140 / 405
139.思わぬ協力
しおりを挟む
139.思わぬ協力
「――ちょっと待て! それはなんだ……あ、待て! 待てと言っている!」
いよいよスタッフが無視し始めた。
それはそうだろう、いい加減私もイライラしてきている。
ようやく空が白んできたが、まだ朝である。
速度重視で移動と撮影をこなしてきただけに、もう四件目のお宅にやってきている。
ここまでは順調と言えるのではなかろうか。
始まる前から時間に追われる撮影になることが確定していただけに、いつもより撮影班の緊張感が強い。雰囲気はかなりピリピリしていて、失敗なんて絶対に許されないという空気だ。
もちろん私もだ。
つまらないことで揉めるようなことは、結果もっと雰囲気も悪くなるし時間の無駄にもなるので、したくない。
なので、全力で気を回して緩衝材の役目を果たしている。スタッフのミスをフォローしたり、撮影を頼む相手に説明するのも私がやっている。
あのリノキスでさえ、「荷物は持ちます」と重い機材などを率先して運んで貢献しているくらいだ。
手伝いは頼んだものの、それにしたって協力的である。
スケジュールに無理があるのに、無理を承知でやり遂げようとしているだけに、いつになく皆真剣である。ちょっと余裕がなくて心配になるくらいに。
――ただでさえそんなことになっているのに。
気が立っている私や撮影班に、空軍総大将カカナは、何くれと「それはなんだ」「それはどういうものだ」と、いちいち質問してくる。
わからなくはない。
見る物もやることも、すべてが見慣れない異文化なのだろう。監視員として事態を把握し、事細かに何をしているかを理解したいのだろう。
それは彼女の生真面目さ、そして優秀さから来ていることだとは思う。
だが、単純に間が悪い。
全員がこんなにも慌ただしく動いているのに、いちいち手を止めさせるような質問はしないでほしい。
「話は飛行船の移動中に」と何度か頼んでいるが、あまり守ってくれない。
これも、わからなくはない。
やってしまった後では遅いからだ。何かが起こる瀬戸際で止めて被害を抑えたいという、彼女の自衛と国防から来る警戒心だろう。
だが、やはり、あまりにも間が悪い。悪すぎる。
「カカナ様、スタッフを止めないで」
スタッフの手を掴んででも止めさせようとするカカナを、逆に私が止める。
このセリフを言うのは、今日でもう六回目だ。
まだ空が明るくなってきたくらいの朝だというのに、もう六回も言っている。
「いやしかし、あんなの見たことがないぞ」
「あれは反射板といって、撮影対象に光を当ててカメラ映りを良くする板です」
一件目、二件目、三件目と。
強い照明が向こうの屋敷で確保できていたので、出す必要がなかったのだ。
しかし四件目であるここは、庶民の家。
しかも朝ということで照明は消してしまっている。
今回の撮影は「撮影は屋内のみ」という規制があるので、部屋の中で撮らなければならない。
つまり室内という、ある程度の光源がないと、暗い場所での撮影となる。
だから光を当てる。
そのまま撮影しては、顔に影が落ちて見映えが悪いのだ。
「――お、お待たせしました。あの、ほんとにこんな格好でいいんでしょうか……?」
ちょっと古いデザインのドレスを着てきた女性は、「あーいいですいいです! こちらへどうぞ!」とメイクの女性に椅子に座らされて、手早く化粧をほどこされる。
いまいち事情がよくわかっていない上に、まだ寝ているのに家を強襲された感じで、朝支度さえできていなかった彼女の戸惑いは強い。
だが関係ない。
というか、私たちの用事が済んだら二度寝して構わないから、今だけは付き合ってほしい。
「お、おい! それはなんだ!? マシュマロか!?」
「ただのパフです。……え? なんで知らないの?」
この人メイクはしてるよな? なのになぜ知らない? ヴァンドルージュとは化粧品や化粧のしかたが違うのか? ……あ、メイド任せだと。そうですか。
