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68.反省会 後編
しおりを挟む「――じゃあそろそろ本題に入りましょうか」
一通りの話題が終わったところで、レリアレッドがそんなことを言った。
「……?」
私はよくわからないが……言い出したレリアレッドはともかく、ヒルデトーラも私を見ていた。
いや。
私の後ろに控えているリノキスも、給仕として働くレリアレッドの侍女エスエラも、私を見ていた。何かを期待する目で見ていた。
「……何かしら?」
いよいよ確信に迫る、みたいな雰囲気で私を見ているが……肝心の私自身には心当たりがないのだが。
何かあっただろうか。
彼女らが興味を抱くようなことが。
――ああ、そういえば。
「わかった。兄の話ね?」
兄ニールにインタビューしたのは私である。
なかなかやりづらいものもあったが、一応映像上で兄妹であることも軽く説明した。
兄はサトミ速剣術なる、速度を重視した剣術道場の門下生で、道場内では結構強い方に入るそうだ。
まだ私が学院の寮に入る前は、里帰りする度に腕を上げていたのは把握していた。
学院で、ちゃんと剣を教えている師がいたわけだ。
現在、兄は小学部三年生ではあるが、小学部生の中ではすでにトップクラスの腕を誇るとか。
そこそこの中学部生にだって簡単には負けないそうだ。
偶然学院で会った時に「武闘大会、ニアが出ないなら出ようかな」と言っていたので、「私は出ない」と言ったら本当に出場を決めたのである。
正直、冗談だと思っていた。
兄は魔法映像に出るのを嫌がるから。
「それもちょっと気になるけど。でもそれじゃないわ」
え? 違うのか?
「あの可愛い男子はなんだ、今すぐ紹介しろ、ってすごく言われたけど。知らない上級生とか中学部生に」
私の周りで起こった急激な変化って、それくらいだと思うのだが。
「ところでヒルデ、学院での兄はどうかしら? しっかりやっている?」
兄は小学三年生で、ヒルデトーラと同学年である。兄と彼女で親交もあるようだが……そういえば、どれだけ親しいかは聞いてないな。
「ニール君は優等生ですよ。学業も運動もよくできるし、誰にでも分け隔てなく優しいですし。非の打ちどころがありません」
なるほど、分け隔てなく誰にでも優しいのか。
「ということは、兄を巡って日常的に修羅場が?」
「そんなわけないでしょ」
「まあ水面下では色々あるみたいですね。この前もニール君を取り合って女の子同士で殴り合いに発展してましたし」
「修羅場あるの!? というかそれは水面下じゃない!」
「いえ、本当に水面下なのです。誰の前でやり始めても、ニール君の前でだけはやりませんから」
「ああ、それなら安心ね」
ほっとした。
兄の前で流血沙汰なんて起こされては困る。
彼は私なんかよりよっぽど繊細なのだ、子供心に傷が残るようなものは見せたくない。
「いや安心じゃないでしょ!?」
仕方ないだろう。
兄の美貌なら起こりうる事象だと納得できるし。絶対に女も男も泣かす存在になるだなんて、一目でわかることだ。
「兄に許嫁でもいれば、まだ違うんでしょうけどね。――そうだ、レリアはどう? うちの兄、貰ってくれない?」
「え!? い、いいけど別に!?」
「ヒルデでもいいけれど。あ、ヒルデに許嫁は?」
「候補はいるようですね。しかし本決定ではありません。魔法映像の普及によってかなり変わってくると思いますが……
でもニール君は有望ですし、わたくしに異存はありませんよ」
「いやいやいやいや! ニール様は私が! 姫君はほらっ、他国の王子様的ないい人がすぐ見つかりますって!」
「あらそう? じゃあレリアが貰えばいいのでは?」
そうか。ヒルデトーラは身を引くのか。
リストン家からすれば、王族と繋がりを持てるのは大きなプラス要素だとは思うのだが。
でも、時代はもう、身分を重視する時ではないのかもしれない。
自由恋愛か。
まあ、好きにやってくれ。
「じゃあ兄に話しておくわね。レリアが結婚したいほど好きだと言っていたと――」
「やややややめなさい! そ、そういうのは! いずれ自分でやるから!」
顔を真っ赤にしたレリアレッドは、激しく首を横に振っている。
ふうん……
どうせ言うのであれば、一日でも早い方がいいと思うがね。
なんだかんだ踏ん切りがつかない間に、事態が動くなんて儘あること。
様子を見ている間に手遅れになってました、なんて恋愛事にはよくあることなのに。
「そそ、そ、それより! その話じゃないでしょ!」
あ? ああ、そういえば兄の話じゃないと言っていたな。
じゃあ、なんだろう。
「ほら! サトミ速剣術の門下生の優勝候補! サノウィル・バドル!」
もう埒が明かないと思ったのか、それとも早々に話題を変えたかったのか。
レリアレッドは、はっきりと問題の人物の名前を出した。出して言い放った。
……サノウィル……
あ、そうか。
「それ、私の周りにはなかったの」
