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151.そういう星の下に生まれたのかと真剣に悩む年頃であり……
しおりを挟む「強そうですね」
「強そうだな」
階段を降りた先にいるスライムは、まだこちらに気づいていないようで、動きがない。上の幽霊もな。
まだ階段を降りる途中だからだろう。完全に降りきったらボスバトル開始なんだと思う。
レンもジングルも俺と同じ感想を抱いているようだが、口調には余裕がある。
「行けると思う?」
「恐らく。実際は見た目ほど強くなさそうです」
「同感だな」
え? マジで?
「あれ勝てる?」
聞けば、二人はスライムから目を離さず「たぶん」と声を揃えた。
「モンスターの強さってのは、だいたい魔力と比例すんだよ」
え、何その新情報!? そんなことわかんの!? ……あれ!? 俺もしかして闇の魔力は感じてるけど、強さを示す的な意味では感じてなくない!?
「わたしあんまり感じないんだけど……」
というか、どういう感じがジングルの言うそれなのか、わからない。
「だろうな。お嬢様は完全に経験不足だからな。こういうのはある程度実戦をこなせばなんとなくわかるようになるんだよ。アレはやべーとかコレは勝てるとか、おぼろげにな」
「過信はできませんが、指針くらいにはなりますので」
マジか。そうか……実戦不足はちょいちょい痛感してるからなぁ。そこ言われると返す言葉がない。
……まあ俺のことはいいとして、今問題なのはあのスライムだ。
「ダークスライムの一種か?」
「そうですね……もしくは上位の『デスジェリー』でしょうか」
あ、レンさん当たり。あいつの名前は確か『デスジェリー』だった。ゲーム終盤では幽霊含めてビジュアルは違うけど雑魚としても出てくる。
「上のゴーストはなんだと思う?」
「さあ。……ただ、あまり気になりませんね」
「マジで? 俺もだよ。あれはあのスライムの一部とか仲間とかじゃない気がする」
それも当たりだ。あれは聖人シャイアの怨念……というと聞こえは悪いが、あのスライムをこの地に押さえつけている、聖人シャイアの亡霊だ。ある意味味方だよな。
……そうだな。言われて見てみると、あの幽霊はアンデッドモンスターの気配は発してないんだよな。見た目は相当危険だけど。ああいうの見ると見た目も大事だよなってすげー思う。
「あいつの向こう側にドアがあるな」
「偶然なのか意図的なのか、塞ぐようにしていますね。気づかれず抜けるのは不可能でしょうか」
まあボスだからね。無視して通るのは無理だろ。……ゲームじゃないからそうでもないのかなぁ。
「で、どうする? あれなら勝てるかもしれねえ」
「でも大事を取るなら、一度引いて戦力を整えたりしてもいいと思います」
そして俺に判断が委ねられると。キルフェコルトが入ればすっかりリーダー役を奪っているところだろうけど、この二人は奪わなかったな。これが普通だけど! アニキが俺様だからだけど!
「俺のオススメは、ちょっと戦って様子を見て、無理そうなら退散って感じの策だな」
ああ……うん、そうね。
正直ちょっとビビッてるが、戦う準備はしてきたからな。万全に。俺は戦力としては微妙だとしても、レンとジングルがいるなら火力は充分だと思う。
ただ一つ気がかりなのは、あの「ドラゴンの谷」で子ワイバーンと戦った時、「帰還の魔石」が使えなかったんだよな。恐らく、ゲームで言うところの「イベント中」だったから。
もしかしたらボス戦中も「帰還の魔石」が使えないかもしれない。いざという時の緊急脱出方法だから、使えないとマジで怖い。つーか使えるかどうかわからない時点で怖い。
レンもジングルも強く反対しないから、本当にどうにかできると思っているのだろう。
……まあ、アレか。
たとえ「帰還の魔石」が使えなくても、使えないなら使えないで、この階段から逃げればいいか。ゲームでは仕掛けが動いて退路を塞がれる、みたいなことはなかったしな。ボス戦が終わるまで出られない、なんてこともないはずだ。
よし……決めた!
「一応作戦があるんだけど、聞いてくれる? 通用しそうなら挑戦する、無理そうなら一旦退いてもいいと思うわ」
俺の準備をメインに据えて追い詰める作戦だ。
むしろゲームでは「正しい方法」として存在するやり方になる。
だが、もし反対意見が出るなら、明日また出直せばいいのだ。その時は大酒姫ゼータとかジングルの仲間であるメイトとか、腕の立ちそうな奴に声を掛ければいいだろう。
――話してみた結果、特に反対意見もなく、通ってしまった。
手順は簡単で、やることも簡単で、うまくいけば1ターンキルである。「デスジェリー」は何もできずに消滅することになるだろう。
その中でも、俺の担当分は大したことをしないので、かなり気楽だ。レン、ジングル、頑張ってくれ! 心の底から応援してるぞ!
