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マッチポンプ第2弾 成功
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「……なになに、『放火魔ミーノを捕らえたら懸賞金。チャコール色の長いローブを羽織り、深く被ったフードが特徴。人相は不明だが愉快犯につき悪人顔だと思われる。低く唸るような声色で叫び散らかす極悪非道な犯罪者である。見かけた者は冒険者ギルドへ情報提供願う』……ほう、たった1日でこの騒ぎか。予想以上だな」
俺は街で配られている新聞を読んだ。
昨日の夜更け、俺自らの手でライターを使ってスラムを全焼させたのだが、運が良いのか悪いのか、見知った女の子に姿を見られてしまったのだ。
まあ、結果的にそれは良い方に転び、こうして架空の放火魔ミーノが指名手配されることになったのだが。
帰り道もテンパって街の人に姿を見られちゃったし、あの時の女の子だけじゃなくて色んな人が通報したんだろうな。
女の子に見つかった時は焦りに焦ったが、なんとかなって良かった。
それにしても……
「恥ずかしい……放火魔ミーノってなんだよ、昨日の演技は我ながら上手くできたと思うが、あんな猟奇的な愉快犯は俺の柄じゃないんだよな」
ボーイッシュ系女の子のレイミーと対峙した時、咄嗟に放火魔ミーノを演じ切った。しかし、あれは今思い出しても中々恥ずかしい瞬間だった。
結果的にうまくいったから良かったものの、何もならなかったらあれはただの黒歴史になる。
もう忘れよう。
「……キエル、スラムの人々に被害は?」
食堂の隅で昼食を食べながらキエルに尋ねた。放火魔ミーノの記憶は頭の片隅へ追いやっておく。
「今朝方、大金を積んで雇った冒険者に焼失した一帯を調査してもらいましたが、スラムの人々は誰一人として被害に遭ってなかったようです。”運が良かった”と皆が口を揃えてたので、狙った犯行だとはバレておりません」
人命に被害がないのが最優先事項だった。ここを乗り越えたらもうやることは簡単だ。
「そうかそうか。そりゃ良かった。んで、スラムの再建はどんな感じだ?」
「焼け野原を整地して健康な土を植え込み、その上に建物を建てる必要があるので……おそらく1週間もあれば、あの地に新たな建物を作り終えられるかと。なお、今回も大金を叩いて多くの魔法使いを動員しております」
異世界特有の流石のスピードだ。現代日本ならそんなとんとん拍子では絶対に進まない。
「ちなみにずっと気になっていたことを聞いてもいいか?」
手を止めて俺はキエルを見た。
「ええ、どうぞ」
「ドラゴンの件で街を復旧した時にも魔法使いを動員していたと思うんだが、そいつらはなんなんだ?」
どこから来た奴らなのだろうか。ヤミノ・アクニンの記憶には存在しない連中だ。
「冒険者です。基本的に彼らは依頼という形で金銭を積めば動いてくれます。前回と同様に、アクニン伯爵から直々の依頼と銘打っておりますが……何か問題でも?」
「いや、特に問題はない。ただこ俺の名前を使ったら冒険者の集まりが悪くないか? 多分だけど冒険者にも嫌われてるだろ、俺」
多分どころか確実に嫌われてると思う。意図的にスラムを作るやつのことなんか好きになるはずがない。
「まあ……以前まではそうでしたが、ここ最近はそうでもありません。御坊ちゃまの羽振りが良くなったこともそうですし、ファイアブレストドラゴンの一件が御坊ちゃまの格と株を上げたようです。実力至上主義でお金にうるさい冒険者からすれば当然のことでしょう」
「ほう、あの一件が冒険者にも良い影響を及ぼしたんだな」
冒険者がどんな奴らでどんな性格なのかは知るよしもないが、これは思わぬ副産物だ。ありがたい。
今後、冒険者絡みで問題が起きた時は必ず役立つことだろう。
「ところで御坊ちゃま、今回のスラム放火魔事件の後始末はどうなさいますか? ここから御坊ちゃまの好感度を上げる策はあるのですか? 私はスラムへ赴き彼らをスラムから引き剥がしただけなのですが……」
キエルは与えた仕事を全うしてくれたし、ここから先は俺の仕事だ。
「よくぞ聞いてくれたな。実はもう策を閃いているんだ」
「ほう、お聞かせ願えますか?」
「まずは1つ目、この指名手配されている放火魔ミーノは俺のことだが、数日後に俺が直々に捕まえて裁きを下したと領内に喧伝する」
