狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

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157.奪われる理由はない、こちらが奪うだけ(ただし不殺で)

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「お嬢様、危険ですから部屋から出ないように…………いえ、もういいです」

 リノキスに「もういい」と言われたので、堂々と部屋の外から聞こえてきた興味深い声に誘われてみることにする。

 珍しくリノキスから許可が出たので、遠慮はしない。止めても無駄ということを早めに悟ってくれて手間が省けたというものだ。

 まあ、今の私は「リストン家の娘ニア」ではなく「冒険家リーノの弟子リリー」なので、多少の何かしらがあっても言い訳ができるというのも大きいのだろう。髪も黒くしているし、多少揉め事が起こっても早々バレやしない。

 それに、本当に本気で、色々と命の危機であるのは確かなのだ。
 これは間違いなく、出し惜しみない最大戦力で迎え打つべき案件である。遊ぶ余地はまったくない。

 私は何があってもどうにでもできるが、船に大砲を撃ち込まれて墜ちるようなことがあったら、かなりまずい。

 弟子や乗組員たちの命に関わるし、飛行皇国ヴァンドルージュ産の最新の高速船なんて、何億クラムする代物なのかわかったものじゃない。
 たとえ弁償や修理代を私が出す必要はなくとも、これまで好くサポートしてくれたセドーニ商会に損をさせるわけにはいかない。

 まあそんな理由もあったりなかったりするが。

 ――久しぶりに強めに・・・人を殴れそうで、正直わくわくしている。




 今日の修行は終わり、夕方。
 風呂で汗を流して、少し休憩していたところだった。

 二つほど浮島をはしごして狩りを終えた後の高速船は、宿を取る予定だった浮島に向かっていた。

 そんな時の空賊騒動だった。

「――ははあ、なるほど」

 リノキスと一緒に操舵室に向かうと、すでに弟子たちが来ていた。ついでに乗組員たちも指示を仰ぐために集まっていた。
 そんな彼らに合流し、深刻な顔をしたトルクと船長から状況を聞く。

「つまり減速した場所のすぐ近くに、運悪く空賊がいたんですか」

 リノキスの確認に、二人は頷く。

 ということは、なんだ、商船を狙うために待ち伏せしていた空賊の領域でタイミング悪く減速したら、そのまま捕まったと。

 この高速船の飛行速度は、そこらの飛行船とは比にならない。たとえ空賊に狙われたって追いつけるものではない。

 だが、発着時は別だ。
 爆風で一気に加速するこの船は、通常の飛行速度が遅い。そして加速が過ぎるおかげで、着陸する浮島の手前で大きく減速しなければならない。そうしないと通り過ぎたり島に突っ込んだりしてしまうから。

 で、今回も減速して着陸態勢に入ろうとした。
 そこを狙われた、と。

「正面、右舷と左舷に一隻ずつで計三隻います。進行方向を塞ぐように陣取っていますので、動かせません」

「リーノさんも知っていると思いますが、この船には武装がありませんから……」

 冬に飛行烏賊スカイスクイッドと遭遇した時に聞いた話だな。
 この船は速く飛ぶためだけに造られたので、武装は一切ない。

 狙われたら逃げる以外の選択肢がない。
 そして逃げ足は早いので、基本的には問題ないのだが。

 だが、今のように正面を塞がれてはどうしようもない、というのが現状だと。

「――おい、空賊の船が三隻だってよ」

「――いいわね、わくわくする。これからどうなるんだろ」

「――おまえら楽観的すぎるぞ……」

 なんか弟子たちのひそひそ話が聞こえるが。フレッサ、私もわくわくしている。

「向こうからの要求は?」

「まだありませんな。我々を逃がさないようゆっくり包囲網を詰めてきております」

 ふむ。ならば――

「もしや狙いはこの船そのもの、ですか?」
 
 うん。リノキスの意見に私も賛成だ。

 この船はまだまだ改良点と問題点を抱えた試作品だけに、同型は十隻もないだろう。つまりかなり珍しいものだ。

 どんな積み荷より、きっとこの船自体の価値の方が高い。
 おまけに今は、ついさっき私が狩った上級魔獣どもも乗っている。推定総額八千万クラムの身柄である。

 現状、どうしても船が欲しい空賊側としては、絶対に逃がさないよう慎重に仕事をしている最中だ、ということか。
 しくじらぬよう慎重にやっているなら、もう少しだけ時間はあるのかな。

