狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

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105.リノキスの帰還

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 侍女リネットとガンドルフを鍛えたり。
 レリアレッドの当たり企画の自慢話を飽きるほど聞かされたり。
 ヒルデトーラと企画を考えたり。

 そんなこんなで早四日が過ぎ、リノキスが帰ってきた。

「あら、戻ったのね」

「お嬢様。ついさっき帰りました」

 今日も勉学に勤しんで部屋に戻ると、今日はリネットの代わりに、本来いるはずのリノキスがいた。

 変わりなく侍女姿で佇む様は、たぶん今朝まで冒険家として浮島にいたことなど想像もできないほど、普段通りである。

「早速報告を聞きましょうか」

 私はテーブルに着き、彼女の成果を聞くことにした。




「狙い通り、亀を狩りに行きました。結果を先に言うなら、首尾は上々でしたね」

 そうか、狙いの亀に会えたのか。

「亀」というのは通称で、正式名称は強羅亀という魔獣である。
 とにかく大きい亀で、動きこそ鈍いが甲羅も皮膚も非常に硬く、生半可な攻撃は一切通用しないという特徴がある。

 水陸両用で、水際にいることが多い。
 中途半端に手を出すとさっさと水の中に逃げたり、その硬く大きな巨体を活かして体当たりをしてきたり、意外と素早い首回りの動作で噛みついたりしてくる。

 有効な攻撃手段を確保しているか、あるいは狩猟方法を知っていないと、どうにもならない相手である。
 逆に言えば、それらがあれば安定して狩れる魔獣である。

 硬い甲羅は冒険家の武具や細工物に。
 皮膚は硬いが肉は意外と柔らかく、滋養強壮効果が高いそうだ。

「結果が良かったということは、できたのね?」

「はい。『雷音』で一撃でした」

 そうか、できたのか。

 あの技は、突き抜ける衝撃で内臓破壊を狙える。
 いくら甲羅や皮膚が硬かろうと、それは外側だけの話。むしろ外皮が硬い分だけ強く内側を守っているという証拠でもある。

 まあ、生き物全般、内臓は非常に弱く脆いものだが。

 狙い所さえ誤らなければ、鈍い強羅亀なら急所に当てるのは難しくない。
 リノキスの「雷音」の修行にも使える魔獣だったわけだ。おまけに強羅亀は安くないし。

 ――おぼろげな記憶だが、前世・・でも、「氣」の修行には亀を使っていた、気がするのだ。強羅亀という名前ではなかった気もするが……ダメだ、はっきり思い出せない。
 
「甲羅も皮膚も傷をつけていないので、買い取り価格に少し色が付きました。六匹狩って三十万クラムです」

 ほう、三十万か。

 …………

「それは高い方よね?」

「はい。一般庶民なら、一ヵ月分の給料ぐらいですから」

 だよな。
 たった四日で、普通の人の月収三十万クラムを稼いだというのなら、立派なものだと私も思う。

 ……ただ、対比の問題である。

「このペースで十億クラムに届くと思う?」

「結構はっきり無理ですね」

 だよな。
 うん、だよな。

 惜しくもないし、ギリギリ届かないとかでもなく、はっきり無理だよな。

「四日で三十万稼げるとして、十億稼ぐには……」

「一日三十万クラム計算でも、三千日以上掛かることになりますね。九年くらいですか」

 ――なるほど。

「十億って尋常じゃないほどの大金じゃない。私すごく安請け合いしちゃったわよ?」

 やっと本当に金額の厄介さがわかってきた。

 無理じゃないか。
 はっきり無理じゃないか。

 王様が二年と言い出さなかったら、一年でどうにかするつもりだったくらいなのに。
 こんなの絶対無理じゃないか。

 私が派手に動けるならまだしも、弟子に稼がせるのでは、非常に厳しいのではなかろうか。
 リネットとガンドルフはすでに当てにしているが、彼らを入れても、それでも厳しそうだ。

 ――仕方ない、こうなったらアンゼルとフレッサも巻き込むか。頭数が増えれば儲けも増えるはずだ。

 リリミとサノウィルも引き込めそうだが、どうする?
 強さ的にまだまだ厳しいだろうか?

