狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

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137.明日に備えて蟹を食べに行く

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「全員分の個室を用意したんだが、いらないかもな」

 死屍累々とも言えるような光景に、クリストはそう漏らした。そうだな。みんなもう、今日のところはこの部屋でよさそうな感じだ。

 到着してすぐホテルに詰められ、食事休憩もそこそこに、夜まで話し合いである。
 その結果、撮影班の何人かが寝落ちした。

 テーブルに散乱した企画書やメモ、ボツを食らって投げられた紙くず。
 話し合いが行き詰まり、考え事をしながらテーブルに伏せたり、「ちょっとだけ横に……」と言ってベッドやソファで仮眠を取る撮影班のスタッフたち。
 疲れ果てて倒れた姿は、なんというか、戦場上がりの兵隊のようである。

 それも仕方ない。
 私もくたくたである。平然としているように見えるが、ヒエロもミルコも、クリストもクロウエンも、そして疲労の濃い顔をしてかろうじて起きているスタッフも、疲れているはずだ。

「では、打ち合わせはこれで終了だ。お疲れ様」

 そして、ヒエロの会議終了の声を合図に、残っていたスタッフが倒れた。お疲れ様である。




 ――夕食時を過ぎ、空が真っ暗になった頃、ようやく明日の動きが決まった。

 ようやく話が煮詰まった、といったところか。
 長時間話し合い、議論を重ね、数ある企画を絞りに絞り込んで、やっと明日からの行動が決定した。そういえば夕食なんて食べる間もなかったので、気が付けば腹も減っている。

 だがその甲斐あって、数ある規制に触れず、しかし最大限に魔法映像マジックビジョンを駆使して結婚式を盛り上げる計画ができあがった。

 まあ、盛り上げるのは本来の仕事ではないが――他国に魔法映像マジックビジョンをアピールする最大にして最高の機会が来ているのだ。
 ここで攻めなくてどうする。攻め時を見誤っていては、大勢を変えることなどできるものか。

 ここは攻めるべきである。

「クリスト、クロウ。君たちはどうする? 帰るのか?」

 テーブルに散らばる企画書をまとめつつ、ヒエロが問う。

 もう夜も遅い。
 皇子と皇女という身分がある者として、あまりふらふらと外泊なんて許されないのではなかろうか。

「明日からの行動を考えると、行き帰りの時間さえ惜しいって感じだよな。もうこの際だし、個室には俺たちが泊まることにしよう。な、クロウ?」

「そうだな、明日も早いしそうしよう。……それにしても疲れたな。ヒエロ殿、企画会議とはいつもこんな感じなのか?」

 凝っているのだろう肩を回すクロウエンに、ヒエロは苦笑する。

「滅多にないよ。今回はさすがに切羽詰まっていたから、数日掛けるような内容が今日一日に凝縮されただけだ」

 凝縮か。確かに味付けの強い濃密な会議だったが。

「ニアも疲れただろう。部屋に戻って休むといい」

 うむ。
 休むことには一切の不満もないのだが、その前にだ。

「休む前に一つ頼みがあるの。クリスト様かクロウエン様、どちらかが付き合ってくれると嬉しいです」

「「頼み?」」

 指名されたクリストとクロウエンが声を重ねる。

「今日の内に、監視員に顔を合わせて挨拶をして、明日の予定を話しておきたいのです」

「……ああ、そうか」

「悪くないな。少々時間が遅いが、決して悪い手じゃない」

 思案気に腕を組むクリストと、頷いて肯定的に受け止めるクロウエン。

 ――やはり意図はわかるか。

 ヴァンドルージュ陸軍総大将ガウィンと、空軍総大将カカナ。
 この二名が、明日の撮影に同行する監視員である。

 まず、彼らのスタンスを確かめたい。
 撮影に協力的なのか、それとも妨害するほど非協力的なのか。

 彼らのスタンスによっては、出発の時刻さえ向こうの都合で遅れが出る可能性がある――出発の時間を聞いていなかったから遅れた、とか。そんな幼稚だが確実に予定を圧迫する嫌がらせをされては困るのだ。

 次に、本当の意味での挨拶だ。
 明日の初対面でやることを、一日早く行って明日の時間短縮を狙いたい。こちらの本気を伝えるためにも、早い方がいいと思う。
 協力的なら、きっと不足なくこちらの予定に合わせてくれるだろうし――非協力的なら場合によっては今日これから心の底まで脅してやることにする。

 今の私たちには無駄にしていい時間はないのだ。
 そしてこのチャンスを逃すという手もない。貪欲に最善を求めるべき時である。

 スタンスの確認と、挨拶。
 とりあえずこの二つを、今すぐこなしておきたい。

「私が行こう」

「いいえ。ヒエロ王子ではなく私が行くべきです。政治的背景をあまり出したくないのでしょう?」

 まがりなりにもヒエロは王子である。
 たとえ放送局局長代理という肩書があろうと、王子は王子である。

 他国の軍人に自ら挨拶に行って「明日はよろしくね!」なんて露骨にへりくだるのは、良くないと思う。
 たとえ内心は「王子の立場より仕事が大事」なんて思っていてもだ。

 それよりは、他国の貴人――貴族的なものの娘である、としか認識されていない私が行った方が、色々と角が立たないだろう。

 それに、場合によっては脅しつけてくるし。脅したいし。
 これだけの人員と物資と苦労とチャンスと感情が動いているのに、監視員などというよく知らない権力者の胸三寸で、すべてを台無しにされてたまるか。

 何が監視員だ。ふざけた奴ならぶっとばすぞ。ぶっとばすしぶっ潰してやる。

「俺が一緒に行くよ。ガウィン殿とカカナ殿とは、それなりに面識もあるし」

 クリストが同行してくれるようだ。

「あの二人ならそこまで私情を挟まないとは思うけど、明日の予定を直接伝えるってのは俺も賛成だ。万が一にも予定通り進まなかったら、今日の企画会議がすべて無駄になるしな」

「それは悔しいな」

 悔しいと言ったクロウエンには、きっとこの場の全員が同意することだろう。

「――じゃあ行こうかニア。先触れを出すから、どこかで食事してから向かおう。最近十文字鮮血蟹ブラッドクロスクラブっていう魔物がよく狩られてさ、これがうまいんだ。蟹食いに行こうぜ」

 なんだかすでに懐かしい魔獣の名前が出た気がするが、蟹か。食べたことがないが、うまいのかな。

「全部お任せします」

「任せろよ。女の子が喜ぶ場所、色々知ってるから」

 ああそう。遊び人ぽいとは思っていたが、実際クリストは遊び人なんだろうな。

「まだ十代にもなってない私ですけれど、私でもいいですか?」

「フッ、可憐な女性に年齢なんて関係ないさ。……まあさすがに下心はないけど」

 あったら大変である。百歩譲って私はまだ適当に流せるが、侍女は確実に命を狙っていくだろう。――リノキス、私にしかわからないくらいだが、わずかに殺気が出てるぞ。隠せ。




 こうして、魔法映像マジックビジョンを導入した結婚式企画がスタートした。



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