狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

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87.そして再び楽しい楽しいお仕事の時間が訪れる(半ギレ)

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87.そして再び楽しい楽しいお仕事の時間が訪れる(半ギレ)




「――ニール様!」

 港に着けた飛行船から降りたところで、彼方から見覚えのある赤毛の幼女と少女が駆け寄ってきた。

 シルヴァー家の末娘であるレリアレッドと、三女のリリミである。

 私たちが領地に到着したことを聞きつけ、屋敷から飛び出して来たのだろう。

「久しぶり、レリ……ア?」

 赤毛の幼女は、挨拶しようとした私の脇をスタタッと素通りしていった。

「こんにちは……いや、もうこんばんはかな? 久しぶりだね、レリアちゃん」

 ああなるほど、兄か。兄にまっしぐらか。私など視界に入らなかったか。
 
「ごめんねニアちゃん。後でキツく言っておくから」

 今のをしっかり見ていた姉リリミが言うが、私は首を横に振った。

「構いません。子供らしくて可愛いものじゃない」

 基本的に子供なんて礼儀知らずなものだし、多少やんちゃな方が却って安心できるというものだ。

「……うん、まあ、ニアちゃんも同い年だけどね……」

 苦笑する理由はわかる。だが中身は違うので仕方ない。

「そちらの返答も待たず同行したけれど、兄も一緒にお邪魔しても?」

 手紙で一緒に来ることは伝えたが、シルヴァー家からの返答を貰っていない。
 まあ無理ならホテルに泊まってもいいし、いっそこのまま飛行船で友人のところまで行くのもいいと、兄は言っていた。

「もちろん。リストン家には大いにお世話になっているから、歓迎すると父は言っていたわ」

 そうか。……まあ立場上断りづらいかもしれないが、シルヴァー家は第五階級貴人である。客が二人三人増えたところで負担になるような家でもないだろう。

「レリア、そろそろ行かない? 話はここじゃなくてもできるでしょ?」

 兄と多少話が弾んでいるレリアレッドに声を掛けると、……なんか不機嫌そうな顔で見られた。

「あ、ニア。来たの? ふーん? ようこそ」

 声から言葉から顔から態度から雰囲気から、全てにおいて歓迎の意が感じられないが。邪魔するなという意志だけが伝わってくるが。

「お兄様、あとでレリアの秘密をたくさん教えてあげるわね」

「――ごめんニアほんとごめん。ちょっと舞い上がってただけなのごめん。今日は夜通しおしゃべりしようねっ」

 うむ。わかればよろしい。
 子供はこれくらい調子がいい方が、わかりやすくて安心というものだ。




「よく来てくれたね」

 港での邂逅で意外と時間を取り、すっかり暗くなった頃にシルヴァー家の屋敷に到着した。

 リストンに負けないくらい大きな建物で、庭もしっかり手が入っている。今は暗いのでよく見えないが、陽の下で見たらきっと美しい光景が広がっていることだろう。

 玄関に入ってすぐに、品の良い初老が待ち構えていた。

 老紳士というべきか中年と呼ぶべきか微妙な線の紳士、第五階級貴人にしてここシルヴァー領を納める男、ヴィクソン・シルヴァーである。

 放送局が開局されて以来なので、私と兄は約一年ぶりの再会である。
 そして前回は放送局で会ったきりだったので、屋敷に来るのは初めてである。

「お久しぶりです、シルヴァー卿。此度は未熟な子供だけの訪問をお許しくださりありがとうございます」

 兄が一緒に来たので、リストン家を代表して挨拶するのは彼の仕事だ。何せ跡取りであるからして。
 子供ながらに堂々とした挨拶である。

「久しぶりだね、ニール君。自分の家どころか、バカンスに来たつもりでくつろいでくれたまえ」

 おお、バカンス。つい先日まで仕事に追われていた私には心地よい言葉だ。

「お招きありがとうございます。これからしばしお世話になります、ヴィクソン様」

 ついでというわけでもないが、流れで私も簡単に挨拶しておく。兄が代表ではあるが、しないわけにはいかない。

「待っていたよ、ニアちゃん。話したいことがたくさんあるんだ」

 仕事の話だな?

「私もです」

 私は主にバカンスの話をしたいが。……わかってるよ、仕事の話だろ。するよ。バカンスは最終五日まで我慢だ。

「――あ、ニアちゃん。ニール君」

 奥の方から長女ラフィネもやってきた。彼女とは学院の入学式前に会って以来だったかな。

「出迎えに遅れてごめんなさい。仕事があってついさっき帰ってきたばかりなの」

「お気になさらず。私たちのことよりそれぞれの事情を優先してください」

 さすが兄、こんな時の返答もしっかりしている。
 ほら、すでにシルヴァー家の使用人たちとレリアレッドの目が、兄を捉えて離さないではないか。

 これでシルヴァー家勢ぞろいである。
 玄関先に集まっているだけに、歓迎はしてくれているようだ。

「……失礼ですが、リクルビタァ殿は今回も都合が悪いのでしょうか?」

 ん?

 兄が口にしたリクルビタァなる名前は……あ、そうだ。次女だ。

 長女ラフィネ。
 三女リリミ。
 そして末の四女がレリアレッドである。

 そうだ、次女だ。次女がいない。
 開局の時に会えなかった次女は、そこで名前だけは聞いたものの、それ以来触れることがなかったのですっかり忘れていた。

 ――少しシルヴァー家の家族のおさらいをしてみるか。

 確か、ヴィクソン・シルヴァーの奥方は十年ほど前に亡くなっていて、レリアレッドだけ親戚の子を養子に貰ったから、上の三人と歳が離れているんだよな。

 養子については、貴人界隈では珍しくもないので、本人も姉たちも大して気にしていないそうだ。
 というか実はヴィクソンの隠し子なんじゃないか、腹違いの姉妹で間違いないのではないか、という噂もあるとかないとか。

 ――と、リノキスから教えられた。ちなみにリノキスはレリアレッドの専属侍女に教えてもらったらしい。

「リクルか……」

 ヴィクソン、ラフィネ、リリミは、なんだか渋い顔をする。レリアレッドは兄に見惚れていて聞いていない。

 この反応は、何やら事情がありそうだな。
 会えない状態にあるのか、それとも当人が私たちに会いたくないと思っているのか。

 ――どちらにせよ、これからしばらく厄介になるので焦ることはないし、もっと言うと無理に会う理由もないだろう。会えない事情があるならそれはそれでいいと思う。

「そろそろ夕食時ですね。私、少しお腹が空きました」

 微妙な空気を払拭するべく、私は子供の身を利用して無邪気な空腹を訴えてみた。ちなみに本当に腹は減っている。しっかり減っている。シルヴァー領特産の豚肉のために空かせてきた。開局の時に食べた豚肉ステーキの味は忘れていない。出るよな? 出すよな? 期待しているぞヴィクソン。

「ああ、うん、そうだね。夕食の準備はできているよ。部屋で着替えたら食堂に来なさい」

 


 この日の夕食は、睨んだ通り特産の豚肉のコースだった。

 来てよかった。
 このささやかな楽しみを、本当に心待ちにしていた。

「どうだろう、ニアちゃん。私が送ったリストは見てくれたかな? こちらとしてはたくさん番組に出てほしいんだがね」

 ――明日からまた仕事漬けの日々になりそうだが。

 はいはい。
 やりますよ。

 先日まで三十七本撮りをこなしたけど、またまたお仕事がんばりますよ。

 ……やればいいんだろうが! 限界まで! ああやってやるとも!




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