狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

文字の大きさ
157 / 405

156.楽しい時間はあっという間に過ぎて行き

しおりを挟む




 楽しい時間とは、どうしてこうもすぐに終わってしまうのだろう。
 一週間もあった旅程なのに、早くもあと一日しかなくなってしまった。

 上級魔獣狩りと、弟子の鍛錬と、自身の修行と。
 今回は余計でしかない雑味を入れないために、忌まわしき宿題も前倒しで片づけておいた。そう、過密極まりない撮影スケジュールの移動中などに、しっかりと済ませてきた。

 おかげで、こんなにも楽しいだけの一週間を過ごすことができた。

「明日帰るんだっけ? なんだか慌ただしかったな」

「そうだな。ずっと移動していた気がする」

 汗に濡れる上半身を晒して、裸で休憩しているアンゼルとガンドルフ。実はこの二人、一歳違いでアンゼルの方が年上らしい。見た目に寄らずガンドルフが若かったのだ。

 だが私は知っているぞ。
 私が寝た後、大人だけで飲みに行っただろ。リノキスも行っただろ。私が知らないとでも思っているのか? ……羨ましいし悔しいだけだから言わないけど。

「イヒッ、ヒヒヒッフハッ……、ざっと計算しただけで五億以上とか、フフフッ、笑いが止まらない……!」

 同じく休憩中のフレッサは、この一週間は主に金に眼が眩んでいたようで、不意に笑い声を上げるおかしな輩となっている。

 そうか、今回の稼ぎはざっと五億行ったのか。
 まあ、それくらいは行くだろう。
 高額魔獣を計画的に狩りながら行く旅行計画を立てていたので、元からそれくらいは稼げるだろうと予想していた。

 面倒なことは全部セドーニ商会に丸投げしているので、見積もりはまだ出ていないが。
 しかしどんなに安く買いたたかれても、貯金と合わせて四億は越えているだろう。

 つまり、これで武闘大会開催は決定である。
 あとは王様に任せよう。きっとすごい大会にしてくれるはずだ。

「お嬢様、そろそろ続きを」

 ん? ああ。

 リノキスを始め、弟子たちの体力も回復してきたようだ。――リノキスのやる気も充分である。鍛えがいがある。

「では再開しましょうか」




 この一週間、高速船の倉庫一室を借りて、そこを私たちの修行場として利用させてもらった。

 方々の浮島の宿で一泊、翌日には補給と荷下ろしを済ませた高速船で移動し、その間は修行。
 狩り修行狩り修行と、ほぼその繰り返しだった。奴らはこっそり飲みに行ったりしたようだがな!

 とても充実した時間を過ごせた。弟子どもは夜も充実していただろうけどな!

 武闘大会にも前向きで、裏社会に深く関わっているフレッサは派手な表舞台には立てないそうだが、彼女以外は参加する方向で考えているようだ。

 いろんな意味で意欲的なのはガンドルフで、それなりにやる気なアンゼルは賞金が欲しいようだ。
 路地裏の安酒場とは違う、もう少し高級志向の店も欲しいとかなんとか。扱う酒を増やしたいんだとか。賛成である。増やしてほしい。私はまだ飲めないが。あと飲みに行った件は忘れない。

 そしてリノキスは――思ったよりガンドルフたちの成長が早いので、少しばかり尻に火が点いている状態だ。
 リノキスは何くれと見ることができていたが、やや放置気味にしか面倒を見られなかったガンドルフらの腕の伸びは、目を見張るものがあった。それぞれかなり真剣に修行してきたのだろう。

 リノキス曰く「一番弟子として絶対に負けられない」と言っていた。やる気が高いのはその辺の負けられない理由があるからだろう。あと「お嬢様への愛を証明したい」とも言っていた。ちょっと何を言っているかよくわからなかったが、「あっそう」とだけ言っておいた。

