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第二章
23.妖精姫
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「とっとと俺の視界から消え失せろ。ゴミクズ三兄弟」
「だ、誰だ、お前は!」
三つ首竜の次男、ザインが受け付け嬢のエレーナに短剣を振り下ろした瞬間――背後から手首を掴んで受け止める。
「女に相手されなかったからって醜い真似はよすんだな」
「何だぁ? てめえは。いいからその手を離せ……なんだよ、離せって、痛い痛い痛いッ」
苛ついたので軽く握ってやると、思いのほか忍耐力がないらしく脂汗を滲ませながら、苦悶の表情で訴える。
短刀を手放しても掴んだ手を離すことなく、むしろ力を強めていくと手首から先はドス黒く変色していき、反撃どころか縋り付くように許しを乞い始めた。
「たのむ……はなしてくれ……」
「お前、人を甚振るのが趣味なんだろ」
「そ、そんな……そんな趣味はねえ」
ザインの言葉が嘘に塗れていることはすぐにわかる。自分は安全圏にいながら、他人を傷つけることに喜びを感じる人間の目をしていたから。
「他人は傷つけて、まさか自分は痛みには弱いなんて情けないこと言うなよ。これを機に少しは痛みに慣れとけ」
「……へ?」
破裂寸前の風船のように膨らんだ手首を、言われたとおりに開放してやるとガラ空きの喉元に爪先蹴りをお見舞いしてやった。
空気が漏れ出る音が聞こえ、白目を剝いて倒れる。万が一声帯が潰れていれば二度と声を出すことは不可能だが、無悪の知ったことではない。
兄の醜態を目にしたロンドレットは怒りに体を震わせ、無悪の胸倉を掴むと脂肪で重たそうな瞼を見開き怒鳴り散らす。
「にににいちゃんに、な、なななにをするんだっ!」
「見てわからねぇか。虫ケラを潰したまでだ」
煩わしい吃音を唾とともに吐き出したロンドレットは、室内であることも忘れて背中に背負った大鎚を振りかざす。わざわざ待ってやるほど愚かではないが。
「やるなら口より先にとっと手を出せ」
破落戸どもを山程沈めてきた下段蹴りを、重量級の体重を支えるふくらはぎに至近距離で放つ。するとバランスを失ったジェンガが自ら瓦解するように、二メートルを優に超える巨体が派手に床へと転倒した。
赤黒く腫れ上がった患部を目にした本人は目を白黒させ、戸惑いを隠せずにいる。
「なななにが、おおおこったの?」
「どうやら無駄に体がデカいだけだったようだな。俺の相手など百年早い」
現状を理解する頭もない男の顔面を、慈悲もなく踏み抜くと砕けた前歯が床に転がりおち、足元で止まった。
情けないことに今の一撃で戦意を喪失したロンドレットは、欠けた前歯の隙間から何度も弱々しい声で謝罪を訴えていた。
暴力を用いるなら徹底的に――幼い頃から喧嘩を繰り返してきた無悪が、実地で体得した秘訣である。
中途半端な暴力など以ての外で、手負いの獣ほど時として厄介な障害物となることは身を持って体験してきた。今回は二人ともども心が折れてるようなので見逃してやったが、もう少し、気合があれば復讐する気も起きないほどにあらゆる手を尽くして痛めつけていたはずだ。
革靴に付着した血と体液を、意識を失っているロンドレットの衣服で拭き取る。
頬を赤らめていたエレーナに、「ギルドマスターに会いに来た」と伝えに走らせると、唯一静観していたユースタスが無悪にレイピアの先端を向けて詰問口調で問いかけてきた。
「この私より実力が劣るとはいえ、銀級に名を連ねる弟達を一瞬のうち戦闘不能に陥れるとは……貴様何者だ?」
「銀級だかなんだか知らないが、雑魚に答えてやる名は持ち合わせてないんだよ」
「なんだと? この私にそのようなふざけた口を利くのは、あの妖精姫くらいで十分だ。いいか、銀級とはいえ弟達と私の実力を一緒くたにするなよ。俺はあいつらのレベルに合わせて銀級に留まっているだけなんだからな」
殺気を隠そうとしない視線――隙のない構えは、男がそれなりに場数を踏んでいる証拠とみていい。
少しは楽しめそうかと、懐の匕首に手を伸ばしたその時――肌に重く纏わりつく殺気を感じて視線をユースタスから逸らした。二階へと通じる階段の上から、一人の女性が無悪を睥睨している。
「あんたが妖精姫か」
「いかにも。随分と騒がしいようですね」
とても数百年以上を生きているとは思えないプロポーションであるのはさて置くとして、今もなお臨戦態勢を解くことができない重圧に無悪は久しく覚えのない緊張感に体を支配されていた。
特徴的な長い耳にかかる金髪はシルクのように滑らかで、翠玉が嵌め込まれたような瞳の奥底にあるはずの感情は、海千山千のヤクザと対峙してきた無悪を持ってしても読み取ることが難しかった。
「あらあら、意外と繊細な御方なんですね。これしきの圧力で大層驚かれてるようですが……とはいっても、お隣にはもっと酷い有様のお子様がいますけど」
隣に目を向けると、先程まで威勢がよかったユースタスは腰を抜かせて立ち上がれずにいた。
「彼が村で一番の実力者だとは、まったくもってギルドマスターとして恥じいるばかりです」
その他に残っていた冒険者もことごとく泡を吹いて倒れ、妖精姫を呼びに行ったエレーナは何も気がついていないのか、訳もわからずあたりを見回していた。