「え?」
意外だったようだ。
しかし、当事者には聞きづらい話題とかあるじゃないか。今回はそれに該当したのだと思う。
「あのインタビューでしょ? そして、あなたが気にしているのはその後のことでしょ?」
あれに関しては、ほとんど誰かに質問されることがなかったのだ。
――少しばかり縁があって、私はサノウィル・バドルと立ち会ったことがある。
いくらなんでも子供に拳は振るえないと思い、彼の持つ木刀を破壊するのみに留めた。
そしてインタビューを行ったのは、その後のことである。
「――昨年の異種交流会、小学部の剣術の部で優勝したサノウィル・バドルさんです」
「――……」
「――あの、私ではなく、カメラの方を見てもらえます?」
「――ん、ああ、うん」
「――では改めて、流派とお名前を教えてください」
「――サトミ速剣術、サノウィル・バドルです。なあ、この前のこと」
「――話は後で。今はインタビュー。いいですね?」
「――……うん」
「――出身はどちらですか?」
「――リストン領から南にある小さな浮島です。君の家の近くだ」
「――あそうですか。今度の大会に向けた意気込みはどうでしょう? また優勝できると思いますか?」
「――優勝なんて……ほかに年下で強い者がいることを知っているのに……」
「――……ええっと……あ、去年の異種交流会の決勝戦で戦ったアルフォン剣術のガゼルさんが、今度こそ負けないと名指しでライバル宣言をしていましたが、それについて一言!」
「――ガゼル? ガゼルより俺は君が……頼む! もう一度俺と立ち会ってくれ!」
これはもうダメだな。
あの時心の底から思った言葉だ。
確かこんなやり取りをして、編集できないくらいめちゃくちゃな内容だったので、結局そのまま放送されてしまったのだ。
個人的には、放送できないと判断してお蔵入りかな、と思ったのだが……優勝候補だったから外せなかったのかもしれない。
私としては、放送された映像を観て「ああ、やっぱりめちゃくちゃだな」と思っただけで終わったが――レリアレッドやヒルデトーラ、侍女たちの反応からして、私以外の周囲では色々あったようだ。
「色々あったらしいよ。
無視されたような形になったガゼルが、サノウィルに殴りかかってあわやケンカになりそうになったとか。
いつもクールで剣術以外興味ないって態度のサノウィルが、明らかにニアを意識していたから怪しいとか。サノウィルとニアができてるんじゃないかって噂が流れたりとか」
へえ。
私のところまでは一つも届かなかったけど、確かに色々あったみたいだ。
「――知ってた?」
リノキスに聞くと、彼女は普通に頷いた。なんだよ教えてくれよ。知らなかったのは私だけか。
「なんで教えてくれなかったの?」
「お嬢様とサノウィルとかいう馬の骨がくっつくとイヤだなと思って。決して意識させないよう決してこの口から奴の名を出さない方向で行こうと思っていました」
……あ、そう。
「で、どうなの? サノウィル、ニア的にはどうなの? 見た目もかっこいいしすでに結構強いし将来有望じゃない? 実際人気あるみたいよ」
どうと言われてもなぁ。
「もう少し強くなってほしいわね」
できれば私より強くなってほしいと思っているが。
「そういうことじゃなくて色と恋の方向ですよ」
あ、そっち?
「かっこいいだけなら兄で見慣れているから、なんとも思わないけど……」
「え、そうなの? ……あ、そういやニアのお父様もかっこいいもんね。うちはもうおじいちゃんだし」
「オルニット・リストン様ですね。直接お目に掛かったことはありませんが、確かに魔法映像で拝見した限りでは美丈夫でしたね」
うん。
ちなみに母親もかなりの美人で、兄は母親似だ。
「そういえば、ヒルデ様の許嫁候補ってどんな方なんですか? やはり美形?」
「うーん……年齢的にはおじさまかしら?」
「げっ。典型的な政略結婚ですか……」
「これでもわたくし、王族ですから。しかし、それこそオルニット様のような中年もいるし、小さいながらも希望はある! ……と、良いんですけどねえ……」
ヒルデトーラはしみじみ呟くと――バッと自分を激しく抱きしめた。
「ああっ! 身を焦がすような恋がしたいわ!」
「このパイおいしいわね」
「うん。少しハチミツ入ってるよね? おいしいね」
さくさくとパイを口に運ぶ私たちに、自分を抱いたまま固まっているヒルデトーラが、
「……何か言ってくださいよ」
か細い声で抗議した。
「いえ、見てはいけないものを見てしまったような気がして……」
同感である。
「痛々しいし、下手に触れたら火傷するから嫌だなって思って」
「ニア! 『痛々しい』と『触れたら火傷する』はダメ!」
じゃあほとんどダメじゃないか。全部ダメって言えばいいのに。
――その後、反省会はどこへやら、なんだかんだ恋愛の話で盛り上がった。
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