 修行は、だいたい私との手合わせである。
 基本的な「氣」の修行は私がいなくてもできるので、ほぼ付きっきりの今しかできないことをやっている。

 今度はアンゼルからだ。

「――うん、いいわね」

 アンゼルの鉄パイプ術……まあ棒術と言った方がいいそれは、飾り気がなくて非常に良い。
 とかく相手を殴ることに焦点を置いた、コンパクトにしてシャープな振りが基本だ。変な大振りもしないし、奇をてらうようなこともしない。本当にシンプルに殴ることだけを考えている。

 結局こういうのが一番強かったりするのも、武の面白いところだ。
「氣」があれば、だいたい一撃入れば対人なら終わりである。一撃で終わらずとも、一撃入れたことから次に繋がることもある。

 アンゼルの場合は特に、仕留めると決めたら仕留めるまで攻撃をやめないケンカ慣れしたところがある。

 ――掘り出し物の逸材である。腕や技術は後からでも積めるが、思想や思考はそうもいかない。そういうのは実戦を重ねて培われていく。

 要するに、アンゼルは非常に武に向いた性質を持っているというわけだ。
 武闘家たるもの、時に非情になれないようでは、非情になれる相手と対峙した時に命を落とす可能性が高いから。

「……一発も当たらねぇ……」

「基礎能力が違うもの。――次!」

 数百以上の打ち込みをすべて回避した結果、今回もアンゼルの体力が尽きた。――「氣」の練りが甘いのだ。もっと早く動かねば当たらんぞ。

「お願いします!」

 次はガンドルフだ。

 彼に関しては、教えることがあまりない。武闘家として経験を積んでいるだけに、必要なものはすでに身に付けている。

 強いて言うなら――

「打つと決めたなら躊躇わない」

 彼は、棒立ちの私に拳を入れる時に、躊躇することがある。私の見た目が子供だから余計に遠慮する面もあるのだろうが、そんなことは私より強くなってからにしてほしい。

 アンゼルの攻撃はとことん避けているが、反対にガンドルフには何度も打たせている――「氣」の乗った技で誰かを殴る感覚を教えるために。こういうのは修行だけでは身につかないのだ。

 誰かを殴って、その時の感覚に迷ったり躊躇ったりしないように、確と憶えておいてほしい。
「氣」で殴るとこうなのだ、と。

 ――人を殺す威力で殴れば、こういう感触が残るのだと。

「ありがとうございました!」

「うん。――次」

 次は……フレッサか。

「よろしくね、リリー」

 笑顔で言う、と同時に針が飛んできた。

 ――相手をするなら、フレッサが一番面白かった。

 仕込んでいる暗器を使った、いわゆる暗殺術の使い手。
 いくら人が無防備でも、視覚が前を向いている以上、最も警戒している正面からでも素早く仕掛けてくるその腕前は、かなりレベルが高い。

 刃に毒でも仕込んである本職使用なら、私もひやりとする場面が何度かあった。まあ私は毒も「氣」で自浄できるが。

「もう暗器はないの? ネタ切れならもう勝ち目はないわ」

「あとは毒ガス系とか、そういう無差別になっちゃうからね」

 そうか。この一週間ですっかり出し切ったか。
 あとは自力が伸びれば、その分暗器の扱いも行かせそうだが――おっと危ない。

「腰紐代わりに仕込んだムチか。惜しかったわね」

 終わったと思わせてからの奇襲。まあ読みやすい不意打ちである。 

「……ほんっと自信なくすわぁ」

 何、私じゃなければ大抵の者なら殺れるさ。

「――次。リノキス」

「――はい」

 彼女との手合わせは、もう何度もやっている。
 身体能力をほぼ同等に落とし、殴り合う。彼女とやる時はいつもこれだ。

 実戦形式の中で鍛え、追い込み、追い込んで追い込んで、そこから突出するものを見出すのだ。
 それは発想かもしれないし、先読みかもしれない。あるいは相手の攻撃に対する返し技やカウンターかもしれない。