「……これまた大胆なマッチポンプですね」
キエルは呆れたような納得したような、曖昧な顔つきだった。
マッチポンプすぎるがこれを利用しない手はない。
放火魔ミーノの後始末は俺がつける。
「次に2つ目、これは事前に話していたことだが、スラムの人々を職につかせるためにハローワークを展開する。まあ、すぐにってわけじゃない。少し時間が必要だろうからな」
「はろーわーく?」
「あー、言い換えると職業案内所だ。人手が足りない店を募って、そこに人を送り込むって言えばわかるか?」
「そういうことですか。冒険者ギルドのクエスト依頼方法と同様ですね。ギルドが大衆から受けた依頼を大々的に張り出し、それらを見た冒険者が受注する……それを仕事に置き換えると言うことですか。名案だと思います」
噛み砕いた言い方をすることで、キエルは顎に手を当て理解を示してくれた。
この世界の仕事は世継ぎか、偶然雇われるか、自分から売り込みをするかの3種類しかない。
人材派遣的なやつは存在しないのだ。
「……いえ、御坊ちゃま、やはり少しお待ちください。そのやり方には問題がございます」
悦に浸っているところにキエルが水を差してきた。
「なんだ」
「人手が足りません。うちの召使いは広い邸宅の管理で精一杯ですし、私も彼らや奴隷のことを見なければならないのでまとまった時間は作れません。ルナに頼むにしても、彼女は獣人なので細かな事務仕事は不向きです」
真剣な顔で何を言うかと思ったらそんなことか。
その対策についてはついさっき思いついたばかりだ。
「人員は問題ない。冒険者ギルドに窓口を設けてもらうつもりだからな」
「……まさかそこで冒険者ギルドを絡めてくるとは、だから御坊ちゃまは先ほど冒険者からの評価を気にしておられたのですね」
「ん、まあな」
たまたま思いついただけだ。
ハローワークの窓口をゼロから展開するのなんて大変だろうし、似たようなノウハウがある冒険者ギルドに任せるのが安心だ。
「では、ギルド職員の給金にも色をつけますか?」
「え? それって俺が決めていいのか?」
「もちろんです。冒険者ギルドにはギルドマスターと呼ばれるギルド内のトップもいますが、領内における全ての決定権は御坊ちゃまにございます」
そんな決定権まで伯爵に一任していいのかよ。
マジでやりたい放題になるぞ。
「ちなみに今の冒険者ギルドの職員の給金はどの程度だ?」
「大変申し上げにくいのですが……必要最低限しか渡しておりません。全く贅沢する余裕はないかと」
「は? 冒険者ギルドの売上ってかなり良いイメージなんだけど……」
「ええ、確かに売上は上々です。冒険者が依頼に成功すると、報奨金から手数料として幾らか中抜きしているので、それらがギルドの主要な売上となります。他には魔物の素材の売買でしょうか。それらは武器や防具の作成に使用されるので高値で取引されます。
ただ、最低でも売上の8割を伯爵家に納めるようにと数年前に御坊ちゃまが宣告いたしましたので、近年のギルドはお金のやりくりに困っています」
「……また俺なんだな」
わかってた、わかってたよ。どうせ俺が絡んでるんだろうなってことはわかってたんだよ。
「どうなさいますか? 給金に色をつけるのであれば、それらの問題をなんとかしなければいけませんが……」
「これからはギルドの売上から一割に満たない額を納めるだけでいい。これまでは取りすぎだ。そこで浮いた金を工面して給金を上げるか」
「……よろしいのですか?」
「当然。給金は他領地の水準の1.2倍程度に設定してくれ。高くしすぎると感覚が狂うから、そこからの動きは今後の業務を見て判断しよう」
もしもギルド側の金が足りなくなるようであれば、伯爵家の財源を無利子で貸し付けても構わない。
こっちには使いきれないくらいの金があるからな。
「かしこまりました。冒険者ギルドのギルドマスターに伝達しておきます」
「頼んだぞ」
これでよし。金がなければやる気が起きないのは現代日本で痛感済みだからな。
上げすぎも良くないが、それなりの給金に設定しないと人が離れてしまう。
「その、御坊ちゃま……今の話に付随して、併せてお願いしたいことがあるのですが……」
俺が心中で満足していると、キエルは改まって背を丸めた。
すごく言い出しづらそうな口ぶりだ。デリケートな内容なのか?
