表と裏と狭間の世界

雫流 漣。

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ハイジャックと空駆ける天馬

作戦会議

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二時間後。
場所は、ドルバン骨董品店の薄暗い地下室。
「アイスピック」に関しての作戦会議は着々と進行していた。
アイスピックと言うのはその名の通り鋭利な切っ先で氷を砕く、あの道具のことだ。
情報の漏洩を防ぎつつ、スムーズにコンタクトを取るためにつけられた呼び名であり、次元の境目に針一本分の穴を開ける使途にちなんで命名された。
センスのある作戦名とはとても言えないが他の案よりはマシだという理由で灰色の意見が採用となり、ジルの考えた「隠密・風穴衆」はすげなく却下された。
隠密と人前で口にする時点でまるで隠れていない。

「護り部一人の力では分厚い壁は貫通できないと思うのだがどうだろう。歪みが起きていて、もともと次元の壁が薄く弱った箇所を探すべきではあるまいか」
仁王立ちの鷹の目が呟く。

「そうじゃろうて。そんなに簡単に欠損する壁であったら、今頃どちらの世界もとうの昔に混じり合い、混乱の末に消滅しておるはずじゃ」

「そ、その、その脆い部分を探すのは、かかかか簡単にはいきませんよね。
で、でで、でしたら…
過去に自然と穴が開いたことのある場所をせ、せ、せ、攻めてみるとか」
ローブの合わせた前をぎゅっと掴み、震える声で相変わらずの控え目な主張。

「なるほど!自然発生的に穴が開いたなら、そこはもともと脆弱だったということじゃ」
なるほど!の叫びと同時にぽんと手を打つ狐火。
灰色の耳が赤くなった。

「一度だけ、フライト中に次元の穴に遭遇したことがあるの。
ツジツマ部隊が大急ぎで修繕してる真っ最中にね」
なにやら沈んだ調子で赤毛が呟いた。

「フライトって…飛行機?
もしかしてそれ、バミューダトライアングル?」
カイが突っ込む。

「あら青年、よく知ってるわね。
まさにそこ、プエルトリコとフロリダ半島、そしてバミューダ諸島を線で結んで出来た三角形の海域…その上空よ」 

「バミューダ海峡のワームホールは有名だからね、僕でも聞いたことがあるくらいだ。
で、それは旅行かなにかで?」

「ああ、そっか。あんたは知らないんだっけ青年。
あたしはこっちの世界ではCAなのよ。キャビンアテンダント」

「リアラルの職についてるの?驚いた」
目を丸くするカイを放置したまま、赤毛が続ける。

「海が綺麗で一年を通して寒暖の差が緩やかで過ごしやすいし、首都のハミルトンはヨーロピアンな雰囲気の漂うお洒落な街よ。
だから最近は観光地としても人気が出てきてるけどね、正直あたしは気乗りしないのよ。
あの領域に近づくのは」

「理由を述べてくれ」
と鷹の目。

「あそこは壁が薄くて定期的に穴が開くんでツジツマの連中も頭を抱えてる要注意区域なの。
塞いでも塞いでもイタチごっこ。
おまけにひとたび貫通すれば、気流が発生するのを避けられないから毎度毎度、大ごとになるのよ。

助かったのは奇跡だわ。あのとき…」

赤毛が両腕を抱きしめるようにして、ブルっと身震いした。

「バミューダ国際空港を飛び立ってすぐのことだったわ。
ジャンボ機がまるまる一機。
機体ごと吸い込まれかけたのよ」



ここは国際空港のターミナル内の一角にある休憩コーナー。
雑踏の群れを見つめながら、ため息をつく美しい女。
燃えるような赤毛をきっちりとアップにまとめ濃紺の制服に身を包んでいる。
意志の強さを伺わせる切れ長の目には憂いの色。
一体全体どうしてこんなことになったのか。
しかしいくら考えても仕方がない。
決行で話はまとまったのだ。
大きく深呼吸をしてスカーフを結び直す赤毛。
背筋をぴんと伸ばし、目の前にいる不審な連中を一瞥すると足早に関係者専用通路へ消えていった。

「さて、準備はよろしいかの?」
場に不釣り合いな純白のタキシードを着たせむしの老人が、端正な容姿の青年に声をかける。

祖父につきそう孫だろうか。
二人は腰掛けていたベンチから立ち上がり、ゆっくりと歩き始めた。
青年はなぜか壁スレスレの位置を保って移動し、ときおり後ろをチラチラと振り返っている。
老人のTPOを弁えない服装以外、特に変わったところもない一般客だ。
誰の目にも止まることなく、二人は搭乗口に向かう通路をゆっくりと進んでいく。


今夜の最終便。
昨夜の話し合いで、一日の中で一番搭乗者数の少ない時間帯をあえて選んだ。
どうなるかは分からないが、とりあえずバミューダ諸島に行ってみることで話がまとまったのだ。
人間の目には見えないが、狐火に見えるものやヒントがあるかもしれない。
ということで、
代案がない以上反対するわけにもいかず。
渋る赤毛を説き伏せて空港まで着いて来たものの、カイは人混みの歩きづらさに辟易していた。
ジルにはアニタによる継続的透過呪文がかけてあり(リアラルで人に向けて魔法を放つのは禁則事項だが人外のジルは対象外らしい)、カイから半径五メートル圏内にいる限り透明のままだ。
転びやすい彼の性質上、ジルは常にカイの真後ろにいるようにキツく言い渡されている。 
とくに問題なく、問題の地点の付近まで行けるだろう。

『アテンションプリーズ…
    アテンションプリーズ…』

館内放送と共に、回転式の電光掲示板が光る。

「いよいよですね。穴を開くための糸口が、なにか掴めるといいのですが」

「シッ!黙って!」

カイの横を通り過ぎた女がぎょっとして振り返る。
誰もいない空間から声がしたのだから当然だ。
腹話術師かなにかかしら。
服装からして奇術師の類いかもしれない。
熟練の師匠と弟子?
もしかして舞台俳優かしら、とっても色男だわ。

立ち止まって様子を伺っている女性の視線を避けるようにして、狐火とカイはいそいそとその場を離れた。

カイとジルに付き合い、空港に来たのは狐火だけ。
赤毛は明朝、仕事で別便に搭乗するのでこの後は別行動。
鷹の目は他に壁の薄い場所はないか調べるためドルバンの地下室に残ってパソコンを弄っている。
灰色は人と会う約束があるとかないとかで既に骨董品店を立ち去ったあとだ。
統制が取れているのかいないのかよくわからない組織だとカイは思った。


一月二日。
こうして、姿の見えざる者を含む4人の旅が始まった。
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