表と裏と狭間の世界

雫流 漣。

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ライファーンを探せ

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黒服の男たちが三人、額を突き合わせ、押し合いへし合いしながら鏡の中を覗き込んでいる。
ここは狐火の地下室だ。
まだ日が明るい。

一点を注視して、ああでもない、こうでもないと語りあっているその男たちの背後には、奮い立つような美しい女。
彼女は腰に手を当てて仁王立ちしている。

「ね?いくら偶然が重なったからって、この冴えない男がライファーンなわけないわ」

この数日というもの彼女はずっと若い男の動向を見守ってきた。
無精ヒゲをたくわえ暗い目をした生気のない男。

「さすがにあいつが現れたときはびっくりしたけど。だってそうでしょ?この陰気な男は昨夜は家に帰らなかったわ。
それが、今日になってやっと見つけたと思ったら、あいつと肩を並べて仲良く街中を歩いてたんだから。
ブティックの鏡に信号待ちしてる彼らが映ったからね」
燃えるような赤い巻き毛を揺らして力説する。

「しかもこの顔!惨敗したボクサーみたいな変形っぷりだわ。
まったく……昨日この男になにがあったのかしら」


「赤毛よ。なぜこの若造が昨夜は留守にしていたとわかったんじゃ?」

少し黙ってから赤毛が答える。
「それはその……決まってるじゃない。この男が一日二回、朝と晩の決まった時間に鏡に映るからよ。
昨夜は彼は鏡に映らなかった」

「ほう…ここは男の自宅のバスルームのように見えるが」

生真面目で単調な物言いだが眉毛が片方持ち上がっている。
皮肉を言うときの鷹の目の癖。

「任務なんですから、し、仕方ないですよ……赤毛さんは決して、喜んでなんかい、いないです。
シャワーを浴びるこの人の、の、の、」

「はっ?しっかり喋りなさいよ。なにが言いたいわけ?」

「裸を、の、覗きたいとか、本当はとても喜んでたとか、そ…そんなんじゃないんです、か、ら」 
灰色が地雷を踏んだ。

赤毛の指先から目にも止まらぬ速さで閃光が走る。
避けることは不可能だが、弱者の本能というべき動物的な勘が働いて、灰色がパッと身を屈める。
…が、身を守ったはずの灰色が「きゅー」と一声、喉の奥から絞り出すような音を出し…
そのまま仰向けに倒れてしまった。

光の刃物が天井の一部に穴を開け、落下したこぶし大のレンガがしゃがみこんだ男の頭に直撃したのだ。

「そこまでせんでも…」

狐火が怯えた目をして、落ちてきたレンガより、もっと大きなタンコブを見つめる。
ギラギラと殺気を漂わせ、死にゃあしないわと笑う赤毛の目が怖い。

「ここはワシのテリトリー、つまり特定魔法使用許可エリアに認定されておるからまだ良いが…
よそでやったら罰則物じゃぞ」
狐火がため息をついた。

「あら、そんなバカな真似しないわよ。エリア外で使って面倒を起こしたくないもの。
それに、鼠をちょっと懲らしめただけで、人間には放ってないし」

「灰色という名の、大きな鼠だけれどね」
鷹の目がさらっと付け足す。

「そんなことより鷹の目、おぬしのほうはどうじゃった?」

「これと言って彼に変わったところはなに一つ見当たらぬ。
アルバムに肩を並べた写真が数枚あった。あの刑事はプレアーと学生時代から近しい仲なのは間違いない。
しかし、彼がライファーンかと言うと怪しいものだ」

「なぜなの?」
赤毛が熱い視線を送る。

「仕事人間なのだよ、あの刑事は。朝起きてから眠りにつくまで…毎日毎日、事情聴取と書類の山に埋もれて仕事漬けの生活だ。
つまらん」

それを聞き、狐火が今日初めてイライラした様子を見せた。

「馬鹿者め。職業や人格なぞ、ライファーンの資質とはまるで無関係なんじゃぞ?
思い出せ、おぬしもあの地獄のような監視人研修を受けたじゃろう?講師はいけ好かない男だったが、あやつの講義の内容は頷けるものばかり。イマジェニスタ生まれの者にしては実用的で現実的な目を持っておったからな。
だいたいおぬし、先祖代々、刻印を守りし血族に生まれながら……なんという無知。
親の顔が見たいわい。まぁ見てるがの」

だぶだぶのつなぎを引っ張りあげ、狐火が舌打ちするのを見て、赤毛が肩を竦めた。

「これだから棺桶に片足をつっこみかけた年寄りは嫌だわ。
ヒステリー爺」

「なにか言ったかの?赤毛」
ぎょろりと目をむく。

「別になにも?」
すました顔で答える赤毛。

鷹の目はそんな二人を心底、感心した様子で眺めている。
(女と言うものは……老狐といえども形無しだ)

感嘆する鷹の目をよそに、会話の流れが先に移っていく。

「ライファーン探しは早くも暗礁に乗り上げたようじゃ」

「待って。まだ灰色の話を聞いてないわ。嘆くのは、彼の調査結果を聞いてからにしましょうよ」

「了解した」
鷹の目が懐から取り出した杖を軽く振るうと、パッと出現したのは大きなたらい。
空中で静止していた銀のたらいが鷹の目の指先に合わせて勢いよく反転し、灰色の上に大量の水を振り撒いた。

「アヒーッ」

情けない叫び声。
それを耳にした赤毛が、声を押し殺して笑っている。
灰色は意識を取り戻し、額の生え際をしきりにさすっている。
巨大なタンコブに触れてギョッとした灰色の表情が、また可笑しい。

狐火と赤毛がにやにやする中、鷹の目だけは無表情で……
灰色にいたわりの言葉などかけている。

「して灰色。おぬしの調査結果を聞かせてもらいたいのじゃが」
狐火の眼光が鋭くきらめく。

「は、あ、の…狐火様、僕の調査結果によりま、ま、すと」

全身、濡れ鼠になった灰色が水を滴らせて立ち上がった。
おでこにぺったりと張り付いた薄い髪が痛々しい。
懐からインクの滲んだ紙切れを取り出し、おどおどと読み上げ始める。

「プレアーの旧友のシド・フォスターは二年前に父親の転勤に付き添って韓国に行っていて不在、
そ、そして幼ななななじみのセ、セーラ・レオンは目下、交際相手のストロングとア、ア、アツア…アツアツ中です、
ヤング・ステロージーは会社が倒産して夜逃げし消息不明。
いずれもいま現在もプレアーと深い交際を続けている様子はないと思われれままま」
慌てているのか普段よりどもりが酷い。

「接触がないというのなら、
彼らはライファーンではないじゃろうな。ワシは床屋の主な顧客リストを調べたが、さしたる結果は得られなんだ。
灰色のほうも撃沈のようじゃし」
狐火がため息をついた。


「今までの経験から言わせていただけるなら」
赤毛が真面目な顔になった。 

「封印が解かれるとき、ライファーンに定められし媒体はプレアーの近くに呼び寄せられる。
プレアーとライファーンは運命共同体だもの。
箱が開かれた瞬間、ライファーンの宿主はプレアーの側に居たはずなのよ」

「封印がいつ解かれたのかは謎じゃが…
少なくとも、プレアーがワシの店で小箱を買い上げてから後じゃ」

「そ、そ、そして黒髪の、こ、この美青年が空の小箱を手にやって来るまでののの、わずかな日数の間ででですね」
灰色が鏡の中の男を指差して付け足す。

…と、三人が弾かれたように一斉に叫んだ。
「逆戻りの後退呪文!」
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