「なんだ、なんでも言ってみろ」
「えぇ……実は我々召使いの給金もあげて頂きたいと思いましてご相談でした。彼らは非常に頑張って働き、掃除や洗濯、料理から庭の管理まで、幅広く業務に取り組んでおります。なので——」
「——いいぞ。引き上げよう」
俺は言い淀むキエルの言葉を遮った。
全然遠慮することはない。
「へ? よ、よろしいのですか?」
「もちろんだ。どうせ最低限の給金しかもらってないんだろ?」
元のヤミノ・アクニンの記憶を辿ると、ヤツは半月暮らすのが精一杯となる程度の給金しか与えていないことがわかった。あまりにも横暴だ。
「……最低限どころか貰えない月もあったりなかったりしますが……」
「なんだそれ。普段は俺が手渡ししてるんだよな」
「はい、御坊ちゃまの私室にある鍵付きクローゼットの中に厳重な金庫があり、そこから麻袋に詰めた給金を恵んでくださいます」
金庫の場所は知っていて、この体を手に入れてから一度だけ開けたことがある。
そこには数千人が一生暮らせるほどの金が詰め込まれていた。
ぐへへへへっと下品に笑うヤミノ本人の姿が頭の中によぎって少し体調を崩しかけたのはここだけの話だ。
「んじゃ、次の給金から他領地の水準と同額程度にアップだ!」
ギルド職員の給金と同様に、こちらも動きを見て判断する。元のヤミノ・アクニンの記憶には召使いの仕事振りに関する内容が一切ないからな……とりあえず、少しは様子を見てみるつもりだ。
「ありがとうございますっ! 本当にありがとうございます! 今すぐに召使いの皆へ報告してまいります」
「待て待て待て。まだ明かすな」
走りかけたキエルを呼び止める。
「なぜですか?」
「サプライズにした方が喜んでくれるだろうが」
「あー」
「なんだその反応は。キエル、お前も俺から給金をもらったときは全力で喜べよ? そしてこれからは毎月その額が貰えるってきちんとアピールしろ。頑張れば増える可能性も高いってことも付け加えてな。いいな?」
「……これもまたマッチポンプの一種ですか。お恥ずかしい限りですが、背に腹は変えられませんね」
キエルは渋々ながら了承した。召使いを束ねるキエルがそういう態度を示さないと、下にいる召使いたちはついてきてくれないだろうからな。
大袈裟なアピールは大切だ。
さて、これである程度話はまとまったし、あとは計画通り進めば完璧だな。
「よし。じゃあ話を戻すが、ハローワーク展開のためにヤナヤーツの全家屋にビラを配ってくれ。求人募集をしたいやつは冒険者ギルドに申請してもらって、仕事が欲しいってやつは冒険者ギルドに行って応募してもらえ。そして各店舗の募集用紙には待遇面や職場環境を漏れなく記載することを義務付けろ」
ブラック企業は許さん。きちんと募集用紙にありのまま記載してもらうぞ。
「御意。行って参ります」
「おう、任せたぞ」
俺はキエルが立ち去ったことで1人になった。
話に夢中でできたての昼食のパンとスープ、肉が冷めてしまった。
この世界にはレンジなんてないし、このまま食べるしかない。
「……このパンとスープ、冷めても美味いんだよなぁ。今度キッチンに行ってお礼しに行くか」
俺の呟きは虚空に消えた。
俺は街で配られている新聞を読んだ。
昨日の夜更け、俺自らの手でライターを使ってスラムを全焼させたのだが、運が良いのか悪いのか、見知った女の子に姿を見られてしまったのだ。
まあ、結果的にそれは良い方に転び、こうして架空の放火魔ミーノが指名手配されることになったのだが。
帰り道もテンパって街の人に姿を見られちゃったし、あの時の女の子だけじゃなくて色んな人が通報したんだろうな。
女の子に見つかった時は焦りに焦ったが、なんとかなって良かった。
それにしても……