 人が追い込まれたその時に見せる「自分の中にない、しかし自分から生まれた新たな選択肢」は、時に自分の予想を大きく越えるものが出ることがある。

 元から基礎ができていたリノキスは、実戦経験だけが乏しかった。
 だからこそ、追い込まれた時に粘り強く生き抜くための修行を中心にやっている。

 それぞれ、どれほどの効果があるかはわからないが、このまま順調に伸びてほしいものである。

 ……一人でいいから、私を越えたりしないかなぁ。



 今度の出稼ぎは、拠点となる場所がなかった。
 強いて言えば高速船だったので、特に出会いがあったり、予定にないことがあったりもしなかった。弟子たちの抜け出し酒盛り事件くらいである。

 ――ちなみに今回の旅行も、アルトワール王国第二王子ヒエロ・アルトワールの呼び出しという理由で旅行に出た。

 まだ七歳である。
 護衛兼任の侍女が付いているにしても、さすがにただの旅行に単独で行かせられる年齢ではない。

 なので、冬と同じくヒエロに協力してもらった。王族の呼び出しで、という形で。
 一度だけ会って食事をして、それだけで別れたが。




 そんなこんなで、何事もなく一週間の出稼ぎ旅行が終わった。
 首尾は上々、最低限の目的は達成し、なんの憂いもなくアルトワールに帰ることができた。

 いや。
 何事もなく終わり、帰ろうとしていたのだが。








「――空賊だ! 空賊が出たぞ!!」

 六日目の夕方、突発的なイベントがやってきた。

 ほう? 空賊?

 なんとも楽しい夏の思い出になりそうである。



しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、ひょんなことで死亡した僕、シアンは異世界にいつの間にか転生していた。 とは言え、赤子からではなくある程度成長した肉体だったので、のんびり過ごすために自給自足の生活をしていたのだが、そんな生活の最中で、あるメイドゴーレムを拾った。 …‥‥でもね、なんだろうこのメイド、チートすぎるというか、スペックがヤヴァイ。 「これもご主人様のためなのデス」「いや、やり過ぎだからね!?」 これは、そんな大変な毎日を送る羽目になってしまった後悔の話でもある‥‥‥いやまぁ、別に良いんだけどね(諦め) 小説家になろう様でも投稿しています。感想・ご指摘も受け付けますので、どうぞお楽しみに。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~

けろ
ファンタジー
【完結済み】 仕事に生きたベテランナース、異世界で10歳の少女に!? 過労で倒れた先に待っていたのは、魔法と剣、そして規格外の医療が交差する世界だった――。 救急救命の現場で十数年。ベテラン看護師の天木弓束(あまき ゆづか)は、人手不足と激務に心身をすり減らす毎日を送っていた。仕事に全てを捧げるあまり、プライベートは二の次。周囲からの期待もプレッシャーに感じながら、それでも人の命を救うことだけを使命としていた。 しかし、ある日、謎の少女を救えなかったショックで意識を失い、目覚めた場所は……中世ヨーロッパのような異世界の路地裏!? しかも、姿は10歳の少女に若返っていた。 記憶も曖昧なまま、絶望の淵に立たされた弓束。しかし、彼女が唯一失っていなかったもの――それは、現代日本で培った高度な医療知識と技術だった。 偶然出会った獣人冒険者の重度の骨折を、その知識で的確に応急処置したことで、弓束の運命は大きく動き出す。 彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。 「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」 強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。 「菌?感染症?何の話だ?」 滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級! しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。 規格外の弟子と、人外の師匠。 二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。 これは、神のいない手術室で命と向き合い続けた一人の看護師が、新たな世界で自らの知識と魔法を武器に、再び「救う」ことの意味を見つけていく物語。

【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。 文化が違う? 慣れてます。 命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。 NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。 いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。 スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。 今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。 「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」 ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。 そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

処理中です...