「それは!? クシではないか!?」
「その通りクシですよ。髪を梳かすやつです。ちょっと落ち着いてください、わかるものまで聞かれては困ります」
真面目なのは結構だが、真面目過ぎるのも問題だな。こいつは間違いなくダメなタイプの真面目だ。
正直ちょっとだけカカナ個人にも興味が出てきた気もするが、しかし今は構っていられない。
「――ニアちゃんお願い!」
現場監督に呼ばれた。「はい」と返事を返す。――撮影の見本を私がやって見せるのだ。映像を記録する魔石を無駄にはできないので、撮影の前に軽く練習してもらうわけだ。
「――いいですかカカナ様、今は黙って見ていてください。特に、撮影中は絶対に発言しないでください。音が入りますから」
この念押しも四回目だ。幸い失敗はないが。でもやりそうで怖い。
「いや、だが、わからないことだらけだ。あなた方は何をしているのだ。そして何がしたいのだ。私には一つもわからない」
……困惑する理由もわからなくはないが。
でも、今は彼女の疑問より、撮影が優先である。
「いや、じゃない。言う通りにしてくれ。いくら皇王からの命令だからって、監視員にしては出過ぎだ」
と、クリストがやってきた。
私が知っているクリストは、いつもどこか余裕がある飄々とした遊び人だが、今は彼もピリピリしている。
ちなみに彼も荷物持ちとして同行している。撮影自体も興味深いようで、少し離れたところからしっかり見ているのだが――この事態にはさすがに口を挟んできた。
「そうは言っても、何かあってからでは遅いですから」
「何があるってんだよ。何もなかっただろ」
「これまではそうでも、これからは違うかもしれない。私には彼らが何をしているかまるでわからないのだから」
「何度も説明しただろ。ちょっと来い」
「いえ、クリスト様、私は監視が……!」
カカナの手を掴んで外へ出ていくクリストは、肩越しに振り返って頷いて見せた。――邪魔者は押さえておくから今の内に撮影しろ、という意味だろう。
スタッフたちも何人かカカナ退場を見ていたようで、作業の手が早くなる。今の内だ、と。
「お待たせしました。まず、この撮影の主旨ですが――」
そして私も、さっさと前置きをして、見本を見せるのだった。
――ちなみにこの女性は、数年前までヴァンドルージュの修学館に在籍していて、フィレディアと同学年だったという下級貴族の友人である。
こちらの国でも小中高と学部が分かれていて、彼女は中学部を卒業して、それから疎遠になっているらしい。
今は実家から出て一人暮らしをし、ただの庶民のような生活をしているそうだ。一応貴族の娘だがドレスもほとんど着る機会がないだけに、新調もしていなかった。
「あの、ほんとに、フィル様に声が届けられるんですか?」
今でこそ疎遠となっているが、在校中はかなり仲が良かったらしい。
ザックファードとフィレディアが明日結婚する、という話をすると、飛び上がって喜んでいた。
「声どころか姿も見せられる」と返すと、やはりいまいちよくわかっていないままでも、少し嬉しそうだった。
「お嬢様、提案があります」
四件目の祝福の声を貰い、すぐに撤退をする。
待たせていた小型船に乗り港へ向かう最中、リノキスが言った。
「カカナ様を黙らせるには、私たちが何をしているかを実際に観せるのが早いと思われます」
この小型船には、私とリノキス、クリスト、そして機材一式が乗っている。
昨日の白熱した会議からちょっとぞんざいな扱いになってしまった感もあるが、一応皇子が乗るだけに、庶民とは隔絶した扱いとなっている。今更誰も気にしないと思うが。一応。
「観せる、というと……今日、ついさっき撮影したものを?」
「そうです。何をしていたかの証拠を示すんです。あの手のタイプは証拠に弱いです。それも物証に」
なるほど。弱いかどうかはしらないが、有効かもしれない。そういうのはできるのかな?
