狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

文字の大きさ
171 / 405

170.小学部三年生と小学部五年生の春だから

しおりを挟む




 春休みを経て、小学部三年生に進級した。
 今度の休みも「撮影で忙しかった」という記憶しか残らなかったが、もういつものことなので気にしない。もちろんベンデリオは許さないが。

 リストン領から王都に戻り、新学期まであと二日を残した今日、新しく作った制服を受け取りにいく前に、セドーニ商会へ向かう。

「色々と動いていたんだな、ニアは」

 兄ニールと一緒に。




 春休みに入る直前に、セドーニ商会にこぼしたウィングロードの相談は、かなりのトントン拍子で話がまとまった。
 正直こんなに早くまとめる気はなかったのだが、まとまった。まとまってしまった。

 というのも、セドーニ商会の会頭マルジュ・セドーニ自身も、ウィングロード用品の輸入・普及を考えていたからだ。

 なんでも、まとまった数の飛行船技師を確保することができたので、それを活かす事業はないかと考えた末に出た答えが、ウィングロードだったらしい。
 あまり表に出せない人材だそうで、しかし遊ばせておくには惜しいので、何かないかと技師たちとも話し合っていたとか。
 ――その技師たちの出所を私は知っている気がするが、あえて言う必要も聞く必要もないだろう。

 そんな折に、私も同じ内容の相談事を持ってきた、というわけだ。

 あまり宛てにされると困るが、私が協力するなら、リストン領の魔法映像マジックビジョンのチャンネル枠で取り上げてくれるのではないか、という期待もあるようだが。
 それを抜きにしても、マルジュから見れば、かなりタイミングがよかったらしい。

 まだまだ半年以上先の話である王国武闘大会のおかげで、今アルトワールは空前の観光客ブームが来ている。
 有名な冒険家や武闘家、まだ見ぬ強者が世界各国から集まってきているという噂が、いろんな層の来客を呼び込んでいるらしい。
 もちろん武闘大会まで滞在しようという富豪も少なくないようで、今この国には毎日大金が落ちているとか。

 そんな世界各国が注目を向けているなら、当然魔法映像マジックビジョンの注目度も高い。
 この状態でウィングロードを取り上げようものなら、一気に人気に火が点く可能性も、あるとかないとか。

 実際どうなるかはやってみないとわからないが――ただ、私が相談する前から、マルジュはすでに動いていた。

 王国武闘大会当日には、ウィングロードの種目の一つ「フォーメーション」で、大会を盛り上げる編隊飛行をしたいと考えていて、そのための裏工作を始めるところだったらしい。

 そして春休み。
 ウィングロードのことをそれとなく両親に話してみたら、多くを問わず「ニアがそうしたいなら構わない」と言われた。

 これまで(ベンデリオ以外には)文句も言わないでずっとリストン領のために働いてきたニアのためなら、できる限りの融通はする、と。
 休みのたびに身を粉にするように激務に応じる子供が、初めて望んだことだから、できる限り要望を叶えてやりたい、と。

 ニア・リストンの身代わり・・・・として仕事をしている私には過ぎた言葉だとは思うが、将来的にリストン領に莫大な利益をもたらすであろうことを考えて、今は両親の厚意を受け取ることにした。

「――私も参加したいんだが」

 予想外だったのは、兄ニールまで乗り気になったことだが。




 兄と、それぞれの侍女付きで共にセドーニ商会を訪ねると、一切待たされることなく応接室に通された。
 今日訪ねることは、春休みに入る前から約束していたので、スムーズである。

