狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

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133.アルトワール学院、一年生の終わりの進級試験

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 飛行皇国ヴァンドルージュからアルトワール王国に戻ると、すぐに三学期が始まった。

 行きに乗った例の高速船なら余裕があったが、帰りは乗れなかったので、当初の予定通りぎっちぎちのスケジュールのままで、冬休みは終わったのである。

 出稼ぎによる最終的な収入は、セドーニ商会が色を付けてくれて、一億八千万クラムとなった。
 移動中に遭遇した飛行烏賊スカイスクイッドと、それに襲われている飛行船関係の稼ぎで一千万が加算され、それからセドーニ商会の注文通りの魔獣を狩ったということで少し加算され、切りよく一億八千万である。

 当初の理想は三億クラムだったが、結果は半分を少し超えたくらい。
 残念な反面、しかし稼ぐことのできた金額を考えると、やや現実味は出てきたと思う。

 まだ先の話だが、次の長期休暇……夏休みで、せめて十日以上の時間があれば。残りを一気に稼げそうな気がする。
 それまでの時間は準備に当て、また狩猟計画を立てるのがいいだろう。十日以上もあるならば、高額魔獣のみを狙い撃ちし、国をまたいで活動するのもありである。

 いっそセドーニ商会に相談して、残り七億七千万ぐらいを稼げる強気な旅行プランを立ててもらう、というのも手ではある。
 まあ、この辺のことはまたリノキスと相談するとして。




「お嬢様、がんばって! ちゃんと直前にトイレを済ませて、落ち着いて、二回は問題を読み返して、ちゃんと理解して考えるんですよ! 時間が余ったら問題と答えを読み返すのがコツです! 時間が残ってるからって寝てしまったり、答案の裏に絵を描いたりしちゃダメですからね!」

「はいはい」

 何度も何度も、最近は毎日のように言われているリノキスの諸注意。
 もはや覚えてしまった私はおざなりに返事をして、部屋を出た。

 いつもは貴人用の女子寮であっても、子供ばかりゆえに活気があるのに、今日ばかりはどこか静かでどことなく緊張した空気が満ちている。寒さの中に混じる緊張感は、決して良い感情のものではない。

 それもそうだろう。
 今日は、進級試験の日である。

 学院で一年間学んだことをちゃんと覚えているかどうか、ちゃんと学習しているかどうかを、問題に対する解答を書面で確かめる、という勝負の日である。

 小学部は、いかな点数を取ろうと進級は問われない、とは言われているが。
 しかし、ペナルティがないわけではない。

 もし一定の点数を下回った場合は、次の学年では「補習」という追加の授業が行われ、それに参加しなければならないという恐ろしい決まりがあるそうだ。
 それに伴い、放課後の武術教室だの研究室通いだのの活動は、禁止となってしまうらしい。

 ――しかしまあ、なんだ。

 もはや憎しみしかない宿題という名の魔物が、常に私の背を追ってきたおかげで、それなりに学習はできている。
 数字だって七桁までなら指を使ってかろうじて制覇できるし、歴史で学んだ建国記だってそこそこ覚えた。シルヴァー領の紙芝居であるアルトワール建国物語を筆頭に、この国の歴史に密接した物語がいくつも放送されたせいか、意外と頭に入っている。

 この分なら大丈夫だろうと、兄やリノキスのお墨付きも得ている。
 ここ最近はしっかり予習復習もしていたし、気負う必要はない。はずだ。……たぶん。

 …………

 あれ? いよいよだと考えたら、なんだか腹が痛くなってきたような…………出ないと思うが、念のためにトイレに行っておこう。




 冬休みが終わっても、私の日常は慌ただしかった。

 レリアレッドとは毎日会っているが、お互い魔法映像マジックビジョン関係で忙しく、集まってまで話すようなことはない。

 学年の違うヒルデトーラは特に顕著で、ほとんど会えなかった。
 この前偶然会って少し話したが、最近は「料理のお姫様」の撮影に追われ、そして撮影がない日は普通に料理修行に時間を費やしているそうだ。今は魚をさばくのが楽しいそうだ。好きな食べ方は焼いて塩だけ。飾らないし構えないシンプルさがいいらしい。

 ――「これは秘密なのですが、ニアにだけ教えてあげましょう」

 彼女の耳打ちによると、今の内に海産物方面への知識と腕を身に付け、夏には漁村のお祭りに参加して、獲れたての魚を料理して多くの一般人に振る舞うのだとか。
 いつものレストランや食事処の台所とは違う、祭りに便乗した「料理のお姫様」の視聴者参加型の大型企画の用意がある、と。

 ――「ニアも参加していいのですよ?」

 正直、結構本気で興味はあるのだが、優先順自が落ちるのだ。

 まずはリストン領の撮影スケジュール。
 これだけはどうしても外せない。ベンデリオを殴ることはあってもすっぽかす気はない。

 次に出稼ぎだ。
 もはや今度の夏で半分以上が稼げないと、十億クラムには届かないと思う。本腰を入れてやらなければならない。

 ヒルデトーラの誘いに応じるか否かは、その次になってしまう。
 リストン領の撮影はある程度調整できるが、次点の候補である出稼ぎは難しいだろう。そもそも動ける日がどれだけ捻出できるかもわからない。

「スケジュールが合えばぜひ」とだけ答えて、その場は別れた。
 あれ以来会っていない。

 あ、そう言えば。

 ――「ねえニア。ニアのあのエピソード、詳しく教えてくれない?」

 奇しくも、ヒルデトーラと会ったのは、レリアレッドにそんなことを言われたのと同じ日だった。

「なんのエピソード?」と問うと、「あの病気から復帰した話よ」と彼女は答えた。

 ――「あの話、うちで紙芝居にしていたたたたたっ」

 とりあえず握っておいた。
 そして言っておいた。

「それ、やるとしたらリストン領うちでやるから」と。

 レリアレッドめ。
 余念なく受けそうな物語を探しおって。油断ならない奴だ。




 そして、今日は進級試験である。
 これが終われば春休みで、それから二年生に進級ということになる。

 春休みは短いし、進級に向けての準備がある。
 その上、憎きベンデリオが今回も容赦なく地獄の撮影スケジュールを組んでいるので、出稼ぎの時間は捻出できないだろうと諦めた。
 ゆえに、夏休みへ期待するのである。

 …………

 王様は「一年掛けて武闘大会を広める」と言っていた。
 念のために、そろそろ現状の報告はしておいた方がいいのかもしれない。

 ――そんなことを、解けない問題を前に考えながら、試験の時間は無情に過ぎていくのだった。




 しかし、予定は予定通りいかなかった。
 そう、予定とは優先順位の高いものが入れば、たやすく覆るものだ。

 ――再び飛行皇国ヴァンドルージュへ行き、彼らと「次の機会」だの「今度会ったら」だのと軽く交わした、約束とも言えない約束が果たされる時が、予想外の早さでやってきたのである。



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