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アルファの過去
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俺が突如として意識を失ったアルファをイグワイアの王宮に搬送してから、早数時間が経過しようとしていあ。
そんな中、俺は客室のソファにもたれながら、開かれた窓から入り込む生暖かい夜風を浴びていた。
アルファのことを引き渡す際に、既にクララ女王にはそうなるに至った経緯を大まかにだが伝えているため特に問題はないとは思うが、やはりあの冷静で落ち着いた性格をしていたアルファがああなってしまうと、どうしても心配の念が出てきてしまう。
お前も男なら強くあれ、というような冗談じみた古い考えが頭の中をよぎるほどだ。
「——ゲイルさん。クララです。入ってもよろしいですか?」
今日はもう新たな展開がなさそうなので、明日に備えようとベッドに潜ろうとしたその時だった。
物も少なく、非常に静かな部屋の中に、小気味良く扉をノックする音が響いた。
声の主はクララ女王。アルファを引き渡して以来話をできていないので、要件は何となくわかる。
おそらく、現在のアルファの容態や状況に関する詳細な話を伝えにやってきたのだろう。
「どうぞ。アルファはどうですか? 目は覚めましたか?」
俺は普段の煌びやかなドレス姿から、ドレープ感のあるラグジュアリーな部屋着に着替えていたクララ女王に聞いた。
「いえ。意識こそありませんが、容態に関しては特に問題がないとお医者様がおっしゃられていました。ただ、こうなるに至った原因は、お医者様には分からなかったようです」
クララ女王は入室してすぐに俺の向かいのソファに上品な所作で腰を下ろすと、真実を探るような含みのある言い方をしてきた。
「つまり、クララ女王には原因がわかるということですね? やはり貴族みたいな見た目をしたあの二人の女性が関係しているのですか?」
やはりというか、確実に原因はそれしかなかったので、俺は言葉を濁すことなくクララ女王に聞いた。
「そうですね。ゲイルさんはアルファから何かお話を聞きましたか? 例えば……アルファやその周りの過去のお話しなど……」
「特にそういった話はしていませんね。どうも俺は嫌われているみたいで、あまり込み入った話はできていないんですよねぇ。俺の周りには同性が少ないので、できれば仲良くなりたかったんですけどね……全然だめでした」
アルファには俺が一方的に話しかけていただけで、あちらから話題を振ることは全くと言っていいほどなかった。
俺の第一印象が悪かったのか、それとも生理的に無理なタイプだったのか、原因は不明だが距離が縮まる気配は一切なかった。
「ゲイルさんとアルファが同性云々についての話は一旦置いておきますが、アルファは慣れていない人間が苦手なので、ゲイルさんに冷たい態度をとってしまったことも概ね私の予想通りです。なので、私の口からアルファの過去ことについてお教えしますね。ただし、あまり気持ちの良い話ではありませんので、感情的にならずに聞いてください」
「ええ。お願いします」
俺は今に至るまでの数時間を使って、頭の中で今回の出来事について一人で考えていた。
そのため、大まかではあるが確信に近いと断言くらいの推理はできている。
「……数ヶ月前に十六歳の誕生日迎えたアルファ、ガンマ、そしてベータは元々は王宮の人間ではありませんでした。三人は奴隷として競りにかけられていたところを前国王である私の父に買われたことで、六年前から王宮に仕えることになったんです。と、ここまでは別にこれといって珍しい話でもありません。それなりの地位や身分がある人間は、人出が足りなくなったら都合の良い奴隷を買うことも多いですからね。問題は三人の前の主人にあります」
クララ女王は終始やるせないといった表情を浮かべていた。
言葉尻も重く、普段の快活さのかけらも感じさせない雰囲気が漂っている。