「ようこそ、ニール様。ニアお嬢様」

 兄が来ることも事前に手紙で伝えてあるので、部屋に入って椅子に座る前に、駆けるようにやってきた会頭マルジュの挨拶も実にスムーズである。

「私はセドーニ商会代表のマルジュ・セドーニと申します」

「ご丁寧にありがとうございます。私はリストン家長男ニール・リストンです」

 初対面同士の簡単な自己紹介を経て、話はすぐに本題に入った。

「問い合わせてみたのですが、やはり子供用の単船というのものはありませんでした」

 そうか。
 前に来た時に、私でも乗れるウィングロード用の単船はないか探してみてくれ、と頼んでおいたのだが。

 その時にもマルジュに言われた通り、子供用は存在しないようだ。

「元が高額なだけに、オーダーメイドとなると、下手をしたら五千万以上はするかもしれません」

 五千万クラムか。
 確か、普通に買うなら一台最低二千万クラムで、上はこだわるだけ際限なく値が上がっていくと聞いている。

 一般人がおいそれと出せる金額ではない。
 だからこそ、シャールは自分で部品を一つずつ購入して、少しずつ完成させるという方法で手に入れようとしているのだが。

「お金はともかく、時間が惜しいわね」

「そうですな」

 いくら武に長けた私とて、単船の運転などしたことがないので、すぐに乗りこなせるとは思っていない。
 まあ身体を使うことならすぐに慣れるとは思うが、それでも練習時間は必須である。

「元々ウィングロード用の単船は、一般の物より小さいのです。より速度を出すために、体重が軽い騎手の方が向いているとされています。
 ニアお嬢様はまだ難しいと思いますが、しかしニール様なら乗れるかもしれませんね」

 お、兄は乗れるのか。満十歳の兄は。すくすく育っているからな。

「取り寄せました?」

「ええ。試しに二台ほど。いつでも乗れるよう整備も万全です」

 ほう、万全とな。
 そう言われてしまうと、この後の流れは決まってくるというものだ。




「ニア」

「何?」

「さっき五千万クラムがどうでもいいみたいな言い方したけど、どうなっているんだ?」

 え? ああ……うん。さっき「金より時間が惜しい」みたいなぞんざいな返事をしたから、兄はひっかかったようだ。
 その通りどうでもいいと思っていた、とは言えないが。五千万くらい数日あれば余裕で稼げる、なんて言えるはずもないが。

 ――街中で単船には乗れないので、私たちはセドーニ商会の馬車に乗り、港へ向かうことになった。

 ウィングロード用の単船は、港の倉庫にあるらしい。
 そしてその付近なら、単船の制限はないそうだ。セドーニ商会の所有する土地だから。豪商である。

 マルジュと部下数名、そしてリストン家の者で二台に別れて、外国からの客人が多い道をゆっくり進んでいく。
 そんな中、並んで座っている兄が言ったのだ。「どうなってるんだ?」と。

 ちなみに向かいにはリノキスとリネットが並んで座っている。
 そして二人は「お嬢様なら五千万なんてはした金、数日で稼ぐでしょ」とでも思っているはずだ。

「どうもこうも、金銭感覚がよくわからないのよ。私は現金を持ったこともないから」

「えっ。……買い物はしないのか?」

「必要だと言えばリノキスが買ってくるから。私が自分で買い物をしたことはないわね」

「趣味は? 雑貨を買ったりはしないのか?」

「撮影で忙しいから、時間を取る趣味は無理よ。雑貨選びも時間が掛かるし。もう病気になりたくないから身体だけは鍛えているけれど」

「……」

 兄は絶句してしまった。
 どうやら、私の生活が思っていた以上に忙しなかったことを、今知ったのだろう。

「そんな顔しないで。好きでやっている面も多いから、特に苦はないのよ。本当に。慣れの問題もあるしね。
 それに何より、私は前借り・・・がとても多いから。その借りを返しているだけ」

 そう言いながら、そういえばリストン領の財政はどうなっているのだろうと、ふと考える。

 できるだけ家に金銭的負担を掛けないように、ウィングロードに着手していかないと。――また出稼ぎが必要になるかもしれないな。

「……父上と母上がどうしてこんなにすんなり話を飲んだのか、ようやくわかった気がする」

 ん?