「通常ならば、荷の何割かを渡す、金を払う、と言ったところで解決します。よほどのことがなければ人が死ぬようなことも、船を撃ち落とされることもありませんが……」

 トルクは眉を寄せる。

「今回はわからない。私が空賊なら、絶対にこの船を狙いますから」

 だよな。

 類を見ない魚型の飛行船で、空賊だってここまで来た速度を見ていたはずだ。
 誰も追いつけない夢の船である。空賊じゃなくたって欲しいだろう。

「――俺も船を狙うなぁ」

「――私も。超欲しい」

「――なあ……今更だが、なんでこんな鉄の塊が飛ぶんだ? おかしくないか?」

 ――ガンドルフとは気が合うな。

「それで、どうするつもりですか?」

「悩みどころです。通常ならリーノさんたちの安全を最優先して、荷でも金でも払うんですが、しかしこの船が狙いとなると……」

 ははあ、なるほど。
 金なら払うけど、そうじゃないから困っているのか。

 セドーニ商会ほどの大店となれば、もはや船の価値云々ではなく、信頼を失うことが問題なのだろう。
 この高速船の所有者はセドーニ商会ではなく、ヴァンドルージュの誰か、あるいは国の物なのだ。今は一時的に借りているとか、そんな感じか。

 信頼している相手から信頼の証として借りた、だから失うわけにはいかないのだ。
 
 ――ならば答えは一つだろう。




「殺りましょう、師匠」

「えっ」

「えっ」

「「えっ」」

 黙って聞いていた私がいよいよ発した一言に、全員が反応した。外の状況を観察している者も反応した。自然とここに集まってきていた乗組員たちも反応した。

「きっと奴らは思ってますよ、運良く極上の獲物が向こうから罠にハマッた、と。だから遠慮なく食らってやろうと。

 でもここに師匠がいるんだから、むしろ逆でしょう。

 空賊どもを皆殺しにして、船も荷も貯めている財宝も、何もかも奪い取ってやりましょう。そして皆で山分けすればいいんです。ちょっとした収入にちょうどいいじゃないですか。むしろ私たちの方が運がいい」

 悪党をひねって皆に感謝されて金まで貰えるなら、やらない理由もない。

「いや、おじょ……リリー、ちょっと待って」

「は?」

 戸惑う冒険家リーノを、この状況では一番堂々としていてほしい立場の師匠・・を見据える。

「何を待つの? 最初から戦わないって手はないでしょ。そもそも敵は待たないし、これだけ世話になっているセドーニ商会に迷惑は掛けられない。
 第一、たかが賊に負けるような鍛え方、してないでしょ? 何を躊躇うの? それともここで寝て待ってる方がいいの?」

 …………

「――やりましょう!」

 そうだろう、そうだろう。答えはそれしかないだろう。

 まさかの交戦宣言に、はらはらと状況を伺っていた乗組員たちが湧いた。そうだろう、そうだろう。誰が脅されて大人しく荷や金を払いたいものか。誰だってこんな理不尽は受け入れがたいはずだ。

「――面白れぇな。あいつ完全に殺る気だぜ」

「――やだかっこいい……惚れちゃいそう……」

「――師匠……!」

 弟子たちも殺る気充分のようだ。




「でもお嬢様、後々が大変なので殺しは遠慮してくださいね」

 後からこそっとリノキスに囁かれたそれには、不承不承ながら頷いておいた。

 ――チッ、仕方ないか。この件も後始末を任せるだろうセドーニ商会に迷惑は掛けたくないからな。



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