「恥ずかしい……放火魔ミーノってなんだよ、昨日の演技は我ながら上手くできたと思うが、あんな猟奇的な愉快犯は俺の柄じゃないんだよな」
ボーイッシュ系女の子のレイミーと対峙した時、咄嗟に放火魔ミーノを演じ切った。しかし、あれは今思い出しても中々恥ずかしい瞬間だった。
結果的にうまくいったから良かったものの、何もならなかったらあれはただの黒歴史になる。
もう忘れよう。
「……キエル、スラムの人々に被害は?」
食堂の隅で昼食を食べながらキエルに尋ねた。放火魔ミーノの記憶は頭の片隅へ追いやっておく。
「今朝方、大金を積んで雇った冒険者に焼失した一帯を調査してもらいましたが、スラムの人々は誰一人として被害に遭ってなかったようです。”運が良かった”と皆が口を揃えてたので、狙った犯行だとはバレておりません」
人命に被害がないのが最優先事項だった。ここを乗り越えたらもうやることは簡単だ。
「そうかそうか。そりゃ良かった。んで、スラムの再建はどんな感じだ?」
「焼け野原を整地して健康な土を植え込み、その上に建物を建てる必要があるので……おそらく1週間もあれば、あの地に新たな建物を作り終えられるかと。なお、今回も大金を叩いて多くの魔法使いを動員しております」
異世界特有の流石のスピードだ。現代日本ならそんなとんとん拍子では絶対に進まない。
「ちなみにずっと気になっていたことを聞いてもいいか?」
手を止めて俺はキエルを見た。
「ええ、どうぞ」
「ドラゴンの件で街を復旧した時にも魔法使いを動員していたと思うんだが、そいつらはなんなんだ?」
どこから来た奴らなのだろうか。ヤミノ・アクニンの記憶には存在しない連中だ。
「冒険者です。基本的に彼らは依頼という形で金銭を積めば動いてくれます。前回と同様に、アクニン伯爵から直々の依頼と銘打っておりますが……何か問題でも?」
「いや、特に問題はない。ただこ俺の名前を使ったら冒険者の集まりが悪くないか? 多分だけど冒険者にも嫌われてるだろ、俺」
多分どころか確実に嫌われてると思う。意図的にスラムを作るやつのことなんか好きになるはずがない。
「まあ……以前まではそうでしたが、ここ最近はそうでもありません。御坊ちゃまの羽振りが良くなったこともそうですし、ファイアブレストドラゴンの一件が御坊ちゃまの格と株を上げたようです。実力至上主義でお金にうるさい冒険者からすれば当然のことでしょう」
「ほう、あの一件が冒険者にも良い影響を及ぼしたんだな」
冒険者がどんな奴らでどんな性格なのかは知るよしもないが、これは思わぬ副産物だ。ありがたい。
今後、冒険者絡みで問題が起きた時は必ず役立つことだろう。
「ところで御坊ちゃま、今回のスラム放火魔事件の後始末はどうなさいますか? ここから御坊ちゃまの好感度を上げる策はあるのですか? 私はスラムへ赴き彼らをスラムから引き剥がしただけなのですが……」
キエルは与えた仕事を全うしてくれたし、ここから先は俺の仕事だ。
「よくぞ聞いてくれたな。実はもう策を閃いているんだ」
「ほう、お聞かせ願えますか?」
「まずは1つ目、この指名手配されている放火魔ミーノは俺のことだが、数日後に俺が直々に捕まえて裁きを下したと領内に喧伝する」
「……これまた大胆なマッチポンプですね」
キエルは呆れたような納得したような、曖昧な顔つきだった。
マッチポンプすぎるがこれを利用しない手はない。
放火魔ミーノの後始末は俺がつける。
「次に2つ目、これは事前に話していたことだが、スラムの人々を職につかせるためにハローワークを展開する。まあ、すぐにってわけじゃない。少し時間が必要だろうからな」
「はろーわーく?」
「あー、言い換えると職業案内所だ。人手が足りない店を募って、そこに人を送り込むって言えばわかるか?」