というより、アルファの過去のみならず、チンピラの処理を任されていた残りの二人も同じ境遇だとは思わなかったな。
「……奴隷になる前の主人があの二人の女性なんですね」
「そうです。まあ、おそらく、三人のことを忌み嫌っていた大勢の人間のうちの二人でしょう。あそこの貴族はそこそこの階級でしたからね。話を戻しますが、とある貴族の妾の子として生まれた三人は、物心がついた時から奴隷として買われるまで、人間とは到底思えないほどの劣悪な環境で育てられてきました」
「妾の子ですか。中々難しい立ち位置ですね……」
自身の爵位に関係なく、貴族は庶民よりも莫大な資金と権力を持っているので、愛人なんてものはザラにいるので何ら不思議な話ではないが、問題は三人が妾の子だったという点だ。
大抵の貴族は正妻から生まれた直系の子のみを愛し、妾から生まれた雑種の子を蔑み憎み迫害する。
貴族と庶民の格の違いをより近くでわからせるための手法としては良いのだろうが、胸糞が悪いことには変わりはない。
「……食事は一日一食があればマシな方で、寝る間も与えられずに馬車馬の如く働かされ、湯浴みも年に数回のみ。少しでも楯突けば体に恐怖を植え付けられる毎日……。それが約十年も続きました。その代償として、ガンマとベータは感情が乏しくなり、人としての心が欠落しました。アルファは人を嫌うようになっただけでなく、全身の至る所に痛々しい傷を植え付けられてしまいました。アルファは三人の中でもリーダー的な役割を買って出ていたこともあってか、ガンマとベータよりも心身の傷が非常に深く、ほんの些細な出来事一つで全てが崩壊してしまうのです……」
クララ女王は話を終えてからソファから腰を離すと、ほろほろと両の瞳から涙を流しながら、淀んだ雲が遮る夜空を眺めていた。
「その貴族はどうなったのですか?」
「民の反感を買った結果、難なく淘汰されました。そのおかげで三人は解放され、持ち主を失った奴隷として売り出されたのです」
元の主人がいないのなら行動も起こしやすい。
逆恨みで何か仕掛けてくることも考えられるからな。
「……俺に何かできることはありますか?」
俺はクララ女王のすぐ隣に向かった。
はっきりいって、俺はアルファに恩や借りはないので、手を貸す必要もないのだが、脳裏によぎるアルファの悲鳴を考えると、どうしても手を差し伸べたくなっていた。
「もちろんです。ゲイルさん……私がアルファのことをあなたに同行させた理由がわかりますか?」
クララ女王は左隣にいる俺の顔をチラリと見ると、すぐに前に向き直った。
「見張りや案内以外に何か理由があるのですか?」
「あなたにアルファの心の扉を開いてほしかったのです。たった一夜で我が国に革命を起こし、更には長年誰の手にも渡らなかった名も無き領地をあっさりと手にしました。その行動力と誰にでも手を差し伸べられる優しさを、どうかアルファに分けてあげられませんか……?」
「……」
俺はすぐに返事をすることができなかった。
なぜなら、クララ女王が言ったことは全て結果論だったからだ。
俺は全ての物事において自分のために行動した結果、後から良いことや悪いことが舞い込んできて、たまたま良いことの方が多かったに過ぎない。
そんな俺が、俺の知らないところで深い傷を負った人間を易々と救えるのだろうか……? 迷う、というよりも、決断することができなかった。
俺はそんなにできた人間じゃないんだ。
「……これからアルファに会ってきます。返事はその後でも構いませんか? クララ女王」
数十秒にも及ぶ沈黙を経て、俺は口を開いた。
答えはイエスでもノーでもなく曖昧なものだが、今はそれしか言えなかった。
「構いませんよ。アルファの部屋にはガンマとベータもいるはずですので、より詳細な話を聞きたければ二人に聞くといいです。二人にはゲイルさんの話を通しておきましたから、安心してください。それと、今度話すときは気軽に話してくださいね? では、また」
クララ女王は夜風で乾いた涙を指で拭うと、それだけ言って部屋から出ていった。
