ハーレムキング

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2章 セイクリールの歩き方 編

ハーレムキングは一石を投じる

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 神殿の中は、静かだった。

 天井は高く、白い壁には金の縁が走っている。窓から差し込む光が、空気そのものを神聖に見せるような錯覚を与えていた。

「ふむ……幻想的だ」

 オレの声が響いた瞬間、隣を歩いていたサラの歩みが、ピタリと止まった。

「……!」

 彼女の肩が微かに震え、手元が握りしめられる。

 怒りでも、緊張でもない。これは——警戒。
 そして、恐れに近いもの。

「どうした?」

 ちらりと横顔を見ると、サラは普段の凜々しさからかけ離れた顔をしていた。
 まるで過去という鎖に、今まさに絡め取られたかのように。

 サラの視線の先には、白銀の神官たちがいた。四名の女神官は、揃いも揃って目が笑っていない。表面だけを飾ったような冷たい笑顔。分厚い仮面をつけたような怪しさがある。
 高潔さよりも、優越感がにじむ雰囲気。

 オレの中で、ハーレム構成候補から即時除外された瞬間だった。

 雰囲気からして、サラの上役らしい。

「サラ」

「……」

 オレが声をかけたが、サラは息を呑むだけだった。
 同時に、先に向こうがこちらを見て口を開いた。

「よく帰って来られたわね。あの何もない村に行ってたって聞いたけど……何の成果もなく?」

「成果はあります。村に現れていた悪霊は撃退されました」

「へぇ。じゃあ、証拠は?」

 白銀の神官の声は冷たく刺さった。
 サラは一瞬だけ目を伏せたあと、静かに口を開いた。

「……悪霊は人々の怨嗟が生み出すものなので、実体を持ちません。物質として残る証拠を示すことは難しいです」

「それじゃ、何もないってことよね?」

 言葉尻を捕まえるように、すぐさま返される。

「っ……そもそも悪霊の退治に証拠の提出は求められていないのでは?」

「口ではなんとでも言えるわ。そうやってまた責任逃れするつもり?」

「そんなつもりはありません。私はただ——」

「そもそも、そんな得体の知れない悪霊なんて、放っておけばよかったんじゃない? 人が死んだわけでもないし、退治する価値があったの?」

 さらに浴びせられる言葉に、サラの口が固く結ばれた。

 ……なるほど、これが“いびり”というやつか。

 オレは静かにその様子を見ていたが、どうにも胸の奥にざらりとした感覚が残っていた。
 
「悪霊退治は優先度が高い任務ではありません。だから、本来なら急いで行く場所でもないんですよー?」

 別の神官が、わざとらしく肩をすくめて言う。

「なのに、あなたは好き好んで村まで出向いた……ふふ、本当に熱心なのね。仕事してますアピールが上手なこと」

 侮蔑と嘲笑。

 サラは何も言わなかった。ただ、小さく手を握って、耐えていた。

 ……オレは知っている。

 村が困っていたことを。悪霊のせいで農作物が枯れ、村人が飢饉に瀕していたことを。

 それを今、この場で無意味だと切り捨てられている。

「それよりも、神託の器の件、ちゃんと覚えてる? 忘れるわけないわよね? 三年前のあの日のこと」

 話題が変わった。

 途端に、神官たちの顔にあからさまな攻撃の構えが戻ってきた。
 神官たちの視線が冷たくなる。

「神託の器を壊した罪、忘れたとは言わせないわよ? あれは千年も保たれてきた聖具だったの。貴女のような未熟者が触れるべきじゃなかった」

「……あれは、経年劣化が主因です。そもそもあの場に私がいたのは私が希望したわけではありませんし、私の責任では——」

「でも壊れたのは、あなたの手の中だった。そう聞いたわよ? 事実はそれだけよ」

 よくわからないが、集団でサラをいびって楽しんでいるようだ。雰囲気で察する程度には空気は読める。
 内情は知らないが、こういうのは見ているだけで嫌な気分になるな。