「そういうことですか。冒険者ギルドのクエスト依頼方法と同様ですね。ギルドが大衆から受けた依頼を大々的に張り出し、それらを見た冒険者が受注する……それを仕事に置き換えると言うことですか。名案だと思います」
噛み砕いた言い方をすることで、キエルは顎に手を当て理解を示してくれた。
この世界の仕事は世継ぎか、偶然雇われるか、自分から売り込みをするかの3種類しかない。
人材派遣的なやつは存在しないのだ。
「……いえ、御坊ちゃま、やはり少しお待ちください。そのやり方には問題がございます」
悦に浸っているところにキエルが水を差してきた。
「なんだ」
「人手が足りません。うちの召使いは広い邸宅の管理で精一杯ですし、私も彼らや奴隷のことを見なければならないのでまとまった時間は作れません。ルナに頼むにしても、彼女は獣人なので細かな事務仕事は不向きです」
真剣な顔で何を言うかと思ったらそんなことか。
その対策についてはついさっき思いついたばかりだ。
「人員は問題ない。冒険者ギルドに窓口を設けてもらうつもりだからな」
「……まさかそこで冒険者ギルドを絡めてくるとは、だから御坊ちゃまは先ほど冒険者からの評価を気にしておられたのですね」
「ん、まあな」
たまたま思いついただけだ。
ハローワークの窓口をゼロから展開するのなんて大変だろうし、似たようなノウハウがある冒険者ギルドに任せるのが安心だ。
「では、ギルド職員の給金にも色をつけますか?」
「え? それって俺が決めていいのか?」
「もちろんです。冒険者ギルドにはギルドマスターと呼ばれるギルド内のトップもいますが、領内における全ての決定権は御坊ちゃまにございます」
そんな決定権まで伯爵に一任していいのかよ。
マジでやりたい放題になるぞ。
「ちなみに今の冒険者ギルドの職員の給金はどの程度だ?」
「大変申し上げにくいのですが……必要最低限しか渡しておりません。全く贅沢する余裕はないかと」
「は? 冒険者ギルドの売上ってかなり良いイメージなんだけど……」
「ええ、確かに売上は上々です。冒険者が依頼に成功すると、報奨金から手数料として幾らか中抜きしているので、それらがギルドの主要な売上となります。他には魔物の素材の売買でしょうか。それらは武器や防具の作成に使用されるので高値で取引されます。
ただ、最低でも売上の8割を伯爵家に納めるようにと数年前に御坊ちゃまが宣告いたしましたので、近年のギルドはお金のやりくりに困っています」
「……また俺なんだな」
わかってた、わかってたよ。どうせ俺が絡んでるんだろうなってことはわかってたんだよ。
「どうなさいますか? 給金に色をつけるのであれば、それらの問題をなんとかしなければいけませんが……」
「これからはギルドの売上から一割に満たない額を納めるだけでいい。これまでは取りすぎだ。そこで浮いた金を工面して給金を上げるか」
「……よろしいのですか?」
「当然。給金は他領地の水準の1.2倍程度に設定してくれ。高くしすぎると感覚が狂うから、そこからの動きは今後の業務を見て判断しよう」
もしもギルド側の金が足りなくなるようであれば、伯爵家の財源を無利子で貸し付けても構わない。
こっちには使いきれないくらいの金があるからな。
「かしこまりました。冒険者ギルドのギルドマスターに伝達しておきます」
「頼んだぞ」
これでよし。金がなければやる気が起きないのは現代日本で痛感済みだからな。
上げすぎも良くないが、それなりの給金に設定しないと人が離れてしまう。
「その、御坊ちゃま……今の話に付随して、併せてお願いしたいことがあるのですが……」
俺が心中で満足していると、キエルは改まって背を丸めた。
すごく言い出しづらそうな口ぶりだ。デリケートな内容なのか?