気軽に接する件については考えておくとして、アルファが眠る部屋の場所を聞き忘れてしまったな。
まあいい。気配はわかっているし、適当に探って見つけるとしよう。
そんな中、俺は客室のソファにもたれながら、開かれた窓から入り込む生暖かい夜風を浴びていた。
アルファのことを引き渡す際に、既にクララ女王にはそうなるに至った経緯を大まかにだが伝えているため特に問題はないとは思うが、やはりあの冷静で落ち着いた性格をしていたアルファがああなってしまうと、どうしても心配の念が出てきてしまう。
お前も男なら強くあれ、というような冗談じみた古い考えが頭の中をよぎるほどだ。
「——ゲイルさん。クララです。入ってもよろしいですか?」
今日はもう新たな展開がなさそうなので、明日に備えようとベッドに潜ろうとしたその時だった。
物も少なく、非常に静かな部屋の中に、小気味良く扉をノックする音が響いた。
声の主はクララ女王。アルファを引き渡して以来話をできていないので、要件は何となくわかる。
おそらく、現在のアルファの容態や状況に関する詳細な話を伝えにやってきたのだろう。
「どうぞ。アルファはどうですか? 目は覚めましたか?」
俺は普段の煌びやかなドレス姿から、ドレープ感のあるラグジュアリーな部屋着に着替えていたクララ女王に聞いた。
「いえ。意識こそありませんが、容態に関しては特に問題がないとお医者様がおっしゃられていました。ただ、こうなるに至った原因は、お医者様には分からなかったようです」
クララ女王は入室してすぐに俺の向かいのソファに上品な所作で腰を下ろすと、真実を探るような含みのある言い方をしてきた。
「つまり、クララ女王には原因がわかるということですね? やはり貴族みたいな見た目をしたあの二人の女性が関係しているのですか?」
やはりというか、確実に原因はそれしかなかったので、俺は言葉を濁すことなくクララ女王に聞いた。
「そうですね。ゲイルさんはアルファから何かお話を聞きましたか? 例えば……アルファやその周りの過去のお話しなど……」
「特にそういった話はしていませんね。どうも俺は嫌われているみたいで、あまり込み入った話はできていないんですよねぇ。俺の周りには同性が少ないので、できれば仲良くなりたかったんですけどね……全然だめでした」
アルファには俺が一方的に話しかけていただけで、あちらから話題を振ることは全くと言っていいほどなかった。
俺の第一印象が悪かったのか、それとも生理的に無理なタイプだったのか、原因は不明だが距離が縮まる気配は一切なかった。
「ゲイルさんとアルファが同性云々についての話は一旦置いておきますが、アルファは慣れていない人間が苦手なので、ゲイルさんに冷たい態度をとってしまったことも概ね私の予想通りです。なので、私の口からアルファの過去ことについてお教えしますね。ただし、あまり気持ちの良い話ではありませんので、感情的にならずに聞いてください」
「ええ。お願いします」
俺は今に至るまでの数時間を使って、頭の中で今回の出来事について一人で考えていた。
そのため、大まかではあるが確信に近いと断言くらいの推理はできている。
「……数ヶ月前に十六歳の誕生日迎えたアルファ、ガンマ、そしてベータは元々は王宮の人間ではありませんでした。三人は奴隷として競りにかけられていたところを前国王である私の父に買われたことで、六年前から王宮に仕えることになったんです。と、ここまでは別にこれといって珍しい話でもありません。それなりの地位や身分がある人間は、人出が足りなくなったら都合の良い奴隷を買うことも多いですからね。問題は三人の前の主人にあります」
クララ女王は終始やるせないといった表情を浮かべていた。
言葉尻も重く、普段の快活さのかけらも感じさせない雰囲気が漂っている。
というより、アルファの過去のみならず、チンピラの処理を任されていた残りの二人も同じ境遇だとは思わなかったな。
