転生したら悪役令嬢……の影武者になったんですが、もしかして私詰んでますか?

かやかや

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7 公国での一泊

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歌劇が終幕した頃には疲れがどっと押し寄せ、演技がどうだとか、物語の内容がどうだとかは全て頭から吹っ飛んでしまった。拍手が鳴り止み、会場内の空気が緩んだのを契機に思わず深い溜息を吐いてしまう。用意された飲み物に浅く口を付け喉を潤し、これで帰れるのだと思えば私の胸中にやっと安堵が生まれる。
ヴィオレッタは「顔を見せることが肝心」という意図で私を影武者として出したが、平民ならまだしも他の貴族に顔を見られるのもそれはそれでまずいだろう。同じ時間にヴィオレッタが2人いることになってしまう。

「ヴィオレッタ様、ご相談が」

後方へと下がっていたエリソンドがそっと顔を出し、こちらの顔色をうかがうように上目遣いで見上げてくる。普段ヴィオレットを相手にする際と全く同じ態度で、緩んでいた私の気がもう一度僅かに引き締まった。

「手短に済ませなさい」
「……まずは馬車にお戻りください」

ここではできない話だということは、ヴィオレットではなくアンリエッタに対する話なのだろう。言われた通りに席を立ち、暗い通路を通って外へと出た。外はいつの間にか雨が降っており、エリソンドに渡された外套に身を包んで馬車へと向かった。私が乗り込むとエリソンドも後に続き、戸を閉める。
外套を脱ぎふっと息を吐いて背中を丸めると、エリソンドが少しばかりラフな笑みを浮かべた。

「お疲れ様。よく頑張っていたと思うよ」
「ありがとう……ございます。エリソンドさんもお疲れ様です」

彼の雰囲気に引きずられ私も更に気が緩み、普段通りの口調で礼を告げる。普段厳しい人に認めてもらえると喜びもひとしおだ。……といっても、ただ観劇していただけなんだけど。
椅子に体重を預けていた私に対し、彼は背を曲げずに凛然とした態度で言葉を続けた。

「そのままで構わないから聞いてくれ。さっき連絡が入ったが、帰りは明日になる。今日はパルナソスで宿を取れと」
「えっ、じゃあ明日帰るまでは自由ですか!?」
「…………」

明け透けに喜色を露わにした私に、真正面から冷たい視線が向く。えへへ、と照れ笑いで誤魔化すと、彼が一つ咳払いをして区切った。

「このまま帰ると、丁度ヴィオレット様が同時に2人いることになりかねないそうだ。馬車だけ先に帰して俺たちは現地待機。明日の明朝に荷馬車が迎えに出される。」
「荷馬車かぁ……」
「そういうわけで、まずは着替えてくれ。手伝いが必要か?」
「えっ、」

乗り心地の良い送迎用の馬車から離れることを憂う中、平民らしいエプロンドレスを手渡しながらとんでもないことを言い出す彼に思わず目を見開いて硬直してしまう。彼らしくもない冗談に訝しげな視線を送ると、逆に不思議そうに見詰め返されてしまった。

「ドレスを一人で脱ぐのは平民の君には難しいと思ったんだが……」
「お、お気持ちだけ頂いておきます!一人で大丈夫ですから」
「そうか。俺は外に出ているから、何かあれば呼んでくれ」

そう言い残すとエリソンドはもう一度外套を被り、馬車を降りた。外に出る配慮はできるのに、どうして着替えを手伝うことには何の躊躇もないのだろうか。もしかして少し天然が入ってるのかな、と考えて着替えを済ませた。

貴族の着る、煌びやかな布をふんだんに重ねたドレスとは違い、軽くて動きやすい。下女らしく低い位置で髪を括れば、ただ公爵家令嬢と髪と目の色が同じの平民の完成だ。
コンコンと馬車の窓をノックし、着替えを終えたことをエリソンドに伝えると、すぐにもう一度馬車へと乗り込んできた。間もなく馬車が動き出し、公都の片隅へと向かい始めた。


小さな宿場町の近くで私たちは降ろされ、2人で馬車を見送った。その頃には既に日も落ち、辺りに夜のとばりが降りていた。この時間では観光もそうできそうにない。
飛び込みで泊まることのできる安宿を選び、部屋を一つ取った。……勿論、エリソンドと私とで一つの部屋だ。当然ながら私は戸惑ったが、彼はそんなこと少しも気にしない様子だった。異性として見られていないというよりも、仕事中だからそれどころではないと思っている、……はず。いや、別に私が彼に気があるわけではないけど、ただ何も意識されないというのは癪と言うか、なんというか。

「俺は早めに寝る。……明日は早いんだ、君もあまり夜更かしはしないようにな」
「……じゃあ、私も。電気が点いてると寝づらいでしょうし」

明日すぐに帰れるということで、早々に互いにベッドへと入ることになった。慣れない服で、慣れない場所で、慣れない態度で、と疲れていたはずなのに、私は上手く寝つけなかった。薄暗い部屋の天井をただただ眺める時間が続き、ふと思い出すのは今日観た歌劇の内容だった。


『すまない、デルフィーヌ。私が愛するは何があろうとサブリナただ一人なのだ!』
『嗚呼、フランシス……!』
『フランシス、その言葉を覚えておくことね!』


大仰で、どこか鼻につく舞台だった。話の内容もよくある政略結婚を巡るいざこざで、悪役であるデルフィーヌの手によって2人は結ばれずに悲劇の終幕を迎えた。デルフィーヌの甲高い高笑いと、死して尚互いを想い続ける美しい2人の物語、という体で締め括られたトラジェディー。

同時になんとなく、私はヴィオレットのことを思い出していた。アネキス本編ではただひたすらに嫌味な公爵令嬢として描かれていた彼女はどのエンディングでも、隣国の王子であるセドリックと結ばれることはない。明確な破滅を迎えるか、スポットライトが当たることなく生死も分からず物語の外に置かれたままかの何方かだ。
私はどうにかして、彼女が破滅を迎えるエンディングだけは避けなければならない。そうしなければ私の命が危ぶまれるからだ。
もう既にアネキスは始まっているのだろうか。比較的ヴィオレットに近い位置にいる私なら、せめて破滅を避けるように助言を……と思ったけれど、私の言葉を聞くような人ではない。

そんなことを考えていて安心して眠れるわけもない。向かいのベッドに寝ているエリソンドの様子をちらりと窺うと、既に規則正しく寝息を立てているようだ。
私は音を立てないように気を払いながら、そっと夜の散歩へと向かった。



芸術の街の宿場町だからこそ、夜の暇な時間を持て余した有閑貴族向けに見世物や芸を披露する人たちもちらほらといた。とは言え、今の私の身形みなりは少し小綺麗な平民だ。足を止めて見物していてもあまり良い顔はされないだろう。静かな賑やかさを横目で眺めながら、のんびりと夜の街を歩いた。

ふと、どこかから歌声が聞こえた気がした。どことなく惹かれるその歌に耳を傾けると、自然とそちらへと足が向く。泊まっている宿に帰れなくなるなど考える余地もなく、まるで笛吹き男についていく子供のようだと、自分で客観的に思ってしまった。
近付くにつれて大きくなる声、それからハープの音。穏やかで、それでいてどこか儚げで、魅力的な雰囲気がある。気付いたときには私は街の外れにいた。木を掻き分けて入った先の井戸に腰掛ける一つの人影。
どこか見覚えのある男性と、かちりと目が合った。
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