最凶の極道は異世界で復讐を希う

きょんきょん

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第一章

4.ここが異世界?

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「これが〝第二の人生〟というやつなのか?」

 殺された当時の記憶と痛みは、忌々しいことに身体の奥深くに刻み込まれている。自分をこの世界に送り込んだヤツの顔を思い出そうと試みるも、不思議なことに顔の部位パーツは朧げで、何一つ特徴が思いだせない。

 ただ一つ――ヤツの人を食ったような飄々《ひょうひょう》とした態度だけは、不思議なことにはっきりと覚えている。手のひらで触れたシャツの下では、役目を終えてあとは朽ち果てるだけだった心臓の鼓動を、確かに感じた。

 下生したばえに埋もれていた上半身を起こすと、無悪を出迎えたのは三途の川でもなければ、死者の罪を裁く閻魔大王でもなく、地獄に堕ちた亡者を追い立てる獄卒でもない。

 頭上には鬱蒼と繁る樹木の枝葉が伸び、夜行性のヤクザには似つかわしくない木漏れ日が燦々《さんさん》と降り注いでいた。こずえの隙間からさえずる鳥の鳴き声が、近くから聴こえるたびに地獄には程遠いなんとも長閑《のどか》な光景を寝転んでいると、ともすれば本来の目的を忘れてしまいそうになってしまう。

 あまりにも牧歌的な光景に、忘れてはならない復讐心を胸の内で静かに燃える怒りの炎を見つめ直した。

「ふざけるな。俺は、俺と会長を殺した犯人を追ってこの世界にやってきたんだ」

 映画館の館長を名乗る男が告げた言葉を、鵜呑みにしたのはやや早計な気もしたが断ったところで消えゆくのみであるなら、受け入れる他に選択肢はない。しかし――あまりにも事前の説明が不足していてこの世界で何をすれば、そしてどこに行けばいいのかさえ見当がつかない。

「スーツは、あの日着ていたものか」

 ケツを叩いて立ち上がる。どうやら会長の墓前で殺された際に着ていたスーツはそのままで、クリーニングに出した直後のようにシワ一つなかった。

 腰のベルトにはグロック17。どうやらそのままの状態で、マガジンの弾薬数を確認すると以前発砲した三発分がサービスのつもりか、しっかりと補給されていた。懐には普段滅多に持ち歩くことのない匕首《ドス》までご丁寧に忍ばせてある。

 ――あの男の目的が一体なんなのか、まさか本当に映画鑑賞のつもりで俺を生き返らせたわけじゃあるまいし。

 他人の発言を鵜呑みにするほど愚かではないが、現状男の真意を知る術は用意されていない。まさか本当に「好きに生きろ」というわけではないだろうが、いくらか落ち着きを取り戻すと視野が広がり足元に白い封筒が落ちていることに気がついて構わず拾い上げる。

 表裏を確認するも宛名は書かれてはおらず、仕方なく中身を取り出して確認すると便箋が一枚のみ封入されていた。まるで子供が書くような読み難い丸文字で文章が綴《つづ》られている。


 拝啓 元気にしてるかい? 

 この手紙を読んでるということは、どうやらそっちの世界で君は無事に目を覚ましたということだね。

 それはそれは重畳《ちょうじょう》。実は君の記憶をちょこっとイジらせて貰ってるから、私のことはどうしたって思い出せないと思う。

 そこは魂の消滅から救った恩人として大目に見てくれると助かる。こちらにも色々と大人の事情があるもんでね。

 で、挨拶はここまでにして本題に移ろうか。
 君を含めて異世界に渡る魂というのは、再び人生をやり直す機会チャンスに恵まれた幸運の持ち主だ。

 勘違いしてほしくないから伝えるけど、その世界は決して死後の世界ではないし、命あるものが一日一日を懸命に生きている現実の世界で間違いない。そういう意味では地球と同じとも言える。

 君の肉体に不死性を与えたわけでもないから、鉄砲玉のように下手を打てばコロっと死ぬことだってよくあることさ。

 ああ、ちなみにそっちの世界は日本と比べて、かなり科学水準が劣ってるから最初のうちこそ慣れるのに苦労すると思うけど、そこはまぁ「なんとか慣れてくれ」としか言いようがない。それも含めてのやり直しの人生だからね。

 これまでの常識なんてまるで通用しない、ある意味君に世界かもしれないけど、第二の人生をやり直す餞別せんべつに一つだけ良いことを教えてあげよう。

 なんだって? 回りくどい? 
 はは、馬鹿は死んでも治らないって言うけど、君の場合は死んでも失礼な態度は治らないみたいだね。まあいい、そんなことは些事に過ぎないし、これからどう生きていくのかが大事だからね。

 これ以上ダラダラと話してもしょうがないか。だいたい説明書なんて破いて捨てちゃいそうな君のことだから、ちゃっちゃと説明しよう。

 実はこの手紙を読んですぐに、君の近くで野盗に襲われている〝子供〟を目にすることになる。そこでだ、生前は弱者を食い物にする側であった君に、是非頼みたいことがある。

 その男の子を、どうか助けてあげてはくれないだろうか。

 もちろん私の頼みを断ってくれてもいい。守らなかったところでペナルティーが待ち受けているわけでもないし、所詮弱肉強食と冷たく見捨ててくれても構わない。

 これはあくまで、通過儀礼チュートリアルみたいなものだから助けるも助けないも判断は全て君に委ねることにするよ。全任を委譲するよ。

 ただ、どうせ人生をやり直すことができたんだ。一回くらい人助けをしてみても悪くはないんじゃないかなって老婆心ながら思ったりするんだけどね。まあ、僕は陰ながら君のことを応援してるから頑張って。

 君のあしながおじさんより


「なんなんだ……この手紙の内容は。ようはそのガキを助けろってことだろ。馬鹿馬鹿しい」

 世界が変わろうが、弱肉強食のことわりに変化はない。手紙を寄越した張本人が語ったように、非力なものは全てを強者に奪われる運命でしかない。奪われたくないのであれば、自分が奪う側になればいい――それだけの単純な話ではないか。

 読み終えた手紙をくしゃくしゃに丸めて草むらの中に投げ捨てると、映画のワンシーンのように手紙そのものが青白い炎で燃えだし、瞬く間にちりとなって消えた。

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