「さて、静かになったところで私とお話をして頂けないでしょうか」
「だ、誰だ、お前は!」
三つ首竜の次男、ザインが受け付け嬢のエレーナに短剣を振り下ろした瞬間――背後から手首を掴んで受け止める。
「女に相手されなかったからって醜い真似はよすんだな」
「何だぁ? てめえは。いいからその手を離せ……なんだよ、離せって、痛い痛い痛いッ」
苛ついたので軽く握ってやると、思いのほか忍耐力がないらしく脂汗を滲ませながら、苦悶の表情で訴える。
短刀を手放しても掴んだ手を離すことなく、むしろ力を強めていくと手首から先はドス黒く変色していき、反撃どころか縋り付くように許しを乞い始めた。
「たのむ……はなしてくれ……」
「お前、人を甚振るのが趣味なんだろ」
「そ、そんな……そんな趣味はねえ」
ザインの言葉が嘘に塗れていることはすぐにわかる。自分は安全圏にいながら、他人を傷つけることに喜びを感じる人間の目をしていたから。
「他人は傷つけて、まさか自分は痛みには弱いなんて情けないこと言うなよ。これを機に少しは痛みに慣れとけ」
「……へ?」
破裂寸前の風船のように膨らんだ手首を、言われたとおりに開放してやるとガラ空きの喉元に爪先蹴りをお見舞いしてやった。
空気が漏れ出る音が聞こえ、白目を剝いて倒れる。万が一声帯が潰れていれば二度と声を出すことは不可能だが、無悪の知ったことではない。
兄の醜態を目にしたロンドレットは怒りに体を震わせ、無悪の胸倉を掴むと脂肪で重たそうな瞼を見開き怒鳴り散らす。
「にににいちゃんに、な、なななにをするんだっ!」
「見てわからねぇか。虫ケラを潰したまでだ」
煩わしい吃音を唾とともに吐き出したロンドレットは、室内であることも忘れて背中に背負った大鎚を振りかざす。わざわざ待ってやるほど愚かではないが。
「やるなら口より先にとっと手を出せ」
破落戸どもを山程沈めてきた下段蹴りを、重量級の体重を支えるふくらはぎに至近距離で放つ。するとバランスを失ったジェンガが自ら瓦解するように、二メートルを優に超える巨体が派手に床へと転倒した。
赤黒く腫れ上がった患部を目にした本人は目を白黒させ、戸惑いを隠せずにいる。
「なななにが、おおおこったの?」
「どうやら無駄に体がデカいだけだったようだな。俺の相手など百年早い」
現状を理解する頭もない男の顔面を、慈悲もなく踏み抜くと砕けた前歯が床に転がりおち、足元で止まった。
情けないことに今の一撃で戦意を喪失したロンドレットは、欠けた前歯の隙間から何度も弱々しい声で謝罪を訴えていた。
暴力を用いるなら徹底的に――幼い頃から喧嘩を繰り返してきた無悪が、実地で体得した秘訣である。
中途半端な暴力など以ての外で、手負いの獣ほど時として厄介な障害物となることは身を持って体験してきた。今回は二人ともども心が折れてるようなので見逃してやったが、もう少し、気合があれば復讐する気も起きないほどにあらゆる手を尽くして痛めつけていたはずだ。
革靴に付着した血と体液を、意識を失っているロンドレットの衣服で拭き取る。
頬を赤らめていたエレーナに、「ギルドマスターに会いに来た」と伝えに走らせると、唯一静観していたユースタスが無悪にレイピアの先端を向けて詰問口調で問いかけてきた。
「この私より実力が劣るとはいえ、銀級に名を連ねる弟達を一瞬のうち戦闘不能に陥れるとは……貴様何者だ?」
「銀級だかなんだか知らないが、雑魚に答えてやる名は持ち合わせてないんだよ」
「なんだと? この私にそのようなふざけた口を利くのは、あの妖精姫くらいで十分だ。いいか、銀級とはいえ弟達と私の実力を一緒くたにするなよ。俺はあいつらのレベルに合わせて銀級に留まっているだけなんだからな」
殺気を隠そうとしない視線――隙のない構えは、男がそれなりに場数を踏んでいる証拠とみていい。
少しは楽しめそうかと、懐の匕首に手を伸ばしたその時――肌に重く纏わりつく殺気を感じて視線をユースタスから逸らした。二階へと通じる階段の上から、一人の女性が無悪を睥睨している。
「あんたが妖精姫か」
「いかにも。随分と騒がしいようですね」
とても数百年以上を生きているとは思えないプロポーションであるのはさて置くとして、今もなお臨戦態勢を解くことができない重圧に無悪は久しく覚えのない緊張感に体を支配されていた。
特徴的な長い耳にかかる金髪はシルクのように滑らかで、翠玉が嵌め込まれたような瞳の奥底にあるはずの感情は、海千山千のヤクザと対峙してきた無悪を持ってしても読み取ることが難しかった。
「あらあら、意外と繊細な御方なんですね。これしきの圧力で大層驚かれてるようですが……とはいっても、お隣にはもっと酷い有様のお子様がいますけど」
隣に目を向けると、先程まで威勢がよかったユースタスは腰を抜かせて立ち上がれずにいた。
「彼が村で一番の実力者だとは、まったくもってギルドマスターとして恥じいるばかりです」
その他に残っていた冒険者もことごとく泡を吹いて倒れ、妖精姫を呼びに行ったエレーナは何も気がついていないのか、訳もわからずあたりを見回していた。
「さて、静かになったところで私とお話をして頂けないでしょうか」
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