「いや、お嬢様なら大丈夫だと思いますよ」

「え? そう?」

「ええ。なんでも――」




 冒険家としてデビューしていきなりそこそこ稼いできたリノキスは、早くも冒険家組合では噂になっているらしい。

 声を掛けてくる者も多かったので、ここぞとばかりに情報収集をしてみたそうだ。

 それによると――

「私が冒険科で学んだ頃と変わらず、今でも強羅亀を狩るのも一苦労らしいです。つまり冒険家の強さはあまり変動していない。

 私の認識のままなら、彼らが苦労して狩れる魔獣を、お嬢様は赤子の手を捻るより簡単に仕留められると思います。
 効率よく狩りができれば、お嬢様なら一日一千万くらいは稼げそうです」

 おお、まさに光明が差す情報。

「ただ、根本的な問題が浮上しそうなんですけどね」

「根本的な問題?」

 なんだ。割と現実的に十億稼げそうな情報をもたらしたと思えば、そうじゃないのか。

「二年で十億クラム稼ぐって、極端すぎる話ですから。
 いきなり十億分の魔獣を狩ったところで、誰が買い取るのかって話になってきます。希少価値があるから高いのに、全員の手に渡るほどたくさんあったら、やはり価値はそれなりに下がりますし。
 それに、もし誰も買わなかったら、最悪捨て値でさばくことになりかねません」

 ……ふむ、なるほど。豊作の年は作物の値が下がる理論か。

「セドーニ商会では買い取ってもらえないの?」

「そのセドーニ商会で言われたんですよ。亀の素材を買い取ってもらった時に。同じ種類の魔獣ばかり持ってこられても買い取り価格が下がるから、ほかのも狩ってほしいと」

 そうか……

 初めて商会を訪れた時、あそこのお偉いさんには私が十億稼ぐことを話してある。そのためのサポートを頼む、と。
 稼いだ金も、積み立てるようにセドーニ商会に預けていくつもりである。

 リノキスも今回稼いだ三十万クラムは、そのまま商会に置いてきたはずだ。

「じゃあ、同じ魔物じゃなければいいのね?」

「そうです。けど……今の私では、お金になりそうな魔獣は亀しか狩れません。『雷音』も完全に身に付けたわけじゃないですし……」

 だろうな。
「氣」の習得も、「氣」を利用した技も、そう簡単に身につくものではない。

 リノキスはもう「雷音」の発動に成功したようだが、まだまだまぐれで出るような段階だろう。
 だからこそ、動きの遅い亀辺りを標的にするのが最適なのだ。

「お嬢様だって、学院と撮影の合間に浮島に行くと言っていましたが、機会はそんなに多くないでしょう?」

 確かに機会は多くない。いつ行けるかの予定さえまだ立てられない。

「なんだか難しいわね」

「難しいというより、効率化を意識しないと時間が足りないって話です。でも大丈夫、効率化は私が考えますから。
 私がお金になりそうな魔獣の情報を集めておきますので、お嬢様が出る時は、とびきり稼げる強い魔獣を狩ってもらいますよ」

 お、そうか。

「つまりドラゴンね?」

 金になる魔獣と言えば、やはりドラゴンだろう。それくらいの相手なら私も全力を出せそうだ。

「残念ながら、近場には棲息していないようです」

 ……なんだ。本当に残念だな。




「あと――」

 ん? まだあるのか?

「そろそろ私に労いの言葉があってもいいんじゃないでしょうか?」

 ああ、そうか。

「よくやった。私に貢いでくれてありがとう。これでいい?」

「――ちなみにですけど」

 ん?

「いくら稼いだら添い寝してくれます? 三十万くらいでは足りないみたいですけど、いくらだったら感激して『リノキス添い寝してあげる☆』 ってかわいらしく言ってくれます? あとオプションで『リノキスおねえちゃん大好き』って言ってほしいんですけど」

 …………

 正直、今目の前に十億積まれてもそんな気にはならないと思うのだが。
 それだったら、私に勝てるほどの強者になったら、それはもう泣くほど感動してしまうだろうが。
 それとオプション制度はやってない。非対応である。

 ……でも今はそういう話じゃないよな。それくらいはわかる。

「なんなら今からしてあげましょうか?」

 と、私は椅子から立ち上がり、ベッドサイドに腰を下ろした。

 今必要なのは、リノキスの労をねぎらい、士気を上げ奮起させる言葉だろう。

「なんだかんだでリノキスも疲れているでしょ? 明日の朝まで休んでいいわ。さ、来なさい」

「えっ!? ほ、ほんとに!? いいの!?」

「ええ。早く来なさい」

「――ひゃはぁー! お嬢様の添い寝! お嬢様の添い寝!」

 うわ……

 引くほど大はしゃぎするリノキスは、脱皮するかのごとく服を脱ぎ散らかしつつ、滑り込むようにして一瞬でベッドに侵入した。

 これが私の侍女にして、弟子か……
 好かれるのはまだいいが、愛が重いのは困るなぁ……

 まあいい。

 ……いや、あんまりよくないかな。

「ああお嬢様の匂いが――ごぼぉっ!?」

 はい、おやすみなさい。




 リノキスをしっかり寝かしつけた私は、いよいよ当てにするつもりになったリネットとガンドルフを鍛える夜の修行に備えて、今の内にやりたくもない宿題をするのだった。



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