「それができるなら、した方がいいかもしれないな」
クリストは深刻な顔をして腕を組む。
「撮影班の、カカナ殿への対応がどんどん雑になってるだろ? それにつれて、彼女の連れてきた部下たちも反感を持ち始めている。この分だと揉めるかもしれない」
……チッ、面倒臭い……ただでさえ時間がないのに……
「現場監督に聞いてみましょう」
今撮っている映像は、明日の結婚式に使うのだ。つまり映像の編集はここヴァンドルージュで行うはず。
その辺のことは教えてもらっていないので詳しくはわからないが、もし今すぐ映像化できるのであれば、映像の一部だけでいいからカカナに観せてみるべきかもしれない。
今のままだと揉めそうなら、かなり危うい状態だ。
撮影中止なんて言われたら目も当てられない。
それに何より、私の手が出そうだ。
私だってイライラしているんだぞ。こんな過密スケジュールやらせて。……まあ最近のリストン領の撮影に比べれば、私が出演しなくていい分だけ軽い方ではあるが。
飛行船に乗り、次の浮島へ移動する間に、現場監督を始めとしたスタッフたちに提案してみた。
――これまでに撮影したものをカカナに観せてみないか、と。
カカナの過干渉にピリピリしていた彼らはすぐに同意した。
彼ら自身もこのままだとまずいとは思っていたようだ。そりゃそうか。他国の軍人と揉めるなんて、下手をすれば命に拘わる。
そして、カカナを呼び出すと、ついさっき撮ったばかりの映像を観せてみた。
明日のためにこういう映像を撮って回っているのだ、と。
こういう風に映像は永遠に残り、いつでもあの「特別な日」の感動を思い出せるようになるのだ、と。
「…………」
――ご結婚おめでとうございます――
魔晶板に映し出される「一件目に見たついさっきの光景」を、カカナは食い入るように観る。
もう一度いいか、と、何度も繰り返しを要求して見詰める。
「……そうか。こういうことか。そうか。……うむ、わかった。あなた方がやっていることも、行動も、急ぐ理由も、理解できた」
そうか、そうか、と何度も頷きながら……ようやく魔晶板から顔を上げたカカナの瞳は、少し潤んでいた。
「どうしても式には呼べない友人や、縁のある者もいる。そんな者にも祝ってもらえるのか。
ザックファード・ハスキタン殿も、フィレディア・コーキュリス殿も、喜ぶだろうな。私が新婦なら泣いてしまうかもしれん」
カカナはハンカチを出し、そっと目元を拭う。「もう泣いてるじゃん」とか言うのは野暮なんだろうな。
「あと何件だ?」
「夜までに二十二件です」
そして夜を徹して編集作業まである。
スタッフがピリピリしているのも、ほぼ休憩が見込めないからである。
このまままっすぐに、終わらない仕事という名の地獄へ向かうことを理解しているのだ。時間も余裕もないし、心の余裕もないままに。そりゃイライラもするだろう。
「このペースで間に合うのか? ……いや、航路を考えると怪しいな。よし、部下を先行させよう」
ん? 先行?
「私の部下を先に行かせて、祝福の言葉を貰う相手に準備をさせておくのはどうだ?
有名所の貴族には前もって知らせてあるようだが、それ以外は家にいるよう伝えてあるだけだろう?
正装して待つよう伝えるだけでも、現地での行動は早いのではないか?」
――すばらしい。
「いいんですか?」
そういう手も考えてはいたが、人が足りなかったのだ。
それに時間もなかった。
昨日の今日で決まった企画である。飛行船の数も用意もできなかったし、とにかく足りないものだらけだった。
だが、軍人なら。
それもここにいるのは、空軍の総大将殿である。飛行船だって人だってすぐに用意できるだろう。
「いいのかい、カカナ殿? 職権乱用だよ?」
クリストが笑いながら言うと、カカナは再び魔晶板を観ながら言った。
「これから部下たちには休暇を出し、個人的に頼みごとをするだけです。――私はフィレディア・コーキュリス殿と面識はありませんが、同じ女として、一生に一度の結婚式を失敗してほしくはないと思います。そしてやるからには成功してほしい」
同じ女として、か。
確か彼女は陸軍総大将ガウィンと付き合っていて、でも結婚はしてないんだっけ。
…………
まあ、人には事情があるから、私から言うことはないが。
敵としか思えなかったカカナが、思わぬ協力体制に入った。
これにより、撮影の速度は少しだけ増すことになる。
「――ちょっと待て! それはなんだ……あ、待て! 待てと言っている!」
いよいよスタッフが無視し始めた。
それはそうだろう、いい加減私もイライラしてきている。
ようやく空が白んできたが、まだ朝である。
速度重視で移動と撮影をこなしてきただけに、もう四件目のお宅にやってきている。
ここまでは順調と言えるのではなかろうか。
始まる前から時間に追われる撮影になることが確定していただけに、いつもより撮影班の緊張感が強い。雰囲気はかなりピリピリしていて、失敗なんて絶対に許されないという空気だ。
もちろん私もだ。