 そして、オレの隣でサラの肩が小さく震えていた。

 そろそろだな。見てられん。

 オレは一歩前に出た。
 そのまま神官たちの前に立ち、軽く手を掲げながら、問いを投げかけた。

「ふむ、サラをいびることしか脳のない神官たちよ。まずは確認させてもらおう」

「はぁ? あんた何者よ。急に割り込んでこないでくれる? これはサラの問題だから部外者はすっこんでなさいよ!」

「黙れ。王が喋っている最中だ」

「っ!?」

 オレが王の威圧を飛ばすと、一人の女神官は肩を震わせて顔を青ざめさせた。
 原理はわからない。ただ、ハーレムキングたる力だろう。

「気を取り直して、君たちに問う。セイクリール神殿に仕える君たちはどの神を信じている?」

 一瞬、神官たちは戸惑ったように顔を見合わせた。
 だが、中年の女神官がやがて答える。

「我らが信ずるは、神聖四柱の一柱、“レメリア”。救済と癒しの女神であり、哀しみを抱えた者たちに微笑みをもって手を差し伸べる存在です。多神教のセイクリールの中でも、慈愛に満ちた素晴らしい神なのです」

 別の神官が続ける。

「貧しき者、迷える者、弱き者に救いをもたらし、争いを鎮める平穏の守り神。それが、我らがレメリアさまの御名です。それが何か?」

 ふははははっ……! 至極当然のように口にする様は笑えてくる!

「ふむ……“救済”“癒し”“赦し”“平穏”……まさしく弱者に寄り添う神、というわけだな。慈愛に満ちていると評するのも頷ける」

 オレは腕を組み、深く頷いた。
 そして、視線をまっすぐに神官たちへ向ける。

「ならば、その女神の名のもとに、今サラに向けられた“冷笑”と“侮蔑”は、果たして信仰と一致しているのか?」

「……は?」

 神官たちの顔がこわばる。

「君たちは救いの神を信じていると語った。ならば、なぜこの場に救いの言葉が一つもない? 何も与えず、何も支えず、ただ過去を責めるだけのその姿勢を、神は本当に望んでいるのか?」

 誰も返答できなかった。

 オレは一歩前に出て、言葉を重ねた。

「信仰というのはただの看板じゃない。選んだ神に、自分の姿を重ねるということだ。癒しの神を信じながら、仲間を痛めつけるのなら……それは君たち自身が神を侮辱していることになるぞ?」

 サラが瞳を潤ませてこちらを見上げた。オレが静観を貫いたばかりに怖い思いをさせてしまったな。
 もう安心しろ。王の御前で涙を流させるわけにはいかない!

「当たり前だが、信仰は見せかけではない! 王であるオレは仲間を信じる! 信じたからこそ共にいる! サラはオレの仲間だ。よってオレは部外者ではない! 神もまた、きっとそうであるはずだろう?」

 静寂が広がった。

 ただ、白い神殿の中に響くのは、王の実直な言葉だけだった。
 サラの目が丸くなっていた。口を開けかけて、言葉が出ないといった様子。

 さて、この悪い空気のままだとサラに申し訳ないな。

「これ以上、彼女に侮辱を浴びせるなら、王として君たちに呪いをかける。机の角に小指をぶつけるとっておきだ!」

「の、呪い!? なんなのあなたは……!」

「王だ」

 短く答えると、オレはサラの手を取った。
 少しはピリついた空気が緩和した、ような気がする。

「行こう、サラ。くだらない過去に縛られてる暇はない。君には、守るべき未来があるんだからな!」

 ぐいと引いたその手は、驚くほど軽かった。

 神官たちはしばらくぽかんとしたまま、誰も言い返さなかった。
 廊下に出て、手を離すと、サラはしばらく無言だった。

「あの人たち、みんな神殿の上役なんですけど……」

「知ったことか。王に上下関係はない」

「……ほんと、変な人……」

 言いながら、サラは小さく笑った。目尻に涙がにじんでいたのは、光の加減だろう。

 王の前で泣くことを許す!
 ただしそれは悲哀の涙ではなく、喜びの涙に限る!
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