転生したら悪役令嬢……の影武者になったんですが、もしかして私詰んでますか?

かやかや

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4 私、詰んでますか?

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瞬く間に約束の期日となった。先ほどお世話になった施設や友達たちに別れを告げ、私は今、馬車に乗って貴族の屋敷へと向かっている。馬車と言っても貴族が乗るようなものではなく、荷馬車のようなものだ。事実いくつかの樽や麻袋も一緒に積んであった。しかし、だからこそ揺れが心地良く考え事に浸ることができた。

ベルグラン家。それが私が雇われた屋敷の名だった。
勿論、それはこの国の王族の名ではない。つまりは私は、アネキスの主人公ではなかった、ということだろう。今となってはそんなことを考えていたのが恥ずかしい。
ヴィオレット・アメリ―・ベルグラン。先日施設へと赴き私たちを指名したあの令嬢の名前。
それはアネキス本編で主人公のライバル役を務める、公爵家令嬢の名前だった。平民の出である主人公をいじめたり、大事なイベントの前に眠りの魔法をかけたりと、典型的な嫌な令嬢役だ。そのヴィオレットに雇われるというのは、一体……?


ベルグラン家の屋敷に着いてから使用人寮に荷物を置き、壮年の優しげな侍従長と簡単に顔合わせをした。初日ということもあり、そう複雑な仕事は任されない。着替えを済ませてから早速仕事に向かおうとしたところで、私だけが侍従長に引き止められる。

「ああ、アンリエッタというのは君だよね?」
「は、はいっ!アンリエッタは私です」

慌てて姿勢を正して顎を引く。もう既に目を付けられてしまっただろうかと考えていると、その不安が侍従長にも伝わったのか、彼の口角が少しだけ上げられ口元の皴が持ち上がる。その表情を見て少しだけ気が和らいだ。

「ああ、いや……私から叱るつもりではないよ。ただ、ヴィオレット様が君をお呼びで」
「ヴィオレット……様が?」

思わず目を丸くする。私を名指しで、ヴィオレットが……ヴィオレット様、が呼んだのだろうか。

「私も要件は伝えられていないんだ。ええと、お嬢様のお部屋は……」

簡単にヴィオレットの部屋への道を教え、侍従長は私の背を押した。そんなことをされても不安は一層募るばかりだ。逃げ場もないし、引き延ばすこともできない。私は重い足取りで廊下を進んだ。


部屋の前にいた侍従に話をつけると、少しだけ怪訝な表情をしてから中へ通された。

「失礼いたします。アンリエッタです。」

室内に入ると、ふわりと紅茶の香りが鼻を衝く。部屋中央にある上品なテーブルの上には香り立つティーカップが二つ並べられており、品良く茶を喫するヴィオレットの姿があった。こちらに一瞥もくれずにこくりと白い喉を動かして紅茶を嚥下している。

「どうぞ。座っていいわ」
「し、失礼いたしますっ!」

よたよたとおぼつかない足取りでテーブルへと近付き、できるかぎり上品に椅子へと座った。湯気の立つ紅茶には一旦手を付けず、真っ直ぐにヴィオレットを見据えた。その視線に気付いたのか、ふと目を開けた彼女はすっと瞳を細めた。

「見すぎ。……姿勢も礼儀もいいから、楽にしなさい。気にしないから」

施設で聞いた声や言い方とはまた違う、どこか気だるげで気の抜けた声だった。そう言われても背中を曲げて座れるわけはないんだけど。
小さな音を立てティーカップがソーサーに置かれる。琥珀のような金色の目がこちらを向き、私たちは視線を絡めて暫し口をつぐむ。室内に静寂が流れ、私にとっては妙に嫌な緊張だった。

「ねえ、貴方……」

ヴィオレットが口を開く。それと同時に白い指先がこちらへと伸び、私の額をこつんと突く。その途端視界がぐらりと揺れ、体がじんと熱くなる。視界が段々と白む。段々と意識が薄くなる。目覚まし時計に起こされる春の朝のような怠さに、段々と瞼が落ちていく。
次にはっと目を開けた時、満足げにこちらを眺めるヴィオレットの姿があった。それからもう一つ、ぱちぱちと不思議そうに繰り返すヴィオレットの姿が……あれ?ヴィオレットの姿が二つある。彼女の胸元に、もう一つ。
段々と意識が明瞭になる。彼女は胸に鏡を持っていた。ということは、鏡に映っているのは私の姿。はっと自分の髪を摘んで持ち上げると、ヴィオレットと同じアプリコットの髪が長く垂れている。私に魔法をかけたのだ。施設で育った私は魔法に触れる機会なんてなかった。更に目を白黒させていたからか、ヴィオレットは上品にくっと喉を鳴らして笑った。

「どう、そっくり。ふふふ、貴方と私の魔力の波動って似てるのよ。小汚い施設を回った甲斐があったわ」
「なっ、な、なんで、こんなこと…?」
「ねえ、アンリエッタ」

名前を呼ばれて少し安心した。ヴィオレットは何も言わず席を立つと、収納を開いて服を一着手に取って戻ってきた。布を何枚も重ねたドレスが私の前に掲げられ、彼女は私がドレスを着た姿をイメージしているらしい。そして目を細めながら口を開く。

「貴方みたいな平民は知らないでしょうけど、1年後に国単位の舞踏会があるの。フランセルの、……隣国、って言えばわかるかしら?隣国の王子様が妃を決めるんですって。豊かな国だからって悠然すぎるわ。当然、私もその舞踏会には参加するんだけれど、普通に考えてその一晩で国の妃を決めるはずないじゃない?私は積極的に私を売り込まなければいけないの。私、そのためなら汚い手だって使わなければいけないかも」

澄んだ声で饒舌に語る。にっこりと笑うと、ぽいとドレスをソファに放り投げた。

「それで、……私がもう一人いたら、便利でしょう?」

背筋に冷たいものが走る。つまりこの人は、身寄りもない孤児を使用人として雇い────、

「影武者、ですか」
「大正解」

大きな金の瞳が弧を描き、まるでペットを褒めるかのように頭を撫でられる。立てかけられた鏡に映る私の金の瞳は、情けなく不安の色を灯していた。
公爵家令嬢ヴィオレッタは、エンディングによっては処刑される。その影武者ということは、……。
まずい。これはまずい。主人公どころか最悪の立場を押し付けられてしまった。いや、またタイムリミットまで1年ある。せめてどうにか処刑ルートだけは避けなければ……。
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