つまらないことで揉めるようなことは、結果もっと雰囲気も悪くなるし時間の無駄にもなるので、したくない。
なので、全力で気を回して緩衝材の役目を果たしている。スタッフのミスをフォローしたり、撮影を頼む相手に説明するのも私がやっている。
あのリノキスでさえ、「荷物は持ちます」と重い機材などを率先して運んで貢献しているくらいだ。
手伝いは頼んだものの、それにしたって協力的である。
スケジュールに無理があるのに、無理を承知でやり遂げようとしているだけに、いつになく皆真剣である。ちょっと余裕がなくて心配になるくらいに。
――ただでさえそんなことになっているのに。
気が立っている私や撮影班に、空軍総大将カカナは、何くれと「それはなんだ」「それはどういうものだ」と、いちいち質問してくる。
わからなくはない。
見る物もやることも、すべてが見慣れない異文化なのだろう。監視員として事態を把握し、事細かに何をしているかを理解したいのだろう。
それは彼女の生真面目さ、そして優秀さから来ていることだとは思う。
だが、単純に間が悪い。
全員がこんなにも慌ただしく動いているのに、いちいち手を止めさせるような質問はしないでほしい。
「話は飛行船の移動中に」と何度か頼んでいるが、あまり守ってくれない。
これも、わからなくはない。
やってしまった後では遅いからだ。何かが起こる瀬戸際で止めて被害を抑えたいという、彼女の自衛と国防から来る警戒心だろう。
だが、やはり、あまりにも間が悪い。悪すぎる。
「カカナ様、スタッフを止めないで」
スタッフの手を掴んででも止めさせようとするカカナを、逆に私が止める。
このセリフを言うのは、今日でもう六回目だ。
まだ空が明るくなってきたくらいの朝だというのに、もう六回も言っている。
「いやしかし、あんなの見たことがないぞ」
「あれは反射板といって、撮影対象に光を当ててカメラ映りを良くする板です」
一件目、二件目、三件目と。
強い照明が向こうの屋敷で確保できていたので、出す必要がなかったのだ。
しかし四件目であるここは、庶民の家。
しかも朝ということで照明は消してしまっている。
今回の撮影は「撮影は屋内のみ」という規制があるので、部屋の中で撮らなければならない。
つまり室内という、ある程度の光源がないと、暗い場所での撮影となる。
だから光を当てる。
そのまま撮影しては、顔に影が落ちて見映えが悪いのだ。
「――お、お待たせしました。あの、ほんとにこんな格好でいいんでしょうか……?」
ちょっと古いデザインのドレスを着てきた女性は、「あーいいですいいです! こちらへどうぞ!」とメイクの女性に椅子に座らされて、手早く化粧をほどこされる。
いまいち事情がよくわかっていない上に、まだ寝ているのに家を強襲された感じで、朝支度さえできていなかった彼女の戸惑いは強い。
だが関係ない。
というか、私たちの用事が済んだら二度寝して構わないから、今だけは付き合ってほしい。
「お、おい! それはなんだ!? マシュマロか!?」
「ただのパフです。……え? なんで知らないの?」
この人メイクはしてるよな? なのになぜ知らない? ヴァンドルージュとは化粧品や化粧のしかたが違うのか? ……あ、メイド任せだと。そうですか。
「それは!? クシではないか!?」
「その通りクシですよ。髪を梳かすやつです。ちょっと落ち着いてください、わかるものまで聞かれては困ります」
真面目なのは結構だが、真面目過ぎるのも問題だな。こいつは間違いなくダメなタイプの真面目だ。
正直ちょっとだけカカナ個人にも興味が出てきた気もするが、しかし今は構っていられない。
「――ニアちゃんお願い!」
現場監督に呼ばれた。「はい」と返事を返す。――撮影の見本を私がやって見せるのだ。映像を記録する魔石を無駄にはできないので、撮影の前に軽く練習してもらうわけだ。
「――いいですかカカナ様、今は黙って見ていてください。特に、撮影中は絶対に発言しないでください。音が入りますから」
この念押しも四回目だ。幸い失敗はないが。でもやりそうで怖い。
「いや、だが、わからないことだらけだ。あなた方は何をしているのだ。そして何がしたいのだ。私には一つもわからない」
……困惑する理由もわからなくはないが。
でも、今は彼女の疑問より、撮影が優先である。
「いや、じゃない。言う通りにしてくれ。いくら皇王からの命令だからって、監視員にしては出過ぎだ」
と、クリストがやってきた。
私が知っているクリストは、いつもどこか余裕がある飄々とした遊び人だが、今は彼もピリピリしている。
ちなみに彼も荷物持ちとして同行している。撮影自体も興味深いようで、少し離れたところからしっかり見ているのだが――この事態にはさすがに口を挟んできた。
「そうは言っても、何かあってからでは遅いですから」
「何があるってんだよ。何もなかっただろ」
「これまではそうでも、これからは違うかもしれない。私には彼らが何をしているかまるでわからないのだから」
「何度も説明しただろ。ちょっと来い」
「いえ、クリスト様、私は監視が……!」