「じゃあ手順通りに。俺たちは先行するから、合図したら始めてくれ」
ジングルの言葉に頷き返すと、二人は素早く行動を開始する。足音を殺すことなく、ただ素早さだけを優先して「デスジェリー」へと駆けた。
ここまで動きらしい動きがなかった「デスジェリー」が、動いた。のろのろと移動を開始し――
「『癒しの水』」
その出鼻を、レンの回復魔法が叩いた。死霊系は回復魔法でダメージを受けるのだ。
見えない何かに殴られたかのように「デスジェリー」の一部がボコンとへこみ、体内にある骨や折れた剣が吹き飛んだ。
どの程度のダメージがあるのかはわからないが、その魔法が合図である。
正面から先制して回復魔法を叩き込んだレンは、さっと脇に外れた。合図が出て突っ込む予定の俺に道を作ったのだ。
――頼むぜ、シャイア。
「『浄化の光』!」
一回目の『浄化の光』は、「デスジェリー」の弱体化を狙って。
「『浄化の光』! ――行けぇ!」
そして二回目の『浄化の光』は、メダルに込めた。
魔力を込めたら魔除けとして作用するアイテム「シャインの紋章」は、ある種のイベントアイテムである。まあ結論だけ言うと「デスジェリー」にはすげーよく効くのだ。
回復魔法を食らいへこんだ部分目掛けて、光を発するメダルを投げつけた。……若干狙っていた場所からずれたが、見事ゲル状の体内にそこそこ深くめり込んだ。
どうだ……? 効いたか?
僅か数秒の時間を妙に長く感じながら、果たして効果は――予想外の形で現れた。
――オォォォォオオオォオオォォ――
この世の者ならざる、底冷えのする唸り声が室内に満ちる。
生者の魂を揺さぶるような、なかなかパンチの効いた声だ。邪悪な感じはしないが気味のいいものではない……つかおまえが動くのかよ。メダル効果そっちに出るのかよ。
「デスジェリー」の上にいる幽霊 (聖人シャイアの亡霊)の声である。
青白い骸骨の顎が開き、恐ろしい声を発し、広げている両手をゆっくりゆっくり閉じていく。
そして、実体がないはずのその手は、合掌……「デスジェリー」を握りつぶした。まるでトマトを握り潰したかのように、ぶしゃっと周囲に赤紫のゲルが飛び散った。――あぶねっ、こっちまで飛んで来やがった! 酸だぞ! あと単純に見た目がえぐい!
「――あれよ!」
広げられる幽霊の両手の間に、赤紫の霧を放つ小さな球体が浮いていた。あれが「デスジェリー」の核、心臓部である。
「――『超真空風』!」
一連の流れは伝えていた。
剥き出しになった核へ、最後のとどめを任せていたジングルの魔法が、「デスジェリー」の心臓を真っ二つに切り裂いた。
案外簡単に終わったな、と息を吐いたその時だ。
「まだです!」
レンの叱咤の声に、俺は抜けた気を再び入れて即座に臨戦態勢に入る。最期を見届けるまで戦闘は続く……くそ、こんな基本的なこともできないなんて。恥ずかしい。
見れば、さっき二つになった「デスジェリー」の核は宙に浮いたままで、融合しようとしていた。
飛び散ったゲルも、緩慢な本体とは打って変わってするすると石畳を這い、核に戻ろうとしている。
触手のように伸びて、むき出しになっている核を包み込む――
――なんてさせるかよ! おまえのターンはねえんだよ! ついでのおまえに食わせるタンメンもねえよ!!
「「魔法剣『浄化の光』!」
いつか見た主人公の姿が、背中が、一瞬見えた気がした。
そのせいかどうかはわからないが、俺が選んだ選択肢は、自然とそこに導かれた。
素早く構えた短い刀身に、浄化の光が宿る。
「――消えろ!」
あと1秒遅ければ、ゲルが核を覆っていただろう。
つまり、1秒だけ俺の方が早かったってことだ。
黄ばんだ光を放つ投げナイフは薄暗い闇に光の尾を引いて、ひっつこうとしていた核のど真ん中に直撃した。
ど真ん中に。
――そう。人はそれを残念と呼ぶのだ。
完全に直撃コースだったくせに、真っ二つに割れた物体の、ど真ん中に当たったのだ。
……うん、正確に言うと、当たってはいない。
刃は当たらず、核と核のほんのわずかな隙間にハマッたのだ。スコーンと。
「――『超真空風』!」
予想外……というより、これは俺の腕が、投げナイフのコントロールの良さが裏目に出たのではなかろうか。
「――よくやったお嬢様! おかげで間に合った!」
ハマッただけだが、一応核には衝撃を与えたようで、一瞬だけ「デスジェリー」の動きを阻害した。
そしてその一瞬で間に合ったらしいジングルの二発目で、上下にも左右にも核をぶった切られた「デスジェリー」は、今度こそ消滅した。
…………
別にいいけど! 誰が倒そうと俺たちの勝利だから! だから別にいいけどね!
応援ありがとうございます!
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