表と裏と狭間の世界

雫流 漣。

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川に落ちた親友

警官と酔っぱらい

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アルバイトが終わり、すぐさまその足でリックの入院している病院にかけつける。

外来の診察時間が終わり、正面玄関が閉まっているため、昨夜と同じ急患用きゅうかんようの出入り口に指定された裏口へ向かう。
足早にロビーを通り抜けようとしたとき、ロバーツさん!と呼び止められた。

声のしたほうを向くと若い男が立っていた。
脱いだ上着を几帳面きちょうめんに腕にかけている。
つかつかと大股で近づいてきた男を見上げて、カイは百八十七センチある自分の身長が一気に二十センチも縮んだような錯覚をうけた。

「ランクス・オーウェンです。
覚えてますでしょうか」
大男が礼儀れいぎ正しく挨拶あいさつする。

身長、ほぼ二メートル…
カイはざっと目で計って確認した。

(間違いない、リックの悪友の、あのランクスだ!)


「ずいぶん前に一度、お会いしてますよね」
遠慮がちにカイが尋ねた。

「はい。ちらっと…です…が…」
オーウェンの言葉が尻すぼみになる。

カイはにっこりしてオーウェンに会釈えしゃくした。

「そのせつは大変失礼しました。リックが…その、どうしても私に紹介したい男がいるんだと言って、強引にお宅に……」
下がった眉毛がなんとも頼りなげだ。

オーウェンは確か、リックのハイスクール時代の先輩で同じフットボールクラブに所属していたチームメイトだ。
プライベートでかなり悪さもした仲だとリックから聞かされている。

あの日も。
したたか飲んだ陽気な二人組は、当時カイが住んでいたレストランの下宿先に押しかけ、真夜中だというのに玄関先で乱癡気らんちき騒ぎをしたのだ。

二人が張り上げる奇声に合わせて、近所の窓に次々と明かりが灯り。
カーラーを巻いた太ったおばさんが猛烈もうれつな勢いで飛び出してきて、彼らに激しいののしりの言葉を浴びせかけたのを…
オーウェンは覚えているだろうか?

本人のためにも、細かいことは忘れているといいのだけど…とカイは思った。


「リックのお見舞いにいらしたんですよね。
私も今回のことではショックを受けてるんです」

オーウェンの言葉にカイがくちびるを噛む。

(本当だ。なんでこんなことに…)

先に長い沈黙をやぶったのはオーウェン。
「リックからアルコールは検出されませんでした。…財布さいふを盗まれたり外傷を受けた痕跡こんせきもないようです。
事件の可能性は低いんじゃないでしょうか」

残るは事故か自殺未遂じさつみすいのどちらかしかない、と言いたいんだな…とカイは察した。
だが、リックは間違っても自殺を図るような男じゃない。

ふと見ると、オーウェンも眉間にしわ寄せて納得のいかない顔をしている。
この男も同じ考えでいるのがカイにはわかった。

「立ち話もなんですからあちらで…」
オーウェンが待合室のはしの空いたベンチを指差す。

促されるまま、人一人座れるくらいの間を開けて並んで腰かける。

「第一発見者が意味のわからないたわごとを言ってますが…
へべれけの酔っぱらいの証言ですから無視しても……」

「第一発見者に会ったんですか?」
カイは驚いた。

「はい。通報してきた人物ですので。
調書ちょうしょを取ってあります」

あっけにとられてぽかんと口を開けるカイ。


オーウェンはそれを見てはっとするなり、立ち上がって米つきバッタのように謝りだした。

「す、すみません。てっきりリックから聞いているものとばかり……最初にお伝えしておくべきでした。
私、刑事けいじなんです」

オーウェンがポケットから取り出した警察バッジをまじまじと見つめるカイ。
どうやら偽造ぎぞうではないらしい。


「で。えーと、どこまでお話しましたっけ?」

(こんな頼りない人が刑事けいじで大丈夫なんだろうか)
軽くよぎる不安。

「えー、あー、そうでした、第一発見者の供述きょうじゅつの途中でした」
オーウェンは汗を拭う。

「あの酔っぱらい、つまり第一発見者はパーカス・ガルネという男なのですが、変な証言をしているんです」

「酔っていたとのことですけど…いったい…」

「ええ。まったく正気の沙汰じゃありませんよ」

「どういう意味ですか?」

「うーん…あまりにも突飛な内容なもので、お話ししてよいものかどうか…」

カイの視線に根負こんまけしたのか、オーウェン刑事けいじが小声で語り始めた。

「ガルネによると、川に落ちる直前…リックが橋の上から身を乗り出して水面みなもを覗きこんでいたというんです。
なにを見ているのか気になってガルネが下を見たところが………」
途中で口をつぐむ。

「なんなんです?」

「馬鹿げた話です。水面みなもに大きな穴が開いていて…あろうことか、そこから得体の知れない生き物がこちらを睨んでいたと…そう言うんですよ。
そいつがリックを水中に引きずり込んだ…などと」

カイは言葉を失った。

オーウェンは立ち上がって上着を羽織はおるとふたたびカイに向き直る。

「まぁ、酒のせいで幻覚でも見たに決まってますけどね。
念のため、このことは内密にお願いします。
万が一噂になって、ガルネから名誉毀損めいよきそんで訴えられたら面倒ですからね」
さらっと言うオーウェン刑事けいじ


そして丁寧ていねい挨拶あいさつをすますと、驚き顔のカイをその場に一人残し、ドカドカと大股開きで立ち去って行った。

ずいぶんと口の軽い刑事けいじだなあ…
カイは呆れて背中を見送った。
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