カカナの手を掴んで外へ出ていくクリストは、肩越しに振り返って頷いて見せた。――邪魔者は押さえておくから今の内に撮影しろ、という意味だろう。
スタッフたちも何人かカカナ退場を見ていたようで、作業の手が早くなる。今の内だ、と。
「お待たせしました。まず、この撮影の主旨ですが――」
そして私も、さっさと前置きをして、見本を見せるのだった。
――ちなみにこの女性は、数年前までヴァンドルージュの修学館に在籍していて、フィレディアと同学年だったという下級貴族の友人である。
こちらの国でも小中高と学部が分かれていて、彼女は中学部を卒業して、それから疎遠になっているらしい。
今は実家から出て一人暮らしをし、ただの庶民のような生活をしているそうだ。一応貴族の娘だがドレスもほとんど着る機会がないだけに、新調もしていなかった。
「あの、ほんとに、フィル様に声が届けられるんですか?」
今でこそ疎遠となっているが、在校中はかなり仲が良かったらしい。
ザックファードとフィレディアが明日結婚する、という話をすると、飛び上がって喜んでいた。
「声どころか姿も見せられる」と返すと、やはりいまいちよくわかっていないままでも、少し嬉しそうだった。
「お嬢様、提案があります」
四件目の祝福の声を貰い、すぐに撤退をする。
待たせていた小型船に乗り港へ向かう最中、リノキスが言った。
「カカナ様を黙らせるには、私たちが何をしているかを実際に観せるのが早いと思われます」
この小型船には、私とリノキス、クリスト、そして機材一式が乗っている。
昨日の白熱した会議からちょっとぞんざいな扱いになってしまった感もあるが、一応皇子が乗るだけに、庶民とは隔絶した扱いとなっている。今更誰も気にしないと思うが。一応。
「観せる、というと……今日、ついさっき撮影したものを?」
「そうです。何をしていたかの証拠を示すんです。あの手のタイプは証拠に弱いです。それも物証に」
なるほど。弱いかどうかはしらないが、有効かもしれない。そういうのはできるのかな?
「それができるなら、した方がいいかもしれないな」
クリストは深刻な顔をして腕を組む。
「撮影班の、カカナ殿への対応がどんどん雑になってるだろ? それにつれて、彼女の連れてきた部下たちも反感を持ち始めている。この分だと揉めるかもしれない」
……チッ、面倒臭い……ただでさえ時間がないのに……
「現場監督に聞いてみましょう」
今撮っている映像は、明日の結婚式に使うのだ。つまり映像の編集はここヴァンドルージュで行うはず。
その辺のことは教えてもらっていないので詳しくはわからないが、もし今すぐ映像化できるのであれば、映像の一部だけでいいからカカナに観せてみるべきかもしれない。
今のままだと揉めそうなら、かなり危うい状態だ。
撮影中止なんて言われたら目も当てられない。
それに何より、私の手が出そうだ。
私だってイライラしているんだぞ。こんな過密スケジュールやらせて。……まあ最近のリストン領の撮影に比べれば、私が出演しなくていい分だけ軽い方ではあるが。
飛行船に乗り、次の浮島へ移動する間に、現場監督を始めとしたスタッフたちに提案してみた。
――これまでに撮影したものをカカナに観せてみないか、と。
カカナの過干渉にピリピリしていた彼らはすぐに同意した。
彼ら自身もこのままだとまずいとは思っていたようだ。そりゃそうか。他国の軍人と揉めるなんて、下手をすれば命に拘わる。
そして、カカナを呼び出すと、ついさっき撮ったばかりの映像を観せてみた。
明日のためにこういう映像を撮って回っているのだ、と。
こういう風に映像は永遠に残り、いつでもあの「特別な日」の感動を思い出せるようになるのだ、と。
「…………」
――ご結婚おめでとうございます――
魔晶板に映し出される「一件目に見たついさっきの光景」を、カカナは食い入るように観る。
もう一度いいか、と、何度も繰り返しを要求して見詰める。
「……そうか。こういうことか。そうか。……うむ、わかった。あなた方がやっていることも、行動も、急ぐ理由も、理解できた」
そうか、そうか、と何度も頷きながら……ようやく魔晶板から顔を上げたカカナの瞳は、少し潤んでいた。
「どうしても式には呼べない友人や、縁のある者もいる。そんな者にも祝ってもらえるのか。
ザックファード・ハスキタン殿も、フィレディア・コーキュリス殿も、喜ぶだろうな。私が新婦なら泣いてしまうかもしれん」
カカナはハンカチを出し、そっと目元を拭う。「もう泣いてるじゃん」とか言うのは野暮なんだろうな。
「あと何件だ?」
「夜までに二十二件です」
そして夜を徹して編集作業まである。
スタッフがピリピリしているのも、ほぼ休憩が見込めないからである。
このまままっすぐに、終わらない仕事という名の地獄へ向かうことを理解しているのだ。時間も余裕もないし、心の余裕もないままに。そりゃイライラもするだろう。
「このペースで間に合うのか? ……いや、航路を考えると怪しいな。よし、部下を先行させよう」
ん? 先行?
