最凶の極道は異世界で復讐を希う

きょんきょん

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第二章

17.娑婆の空気

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「サカナシ殿、預かっていた御召し物と所持品はこちらです」

 ことの成り行きを見守ったていた若い看守は、泡を吹いて失禁している上司を一瞥することなく没収されていた衣服と武器、それにアイリスから手渡された魔石を差し出してきた。

 牢獄の中で懐柔した看守は、以前から上司の横暴な言動に以前から腹を据えかねていたらしく、少し甘言を囁いてやると意のままに操れる駒となった。

「これは約束の魔石だ。取っておけ」
「……このことは他言無用でお願いしますよ」

 囚人と看守の間には、公然の秘密として賄賂が成り立ってはいる。万が一にでも公になると囚人はもちろん、看守も処罰の対象となるので若い男は口止めを求めてきた。いざというとき、自分が選択した迂闊な行為が自らの首を絞めるとも知らずに。

「わかってる。それよりは持ってきたか」

 まず何よりも先に所望していた〝煙草〟を受け取り、穂先に火を灯す。どうやらこの世界にも煙草は存在していたものの、質はかなり劣っている。味は及第点ギリギリで、普段ならまず口にしない粗悪品だがこれでも庶民には贅沢品の類がだという。

「よし。グロックも無事なようだな」

 所持品を全て没収された際、拳銃を発見されたときはヒヤヒヤしたが、良くも悪くも銃火器の意識がない連中にはバレずにすんだ。
 この世界には存在し得ない技術の塊であるが為に、下手をすれば金目当てに横流しされていた可能性もあった。

 恐らく人生で一番長かったと思われる禁煙生活はこうして幕を閉じ、一息で半分ほどを灰にすると、未だに目を覚まさない看守の額で煙草を揉み消して糞ったれな牢屋を後にした。 

 なによりも先ずはアイリス達と合流しなくてはならない。


「俺は何日間閉じ込められていた」

 地下の牢屋から晴れて自由の身になり、詰め所でスーツに袖を通してグロックと匕首を返却された無悪は、賄賂を手渡した看守に紫煙を吹きかけて問い質す。

 ノエルと名乗る男は咳き込みながら涙目で、「一週間目です」と生真面目に答えた。

「アイリスとジジイは今頃どうしてる。魔石を換金していれば食い扶持には困らないと言ってはいたが、言いつけどおりに様子を確認してきたんだろうな」
「はい、もちろんです。現在近くの宿に逗留とうりゅうを続けているようです。謝罪の意も込めて一週間分の滞在費は全て我々が支払わせていただきました。あの小さな男の子はサカナシ殿を保釈するようにと、毎日詰め所に陳情に訪れてきましたよ」
「ふん。あいつも暇なこった」

 馬鹿正直なアイリスが、看守に詰め寄る光景は容易に想像できた。

「あと一点、これは関係ない話ですが、なにやらちまたでキナ臭い噂が流れてるみたいです」
「噂? いったいなんだ」
「なんでも〝悪魔崇拝〟の信者を探る不審な一向を見かけたものがいるようです。グローリア王国に限らず、悪魔を崇拝することは極刑に値しますからね」
「魔女狩りみたいなものか」

 悪魔も天使も所詮人間が作り出した想像の産物でしかないが、生真面目に答える若き看守は「魔女は数百年前にとっくに狩り尽くした」と、何故か自慢げに語る口調が鼻についた。

「頭の片隅に留めておく。俺は神も悪魔も信じちゃいないがな」
「ちょ、なにを仰ってるのかおわかりなのですかッ!?」

 ノエルは慌てた様子で周囲を確認すると、誰も聞いていないことを確認して安心したように胸をなでおろした。

「いいですか……この国で自らを無神論者だと名乗ってはいけません。国教を否定することは王族を否定することと同義なのですから」

 法を犯すヤクザが語るのもおかしな話だが、日本では憲法でも定められている信仰の自由がどうやらこの世界には存在しないらしい。それどころか王族を唯一の神の系譜と崇め、その他の宗教を否定する一神教を標榜している。

「そんなことはどうでもいい。今は酷く腹が減ってるんだ」

 興味もない宗教の話より、ひっきりなしに鳴いている腹の虫をなだめることのほうが先決である。面倒な諸手続きは全てノエルに任せ、一週間ぶりに太陽が昇る屋外に釈放されると、待っていましたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべて待機していたアイリスが無悪の姿を見るなり飛びついてきた。

「お帰りなさい」
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