最凶の極道は異世界で復讐を希う

きょんきょん

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プロローグ

2.凶弾に斃れる

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 自分が殺されたことに気づく間もなく、スローモーションで椅子から転がり落ちた男の眉間のド真ん中には、見事としか言いようがない位置に銃痕が残されている。

 室内には硝煙の臭いが漂い、頭蓋の内圧から解き放たれた脳味噌が隣の幹部の一人のジャケットに降りかかると、小さく悲鳴を上げて振り払った。他の幹部も青褪めた顔をしている。
 息絶えた仲間の姿を自分の姿と重ね見るように、息を呑んで固まっていた。威勢だけは良くても荒事から遠ざかってる老人には、些か刺激が強かったらしい。

「どうやら内部情報を持ち出して鷲尾組に鞍替えしようとしていたらしい。ほら、言った通りにちょうど一席空いただろう。それで真犯人を見つけてくるか、それともお前がクロだと認めるか――さて、どっちを選択する」

 犯人を見つけ出し、幹部の椅子も手に入る。断る理由が見つからない願ってもない申し出に、考える間もなく無悪は首を縦に振っていた。

 脳裏に浮かぶ大鰐源蔵の事切れた体を思い出す――肉塊と呼んだほうが正しいそれに、生まれて始めて涙をこぼしながら駆け寄って抱きかかえたとき、視神経で辛うじて繋ぎ止められた眼球が眼窩から血の海に落ちる映像が、脳内で何度も何度も再生される。

 ――この怒りは、首謀者をこの手で葬らないかぎり沈まらないだろう。

 退室を促され、会議室を後にしようとすると本宮は思い出したように声をかけてきた。

「伝え忘れていた。『シロ』に手を上げたのは俺だよ。無悪、お前には期待しているからな」


「オヤジ、お疲れ様です。この後は予定通りに事務所に戻りますか」
「……いや、その前に会長の墓前で報告することがある」

 ビルの下で待機させていた若頭の伊澤真いざわまことが、エントランスから出てきた無悪の姿を確認するなり停めていたベンツの後部座席を開けて出迎えた。

 通行人が驚いて道を開ける相貌の無悪とは対称的に、伊澤は珍しくホスト出身という経緯もあり優男然とした佇まいの男である。タバコをくわえれば長年叩き込まれた動作でライターを差し出してくる。

 暴力とは無縁そうな頼りない外見に似合わず、どんなシノギも伊澤に任せれば多少の無理難題はこなす才能を有しているため、少なくとも現時点では使えるとして側に置いていた。
 
「かしこまりました。まずはオヤジが五体満足で戻ってきたことに安堵しましたよ」

 アクセルを踏んで加速すると前を走っていたノロマなタクシーが先を譲る。

「最悪の場合も考えてたがな。もしもの場合は命《タマ》を取られる前に一人でも道連れにしてやろうかと覚悟していたが、本宮だけは別格だった。アレを相手取るには骨が折れそうだ」
「オヤジがそこまで仰るほどの方ですか」
「なんにせよ、今すぐどうこうするわけではない。先ずは会長を弾いたクソ野郎を見つけ出すのが先決だ。でないと俺が罪を背負わされることになるからな」

 臆したつもりは一切ないが、あの会議の場で反抗するのはあくまでも最後の手段であって、先を考えると悪手であることには間違いない。会話の中に選択肢はいくつもあって、選択を誤れば生きてビルを出ることは叶わなかったかもしれない。

「墓地に着いたら起こせ」

 伊澤に伝え、しばし瞼《まぶた》を閉じる。
 見えてくるのは顔もわからぬ狙撃者《ヒットマン》の背中――体を休めるために一時の休息について目的地の霊園に辿り着くと、伊澤を一人車内に残して革靴の底を鳴らしながら敷地の奥へと突き進んでいく。

 一際大きな墓石の前で足を止めると、会長が生前好んで飲んでいた日本酒を瓶ごと逆さまにして、水代わりに振る舞ってやった。

 ――昔から豪快に酒を飲む人だったな。 

 神も仏も信じちゃいないが、せめて形だけでもと冷たい墓下に眠る恩人に手を合わせ祈りを捧げた。

「オヤジを殺した奴は生き地獄を味わせてやる。だからもう少しだけ地獄そっちで待っててくれ」

 次に訪れるのは、晴れて幹部の椅子に座る報告の時だと顔を上げたその時――誰もいなかったはずの霊園に乾いた発砲音が轟いた。

 樹々にとまっていたカラスが飛び交い、額からドロリと溢れ出す生温い血が無悪の世界を暗く染める。

 ――なにが……起こった?

 全身から力が抜け落ちていく、睡魔に似た感覚に抗うことができずに膝から崩れ落ちる。

 無悪の背後で何者かが会話をする声が聞こえた気がしたが、もはや声の主を探る時間も残されてはいなかった。

 薄れゆく意識の中で、残された力を振り絞って振り返ろうとしたが止めの一撃が後頭部に撃ち込まれ、意識はそこで断ち切られた。
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