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3:年上上司の愛し方(※)

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「礼人さん、これ、ここでいいの?」
「あー……うん……適当でいい」

 濱口がキッチンで片付けをしていると、奥村はぼんやりと答えるだけだった。意識はここにあらずという感じだ。疲れているのだろうか、と濱口は少し心配した。
 奥村の家でこのようにだらだらと休日を過ごすことが月に二度ほどある。一緒に配信映画をみたりするくらいで、二人とも別々のことをしたりしている。主に濱口が奥村の世話を焼いて、奥村は少し仕事をしているくらいだ。共通の趣味がないので、少しテレビを見て、食事をしているくらいだ。濱口が野球中継をみていたら、奥村は普通に寝ていたりする。

(これじゃ、オレの試合みにきてって言っても無理かあ……芳樹くんと一緒なら来るかなあ……)

 草野球の練習や試合で土日のどちらかは潰れがちだし、試合見に来てくれたらなあ、なんて思うけれど、それはしばらくは難しそうだ。

(デートとかするタイプじゃねえし……)

 凹んでしまいそうになるが、この前、お詫びにって飯奢ってもらったし、オレもここで作ってるし! と一生懸命に気持ちを奮い立たせる。なんといっても、一応気持ちも認めてもらえたわけで、こうやって休日に一緒にいることだってできているのだから、その進歩を喜びたい。
 食器を洗いながら、ソファーでぼうっと雑誌を読みながら寝そうになっている奥村を見つめてみた。眼鏡をかけ、きれいな鼻筋がとおり、形のよい唇は横から見るととても麗しかった。

(キス、してねえな)

 ちょっと前に迫ったことを思い出す。
 こういう風に一緒にいて何度目か、夕方頃に今彼の座っているソファーでいい感じにキスを続けていた。少し抱き締めたら驚かれたけれど、ちょっと関係を進めたかった。やる気満々でドキドキしながら押し倒したのに、すっと避けられて、スマホを見られ、仕事かも、と、そこに置いて行かれたのだ。

(別に通知も鳴ってなかったのに。仕事入ったから帰れって……凹むよ)

 あからさまな避け方で呆然とした。ちょっとくらい気持ち確かめさせてくれても、って思ったけれど、男同士だし、イヤなのかもしれない、となんとか自分を納得させて家に帰った。その日はしばらく眠れないくらいに凹んだことを覚えている。

(でも、一緒に居てくれるしな。そうだよ、それでいいだろ! オレのこと……受けいれてくれてるんだよな? 調子のっていいって、そういうことだろ?)

 恋人じゃねえかもしんねえけど、とまで頭の中で思って、いやいやいやいや違う違う! と一生懸命に思考をポジティブな方向へ動かしていく。そうだ。名前で呼んでいいときいたら、そんなの気にしてたのか、と笑われるくらいには中に入れているのだ。まだ彼は自分のことは名前で呼んでくれないけれど。

「礼人さん」
「何……」

 ぼうっとしてる彼に笑いかけて、コーヒーいる? ときくと、入れておいてと言う。その準備をしているうちに彼はソファーで寝てしまったようだった。隣にそっと座って、コーヒー置く。寝ている彼の鼻が少し動く。コーヒーの香りに反応しているようだった。疲れてるのかな……と気にしながらうかがっていると、濱口、と声をかけられ、返事をする前に奥村の頭が濱口の太股のあたりにおりてきて、膝枕をさせられた。

「……っ!」

 すうっ……と目を閉じて、うつろうつろしている彼だったが、された濱口の方はたまったものではない。彼にそんな気などないのはわかっているのに、お預け状態でそのままだなんて……! ううう、と耐えながら、奥村の髪をなで、ゆっくりと話しかける。

「あ、あやとさん……っ」
「……ん?」
「今度、金曜日か月曜日に有休とりませんか?」
「休み?」
「いや、どっか遠出でもして、泊まり、とか。温泉とか行かないですか」
「うーん、お前そんなところに行きてぇのか?」
「え、う……うん」

 行きたいんすけど……一緒に、と言うと、奥村が少しだけ目を開いて、うーん、と考えた。ワーカホリック気味な奥村には休みを取るという感覚があまりないようにも思える。けれど、少しぐらい考えて欲しいな、と思ってしまうのは贅沢だろうか?

「休みなあ……」
「土日だけでもいいんですけど。行けるならゆっくり行きたいなあって」
「来月なら……三週目くらいか」

 具体的な日程が出てきたことに驚く。奥村は眠そうにはしているが、ちゃんと受け答えはしてくれているし。断られるとばかり思っていた濱口は驚いて、え、じゃあ、どこ行くか見ておきますね!! と意気込んだ。

「ああ……うん……」

 しかし、奥村は軽く返事を返すと、すぐにすうっと寝息をたて始める。寝ちゃった……と気を抜かれてしまって、濱口はソファーの背にもたれかかった。けれど、まさかいい返事がもらえるなどと思っていなかったから、それは本当に嬉しい。寝ている彼の頬にちゅうっと口付ける。

(起きないし)

 狸寝入りかなあ、なんて思ってしまうのも悲しかった。彼は自分のことをどう思っているのだろうか。勿論前よりも進んだことはわかっているし、それだけでもすごく嬉しいのだ。けれど、どうしても彼がどう思っているのかがわからなくて不安なところもある。

(別に、このままでもいいけど……いや……よくないけど)

 オレってなんなんだろ、と思ってしまう。家政婦みたいな? と考えて思わず、ははっと自嘲的な笑みがこぼれた。

(笑えねえっての)

 はあ、と気付かれないように溜息をして、太腿にある重みにじっと目を向ける。穏やかな寝顔を見て、どんどん欲張りになってっちまうな……と自分のことを思って悲しくなった。
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