「なんだ、なんでも言ってみろ」
「えぇ……実は我々召使いの給金もあげて頂きたいと思いましてご相談でした。彼らは非常に頑張って働き、掃除や洗濯、料理から庭の管理まで、幅広く業務に取り組んでおります。なので——」
「——いいぞ。引き上げよう」
俺は言い淀むキエルの言葉を遮った。
全然遠慮することはない。
「へ? よ、よろしいのですか?」
「もちろんだ。どうせ最低限の給金しかもらってないんだろ?」
元のヤミノ・アクニンの記憶を辿ると、ヤツは半月暮らすのが精一杯となる程度の給金しか与えていないことがわかった。あまりにも横暴だ。
「……最低限どころか貰えない月もあったりなかったりしますが……」
「なんだそれ。普段は俺が手渡ししてるんだよな」
「はい、御坊ちゃまの私室にある鍵付きクローゼットの中に厳重な金庫があり、そこから麻袋に詰めた給金を恵んでくださいます」
金庫の場所は知っていて、この体を手に入れてから一度だけ開けたことがある。
そこには数千人が一生暮らせるほどの金が詰め込まれていた。
ぐへへへへっと下品に笑うヤミノ本人の姿が頭の中によぎって少し体調を崩しかけたのはここだけの話だ。
「んじゃ、次の給金から他領地の水準と同額程度にアップだ!」
ギルド職員の給金と同様に、こちらも動きを見て判断する。元のヤミノ・アクニンの記憶には召使いの仕事振りに関する内容が一切ないからな……とりあえず、少しは様子を見てみるつもりだ。
「ありがとうございますっ! 本当にありがとうございます! 今すぐに召使いの皆へ報告してまいります」
「待て待て待て。まだ明かすな」
走りかけたキエルを呼び止める。
「なぜですか?」
「サプライズにした方が喜んでくれるだろうが」
「あー」
「なんだその反応は。キエル、お前も俺から給金をもらったときは全力で喜べよ? そしてこれからは毎月その額が貰えるってきちんとアピールしろ。頑張れば増える可能性も高いってことも付け加えてな。いいな?」
「……これもまたマッチポンプの一種ですか。お恥ずかしい限りですが、背に腹は変えられませんね」
キエルは渋々ながら了承した。召使いを束ねるキエルがそういう態度を示さないと、下にいる召使いたちはついてきてくれないだろうからな。
大袈裟なアピールは大切だ。
さて、これである程度話はまとまったし、あとは計画通り進めば完璧だな。
「よし。じゃあ話を戻すが、ハローワーク展開のためにヤナヤーツの全家屋にビラを配ってくれ。求人募集をしたいやつは冒険者ギルドに申請してもらって、仕事が欲しいってやつは冒険者ギルドに行って応募してもらえ。そして各店舗の募集用紙には待遇面や職場環境を漏れなく記載することを義務付けろ」
ブラック企業は許さん。きちんと募集用紙にありのまま記載してもらうぞ。
「御意。行って参ります」
「おう、任せたぞ」
俺はキエルが立ち去ったことで1人になった。
話に夢中でできたての昼食のパンとスープ、肉が冷めてしまった。
この世界にはレンジなんてないし、このまま食べるしかない。
「……このパンとスープ、冷めても美味いんだよなぁ。今度キッチンに行ってお礼しに行くか」
俺の呟きは虚空に消えた。
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