域指定暴力団――鬼道会を一代で築き上げたカリスマ的存在である大鰐源蔵が懇意にしていたクラブで、何者かに射殺されたのが一週間前だった。
裏家業の人間から見ても遺体の損傷具合は目を覆いたくなる酷い有様で、合計三十発を超える銃弾が射撃訓練用の的を撃ち抜くように、会長と愛人であるママの急所という急所を精確に撃ち抜いていた。
顔面に有るべきはずの部位が至るところに肉片となって飛び散っていた状況で、現場は大量の血と脳漿が飛び散る惨状で、脂肪分で滑りを帯びた床は革靴では足を取られて転倒してしまうほどに汚れていた。
第一発見者でもある無悪は、警察で傲慢な態度を崩さない刑事から数時間に及ぶ詰問に耐え、解放されたその足で緊急会議の場に赴いていた。
東の鬼道会、西の鷲尾組と、日本を東西で二分するほどの組織のトップの死に、警視庁も本腰を入れて捜査にあたっていたが無悪は秘密裏に警視庁内部に抱えていた子飼いの内通者《イヌ》から、本家でも知り得ない捜査情報を先んじて得ていた。
イヌは公僕でありながら闇金に手を出し、その闇金が運悪く無悪が組長を務める無尽組の傘下企業だった経緯もあり、あれよあれよと糸に絡め取られた愚かな男は、今やサクラの代紋ではなく鬼道会の代紋に忠誠を誓っている。
――情報の内容によっては、幾らか利子を免除してやると囁くだけでいい。
そう伝えると、向こうの方から勝手に尻尾を振って情報を横流ししてくれるので度々重宝していたが、今のところ会長を殺害する動機がある容疑者をリストアップする作業だけでも膨大な時間と人手がかかっているようで、現場にも物的証拠が残されていなかったことから早くも捜査は暗礁に乗りかかってると小耳に挟んでいた。
「まあ、そう熱り立つな。悔しいのはなにもお前だけじゃない。鬼道会という大所帯をこれまで先導してきた大鰐会長の命を取られて、度し難いほどの怒りに震えているのは我々も一緒だ。ただな」
総白髮をオールバックにまとめ、額に横一文字の刀傷の痕が走る男――亡き会長の跡を引き継ぐ形で、暫定的に若頭から会長へと出世した本宮榮治郎は、両隣に座る舎弟頭の猪木弥と本部長の前園圭吾の執行部三役に目配せし、本題に移った。
「ここにいる執行部十名のうち、九名が現場の状況から鑑みて、大鰐会長を弑いした犯人の首謀者は無悪斬人である可能性が高いと結論づけた」
「馬鹿も休み休み言ってくださいよ。ガキの頃から実の息子のように可愛がってくれた恩人を、何故殺害しなくてはならないんですか。動機もなければ証拠もない。何もわかっていない状態で有無を言わさず呼び出しておきながら、裁判官気取りで有罪判決を下すとはいくら執行部とはいえ、あまりに失礼な話ではないですか」
現執行部の無能さと、挑発的な態度を言外に匂わす。予想通り耄碌した面々は顔を高潮させ憤りをみせる。
「無悪ッ! 貴様誰に向かって生意気な口聞いてるのかわかっとんのかッ」
「いいからさっさと白状しやがれ! この親殺しがッ」
「ドス持ってこんかい! 指じゃ足りん。腹切りやがれッ、今すぐここでな」
会議室に飛び交う怒声と湯呑。拳銃《チャカ》さえあれば銃撃戦になりかねない一触即発の空気を落ち着かせたのは、本宮の鶴の一声だった。
「まあ待て。少しは静かに話くらいさせろ」
その一言で場は嘘のように静まり返り、子を諭す親のような口調で本宮はある提案を持ちかけてきた。飴と鞭――処罰を匂わせておいて、一転して解決策を持ちかけるのは本宮のみならずヤクザの常套手段である。
「このままだと、真偽はどうあれクロに極めて近い無悪には、数時間後に親殺しの責任を取ってもらうこととなる。しかしだ、もし真犯人を突き止めてここに連れてくることが出来たなら、その時は褒美に幹部の椅子を一つプレゼントしてやる。どうだ」
「随分と気前がいいようですが、鬼道会の幹部の椅子は数に限りがあるのでは? 見たところ……どなたも譲ってくれる気配はしませんが」
本宮を除いた執行部は、事前に話を聞かされていなかったようで先程の怒りから一転して狼狽える様子を見せた。どよめく会議室の中で一人、表情を変えないのはこの男だけだ。
「そこは問題ない。何故なら――たった今空席になるからな」
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