「私が遊んだり剣術に没頭したりしている頃、ニアは働いていたんだったな。お二人はそれをちゃんと理解していた。
 私もわかっていたはいたが……いや、わかったつもりになっていたのかな。毎回の長期休暇で帰省した時、ニアがどんな休みの過ごし方をしていたか知っていたはずなのに。気遣うことさえできていなかった。
 浅慮な兄を許してほしい」

 …………

「私は、そう思ってくれるお兄様を誇りに思います」

 考えすぎだろう。子供なんて毎日遊んで趣味に没頭して少し勉強して……そんなものでいいのだ。兄は子供なのに大人すぎる。

「さっきも言ったように、好きでやっていることです。だから私のことは放っておいていいのよ」

「そうもいかないだろう。まさか妹が買い物さえしたことがないと言われては、放っておくことはできない」

 え、そう?

「じゃあ私と一緒に魔法映像マジックビジョンに出てくれる?」

 兄の美貌があれば、押され気味の退屈なリストン領のチャンネルに花も添えられるし、ひいてはウィングロードの普及活動にも役立つに違いない。

 おお、兄が参加するこんなにも利点が!

「それは考えさせてくれ」

 一気に広がった夢が、一瞬で儚く消えた。

 うん。
 ずっと前にもそう言われて、今日までずっと待っていた気がするがね。
 それはもう兄流の断り文句だよな?

 いいんだよ。子供は毎日しっかり遊びなさい。

 そう、兄は大漁祭りの時のように、もしもの時に私の代わりに出てくれるくらいで充分である。




 楽しそうに単船でかっ飛ばす兄は、大人びた面を持つ貴人の子供ではなく、普通の子供のようで可愛かった。

 うん、やはり子供はこんなものでいいと思う。



しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、ひょんなことで死亡した僕、シアンは異世界にいつの間にか転生していた。 とは言え、赤子からではなくある程度成長した肉体だったので、のんびり過ごすために自給自足の生活をしていたのだが、そんな生活の最中で、あるメイドゴーレムを拾った。 …‥‥でもね、なんだろうこのメイド、チートすぎるというか、スペックがヤヴァイ。 「これもご主人様のためなのデス」「いや、やり過ぎだからね!?」 これは、そんな大変な毎日を送る羽目になってしまった後悔の話でもある‥‥‥いやまぁ、別に良いんだけどね(諦め) 小説家になろう様でも投稿しています。感想・ご指摘も受け付けますので、どうぞお楽しみに。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~

けろ
ファンタジー
【完結済み】 仕事に生きたベテランナース、異世界で10歳の少女に!? 過労で倒れた先に待っていたのは、魔法と剣、そして規格外の医療が交差する世界だった――。 救急救命の現場で十数年。ベテラン看護師の天木弓束(あまき ゆづか)は、人手不足と激務に心身をすり減らす毎日を送っていた。仕事に全てを捧げるあまり、プライベートは二の次。周囲からの期待もプレッシャーに感じながら、それでも人の命を救うことだけを使命としていた。 しかし、ある日、謎の少女を救えなかったショックで意識を失い、目覚めた場所は……中世ヨーロッパのような異世界の路地裏!? しかも、姿は10歳の少女に若返っていた。 記憶も曖昧なまま、絶望の淵に立たされた弓束。しかし、彼女が唯一失っていなかったもの――それは、現代日本で培った高度な医療知識と技術だった。 偶然出会った獣人冒険者の重度の骨折を、その知識で的確に応急処置したことで、弓束の運命は大きく動き出す。 彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。 「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」 強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。 「菌?感染症?何の話だ?」 滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級! しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。 規格外の弟子と、人外の師匠。 二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。 これは、神のいない手術室で命と向き合い続けた一人の看護師が、新たな世界で自らの知識と魔法を武器に、再び「救う」ことの意味を見つけていく物語。

【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。 文化が違う? 慣れてます。 命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。 NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。 いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。 スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。 今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。 「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」 ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。 そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

処理中です...