「私の部下を先に行かせて、祝福の言葉を貰う相手に準備をさせておくのはどうだ?
有名所の貴族には前もって知らせてあるようだが、それ以外は家にいるよう伝えてあるだけだろう?
正装して待つよう伝えるだけでも、現地での行動は早いのではないか?」
――すばらしい。
「いいんですか?」
そういう手も考えてはいたが、人が足りなかったのだ。
それに時間もなかった。
昨日の今日で決まった企画である。飛行船の数も用意もできなかったし、とにかく足りないものだらけだった。
だが、軍人なら。
それもここにいるのは、空軍の総大将殿である。飛行船だって人だってすぐに用意できるだろう。
「いいのかい、カカナ殿? 職権乱用だよ?」
クリストが笑いながら言うと、カカナは再び魔晶板を観ながら言った。
「これから部下たちには休暇を出し、個人的に頼みごとをするだけです。――私はフィレディア・コーキュリス殿と面識はありませんが、同じ女として、一生に一度の結婚式を失敗してほしくはないと思います。そしてやるからには成功してほしい」
同じ女として、か。
確か彼女は陸軍総大将ガウィンと付き合っていて、でも結婚はしてないんだっけ。
…………
まあ、人には事情があるから、私から言うことはないが。
敵としか思えなかったカカナが、思わぬ協力体制に入った。
これにより、撮影の速度は少しだけ増すことになる。
11
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~
志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、ひょんなことで死亡した僕、シアンは異世界にいつの間にか転生していた。
とは言え、赤子からではなくある程度成長した肉体だったので、のんびり過ごすために自給自足の生活をしていたのだが、そんな生活の最中で、あるメイドゴーレムを拾った。
…‥‥でもね、なんだろうこのメイド、チートすぎるというか、スペックがヤヴァイ。
「これもご主人様のためなのデス」「いや、やり過ぎだからね!?」
これは、そんな大変な毎日を送る羽目になってしまった後悔の話でもある‥‥‥いやまぁ、別に良いんだけどね(諦め)
小説家になろう様でも投稿しています。感想・ご指摘も受け付けますので、どうぞお楽しみに。
俺に王太子の側近なんて無理です!
クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。
そう、ここは剣と魔法の世界!
友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。
ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~
けろ
ファンタジー
【完結済み】
仕事に生きたベテランナース、異世界で10歳の少女に!?
過労で倒れた先に待っていたのは、魔法と剣、そして規格外の医療が交差する世界だった――。
救急救命の現場で十数年。ベテラン看護師の天木弓束(あまき ゆづか)は、人手不足と激務に心身をすり減らす毎日を送っていた。仕事に全てを捧げるあまり、プライベートは二の次。周囲からの期待もプレッシャーに感じながら、それでも人の命を救うことだけを使命としていた。
しかし、ある日、謎の少女を救えなかったショックで意識を失い、目覚めた場所は……中世ヨーロッパのような異世界の路地裏!? しかも、姿は10歳の少女に若返っていた。
記憶も曖昧なまま、絶望の淵に立たされた弓束。しかし、彼女が唯一失っていなかったもの――それは、現代日本で培った高度な医療知識と技術だった。
偶然出会った獣人冒険者の重度の骨折を、その知識で的確に応急処置したことで、弓束の運命は大きく動き出す。
彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。
「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」
強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。
「菌?感染症?何の話だ?」
滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級!
しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。
規格外の弟子と、人外の師匠。
二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。
これは、神のいない手術室で命と向き合い続けた一人の看護師が、新たな世界で自らの知識と魔法を武器に、再び「救う」ことの意味を見つけていく物語。
【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません
ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。
文化が違う? 慣れてます。
命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。
NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。
いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。
スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。
今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。
「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」
ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。
そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる