最凶の極道は異世界で復讐を希う

きょんきょん

文字の大きさ
25 / 32
第二章

24.面倒な依頼

しおりを挟む
 通された執務室で、当然のように上座のソファに腰掛けた無悪に文句一つ口にしない妖精姫は、狼狽えるエレーナを気にも留めず手ずから茶を淹れ始めた。

 妖精姫が他人を迎い入れるなど異例中の異例だと、かつて騎士団団長を務めた経歴を持つガランドは隣で信じられなさそうに呟いていた。

「やつとは以前から知り合いなのか」
「まあ……昔な」

 どうやら良い思い出ではないことだけは確かなようで、歯切れ悪く答える。終始借りてきた猫のように体を小さく丸めていた。

「しかしサカナシよ、あの殺気に当てられてよく耐えられたな」
「僕もびっくりしました。突然周りにいた人達がバタバタと泡を吹いて倒れて、三つ首竜のリーダーですら失禁したというのに微動だにしなかったサカナシさんは格好良かったです」
「ふん。馬鹿言うな」
 
 先程の尋常ならざる殺気は、人間が放っていいような次元ではなかった。タチの悪い遅効性の毒のように今も体の深部を蝕み、爪痕を残している。

 これまで他人を平気で崖下へと蹴落とし、築いてきた屍の山を平然とまたいできた無悪斬人を超える存在などいやしなかった。

 ゆくゆくは裏社会の全てを牛耳ってやろうと画策していた自分が、あろうことか女相手に強烈すぎる〝死〟を連想させられたなど、到底認めるわけにはいかない。

 過去に関わってきた雑魚共とは明らかに一線を画す存在――優雅に茶など淹れている女に対する忸怩じくじたる思いが、冷えて固まることのない溶岩のように腹の底で暴れまわる。

「お茶など私がいくらでも淹れますから、ギルドマスターは座っててくださいよ~」
「いえいえ、たまには私も女子力を発揮しませんと。貴方の分も淹れて差し上げますから隅で待ってなさい」

 何も知らない者が目にすれば、エレーナとそう歳の変わらない姉が他愛もないやり取りを交わしているとしか思えない。実際は数世紀分の年の差があるというのだから、世の女性は嫉妬に狂いかねない。

 先程までエレーナを高級クラブでも通用すると評していたが、妖精姫と隣り合うと悲しいほどに武器である美貌が霞んでしまう。
 
 外見は華奢な小娘のそれと同じであるのに、ふとした仕草や醸し出す空気は、熟練のママであっても太刀打ちできない婬靡いんびさで溢れていた。一晩で百万――いや、二百万、三百万を出しても抱きたいとせがむ男が、殺到する画が容易に浮かぶ。職業柄脳裏で勝手に算盤を弾いていた。

 大胆に背部が開いたドレスから、まともな男が直視すればたちまち目を奪われ虜になるに違いない柔肌が、扇情的な曲線を描いて覗いている。
 無悪の視線も自然と釘付けとなっていた。ただし性欲ではない。純度の高い殺意がそうさせていただけだ。凄まじい修羅場を潜り抜けてきた者特有の匂いを感じ取っていた無悪は、終始警戒を解かずにいた。

 妖精姫が透明のティーポットに移した茶葉は、お湯を注ぎ入れる前から芳醇な香りを室内に放ち、その場に同席していたアイリスとガランドはすっかり酔いしれていた。

 日本にいた頃、一杯数万はくだらないという最高級の玉露を口にしたことがあったが、その数十倍は密度の濃い香りであることは間違いなかった。

「良い匂いですねぇ。さすがギルドマスター様はお茶一つとっても格が違います」
「こりゃなんと……まさか一市民でしかない我らにこのような大層な茶を淹れんでもよかろうに」
「なんだ、そんなに高い茶葉なのか」

 お湯を注ぎ淹れると、みるみるうちに茶葉から抽出された成分で熱湯が黄金色に色付く。

「これは隣国のワルサール共和国名産の黄金茶ロイヤルティなんですよ。公益も途絶えて久しく、今では価格が高騰していて手元に残っているのは皆さんに振る舞う分で最後でした」
「え、ギルドマスター……貴族相手に振る舞う黄金茶をわざわざ使い切ったんですか? 馬鹿なんですか?」

 言葉をなくし、正気ではないと呟いて放心していたエレーナを他所に、妖精姫は指折り数えて口を開いた。

「ざっと計算すると、一杯当たり金貨二枚ってところでしょうか」
「ぶーっ!」

 値段を聞いた瞬間、ガランドは吹き出してアイリスはお茶請けに出された菓子を喉に詰まらせた。爺が吐き出した唾液混じりの液体を華麗に避けた妖精姫は、エレーナにタオルを持ってこさせて口に手を添えながら、「まあ汚い」と目尻を細めてコロコロと笑ってみせた。

 女など金を生む肉塊としか思っていない無悪であっても、ともすれば意識を支配されそうな蠱惑的な微笑みだったのが鼻につく。

「ちなみに、金貨一枚あれば僕のような質素な暮らしをしている平民であれば、一月分の生活費に相当するんです。それを人数分ですから、とんでもなくギルドマスター様は太っ腹ですよね」
 
 なんとか詰まった菓子を飲み込んだアイリスは、呆れたような声色でそっと耳打ちをしてきた。豪気といえば聴こえはいいが、頼んでもいないのにそれだけの待遇で歓待されると、むしろ嫌な予感しかしない。

「いやですわ、この姫の名を冠する私を汚そうとするなんて。『弱虫ガランド』の癖に随分と失礼じゃありませんか」
「弱虫ガランド?」
「なっ、その名を口にするでないっ!」

 値段を知り、残り僅かとなった黄金茶をちびちびと口にしていたアイリスは、妖精姫が告げた名前に首を傾げた。ガランドの顔色はみるみる青白く血の気をなくし、酸欠の金魚のように喘いでいた。

「おい止せ妖精姫、それ以上口を開くな」

 ガランドの必死な叫びなど意に介さない妖精姫は、昔話を懐かしそうに語りだした。それは酷く間抜けな話で、アイリスもげんなりした顔で聞くしかなかった内容。確かに知り合いかと問い質せば、口籠るのも頷ける黒歴史の暴露に本人は頭を抱え俯くしかないようだった。

「今から数十年前、麗しき英雄と持て囃されていた私に二十歳そこそこの坊やだったガランドが、『一対一で勝ったら結婚してください』なんて健気にプロポーズをしてきたんですよ。それから何年間かしつこく付き纏ってきたりして――」
「やめろ……それ以上若気の至りをバラさないでくれ……」

 終始両手で顔を抑え、耳を真っ赤にして悶る爺の姿など目も当てられないが、騎士団団長の座に就けたのは図らずも妖精姫が直々に稽古をつけてくれたことが大きく影響をしていたらしい。

 数年間ストーカーもとい決闘を挑み続け、結局一度も妖精姫に参ったと言わせることが出来なかった代りに誰もが認める騎士へと成長を遂げたという。『泣き虫ガランド』という名は、稽古の際に悔しくてよく泣いていたことから名付けたらしい。人に歴史ありとはいうが、隣の老いさらばえたガランドにそのような過去があったとは到底思えなかった。

「でも良かったわよ。短命な人間種がドラゴンに次いで長命な耳長エルフ族と結婚したところで、良いことなんて何一つないもの。たかだか寿命が数十年の人間と千年以上の悠久の時を生きる私とでは、時間の感覚があまりに違いますし」

 ティーカップを空にし一息つくと、居住まいを正して頭を下げた。

「此度のサカナシ様に対する数々の暴走行為について、街を代表し深く謝罪を致します。以前から形骸化した取り調べと監守の度が過ぎた行為は問題となっていたのですが、何分私の管轄外で手が出せなかったのです」
「ふん。謝罪を聞く為だけにわざわざ赴いたわけではないんだがな」

 はいそうですか、とただ謝罪を受け入れるつもりは毛頭ない。妖精姫も承知の上で顔をあげると、ようやく本題に入った。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

無能勇者の黙示録~勝手に召喚されて勝手に追放されたので勝手に旅に出ます~

枯井戸
ファンタジー
力も強くない、足も速くない、魔法も使えないし、頭も大してよくない、どこにでもいるちょっとオタク趣味の主人公・東雲真緒が白雉国に勇者として転生する。 同期の勇者はそれぞれ力が強かったり、魔法が使えたり、回復ができたりと各々の才能を開花させ頭角を現していくのだが、真緒に与えられた才能は異世界転生モノでよく見る〝ステータスオープン〟のみだった。 仲間には使えないと蔑まれ、ギルドには落第勇者の烙印を押され、現地人には殺害されかけ、挙句の果てに大事な人を亡くし、見ず知らずの土地の最底辺で生きていくことになった真緒だったが、彼女はまだ〝ステータスオープン〟の可能性に気づいていないだけだった。 ───────────── ※投稿時間は多少前後しますが毎日投稿は続けていくつもりです。 ※タイトルは予告なしにガラリと変わる場合があるのでご了承ください。 ※表紙は現在の主人公のイメージ図です。もしまた別の国へ行く場合、彼女の装いも変化するかもしれません。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

処理中です...