「……奴隷になる前の主人があの二人の女性なんですね」
「そうです。まあ、おそらく、三人のことを忌み嫌っていた大勢の人間のうちの二人でしょう。あそこの貴族はそこそこの階級でしたからね。話を戻しますが、とある貴族の妾の子として生まれた三人は、物心がついた時から奴隷として買われるまで、人間とは到底思えないほどの劣悪な環境で育てられてきました」
「妾の子ですか。中々難しい立ち位置ですね……」
自身の爵位に関係なく、貴族は庶民よりも莫大な資金と権力を持っているので、愛人なんてものはザラにいるので何ら不思議な話ではないが、問題は三人が妾の子だったという点だ。
大抵の貴族は正妻から生まれた直系の子のみを愛し、妾から生まれた雑種の子を蔑み憎み迫害する。
貴族と庶民の格の違いをより近くでわからせるための手法としては良いのだろうが、胸糞が悪いことには変わりはない。
「……食事は一日一食があればマシな方で、寝る間も与えられずに馬車馬の如く働かされ、湯浴みも年に数回のみ。少しでも楯突けば体に恐怖を植え付けられる毎日……。それが約十年も続きました。その代償として、ガンマとベータは感情が乏しくなり、人としての心が欠落しました。アルファは人を嫌うようになっただけでなく、全身の至る所に痛々しい傷を植え付けられてしまいました。アルファは三人の中でもリーダー的な役割を買って出ていたこともあってか、ガンマとベータよりも心身の傷が非常に深く、ほんの些細な出来事一つで全てが崩壊してしまうのです……」
クララ女王は話を終えてからソファから腰を離すと、ほろほろと両の瞳から涙を流しながら、淀んだ雲が遮る夜空を眺めていた。
「その貴族はどうなったのですか?」
「民の反感を買った結果、難なく淘汰されました。そのおかげで三人は解放され、持ち主を失った奴隷として売り出されたのです」
元の主人がいないのなら行動も起こしやすい。
逆恨みで何か仕掛けてくることも考えられるからな。
「……俺に何かできることはありますか?」
俺はクララ女王のすぐ隣に向かった。
はっきりいって、俺はアルファに恩や借りはないので、手を貸す必要もないのだが、脳裏によぎるアルファの悲鳴を考えると、どうしても手を差し伸べたくなっていた。
「もちろんです。ゲイルさん……私がアルファのことをあなたに同行させた理由がわかりますか?」
クララ女王は左隣にいる俺の顔をチラリと見ると、すぐに前に向き直った。
「見張りや案内以外に何か理由があるのですか?」
「あなたにアルファの心の扉を開いてほしかったのです。たった一夜で我が国に革命を起こし、更には長年誰の手にも渡らなかった名も無き領地をあっさりと手にしました。その行動力と誰にでも手を差し伸べられる優しさを、どうかアルファに分けてあげられませんか……?」
「……」
俺はすぐに返事をすることができなかった。
なぜなら、クララ女王が言ったことは全て結果論だったからだ。
俺は全ての物事において自分のために行動した結果、後から良いことや悪いことが舞い込んできて、たまたま良いことの方が多かったに過ぎない。
そんな俺が、俺の知らないところで深い傷を負った人間を易々と救えるのだろうか……? 迷う、というよりも、決断することができなかった。
俺はそんなにできた人間じゃないんだ。
「……これからアルファに会ってきます。返事はその後でも構いませんか? クララ女王」
数十秒にも及ぶ沈黙を経て、俺は口を開いた。
答えはイエスでもノーでもなく曖昧なものだが、今はそれしか言えなかった。
「構いませんよ。アルファの部屋にはガンマとベータもいるはずですので、より詳細な話を聞きたければ二人に聞くといいです。二人にはゲイルさんの話を通しておきましたから、安心してください。それと、今度話すときは気軽に話してくださいね? では、また」
クララ女王は夜風で乾いた涙を指で拭うと、それだけ言って部屋から出ていった。
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