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202.地獄へ届けたい、この重い
しおりを挟む「――待て! ま、待て! 待ってくれ! ……待ってくださいお願いします!」
なんだ。面倒臭いな。
「止めても行くわよ」
真正面から堂々と砦を抜けようとする私とリノキスを追いすがってきたのは、今や砂埃で汚れた軍服をまとい、鼻血をハンカチで押さえている、砦の責任者イルグ・ストーン副隊長だった。
まあ、根性は認めたい。
リノキスは、突然始まった乱闘にて、襲い来る砦の機士や兵士たちを結構強めに殴り飛ばしていた。
意識こそ残れど、すぐに立ち上がれる者などいないと思ったのだが。
責任感からか、それとも案外タフなのか、このイルグ副隊長は足に来ている身体で私たちを追ってきた。
――それに、彼ではないが、機兵から降りて掛かってきたのも評価したい。
あれはきっと機兵乗りのプライドなのだろう。
機兵は、あくまでも人を守るための武装である。それは越えてはならない彼らの一線なのだろう。
まあ機兵に乗って掛かってきたら私が潰していたが。
そういう意味では運が良かったのだろう。全壊しなくてよかったな。
「つ、強いのはよくわかった! だからちょっと待ってください!」
リノキスが再び拳を握るのを見て、イルグは待てと手で制し、激しく首を振る。
「私も同行させてほしいのだ! その……止められないのは重々わかったが、しかし見過ごすわけにもいかない! だからせめて見届けさせてほしい!」
見届け……なるほど。本当に真面目だな。
「私たちが死んだら、それを報告しないといけないものね」
「それもある。虫は強い。きっとおまえたちの想像以上に」
イルグ副隊長は、私たちが向かおうとしていた、裏に抜ける……いや、砦の真正面に抜ける、重く大きな扉を見やる。
「あの先は地獄だぞ。覚悟はできているんだろうな?」
「あなたこそ覚悟はできているのですか?」
リノキスの瞳がすっと細くなる。
「まだ止める気なの?」
「い、いやいや! もう止めません! しかし私の同行を許していただきたく!」
……あれ?
彼、私よりリノキスの方を怖がってない?
…………
まあそれはそうか。
私は、さっきの彼らのケンカに手を出してないからな。単純にリノキスの強さが証明されただけだもんな。
「お嬢様、どうしましょう?」
「道案内と虫の情報もほしいから、一人くらい機士がいてもいいんじゃない?」
「――だそうです。一緒に来るなら準備を急いでください。私たちは待ちません」
「わ、わかりました!」
リノキスの言葉を聞き、イルグは喜び勇んで走っていった。
「意外と真面目そうね」
「そうですね。私としては嫌な奴らであってほしかったですよ。遠慮なく殴れないですから」
……ついさっき遠慮なく殴っていたように見えたが。
まあ、そういうことにしておこう。
「――なるほど」
これはこれは。
なかなか。
「弟子の修行にちょうどよさそうね」
胸焼けがするような甘ったるい臭いが、地面に沁みついているようだ。きっと蟻の体液の臭いだろう。
この辺は、かつては森だったようだ。
だが何度も激戦を繰り返したらしく、すでに緑が消え、地面が剥き出しになっている。
彼方に、人の手では何年もかかりそうな大きな壁が見える。
あれもまた機兵の力で作ったのだろう。
あえて、砦の正面に当たる一ヵ所だけ、通り道を空けておく。蟻の進入路があまり分散しないように。
そこらに切れ端のように散らばっている、黒い外殻に触れてみる。
イルグ副隊長の話では、蟻の外皮だそうだ。
――結構硬度が高い。
この殻から察するに、大きさは、立ち上がれば大人と同じくらいだろうか。腰から胸までありそうだ。
なるほど、人間からすれば強そうである。
この外殻となると、生半可な攻撃は通らないだろう。一匹でも大変そうだ。四、五匹以上が一度に出てきたら、二流所ではひとたまりもない。
「どう? リノキス、この外殻はやぶれそう?」
「『雷音』なら……でもまともに外殻を狙う必要はありませんよね?」
うん。
「勝つだけなら、身体の節目とかつなぎ目とか、そういう弱点を狙うのがいいわね」
「勝つだけなら、ですか……」
そう、勝つだけなら。
「今日は自重しないって決めているから、私がやるわ。あなたはイルグ副隊長と下がって見ていなさい」
「本気を出すんですか? お嬢様の本気は、あの蟹以来ですね」
ははは。
あの時は、実力の半分も出してないがね。
「わかりました。――副隊長、下がってください」
少し離れた後方にいる、機兵で付いてきているイルグ副隊長を、リノキスは身振り手振りで下がらせる。
機兵同士で通信はできるらしいが、機兵の中は密閉されているので、外との直接的な対話はちょっとしづらいのだそうだ。
二人が充分下がっていることを確認し、前を向く。
――頬が緩むのが止まらない。
居よる居よる。
ざっと二百を超える虫どもがうじゃうじゃしておる。
地中だな。
最深部には少し距離があるか?
いや、この程度なら問題ない。
「リノキス、よく見ておきなさい! これがそこそこの技よ!」
右足を上げる。
「柔氣」と「重氣」と「獣氣」を込める。
たらふくの「氣」を食わせ、地面を――踏む。
大砲の弾より重い足が、地面を揺らす。
柔らかな重さは獣のように地を這い、地面の中を食い破る。
音さえも地中に落とす破壊の力。
鈍い衝撃音の、見た目は地味な技だが。
しかし今、確かに、この一帯の大地が揺れた。
――「氣拳・拾震」。
本来は「直接踏む技」だが、地の獄に籠る者どもをあぶり出すには丁度いい。
がさがさがさがさ
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がさがさがさがさ
すっかり枯れた森が騒ぎ出す。
突然の攻撃に驚いた蟻たちが騒ぎ、蠢き、地中に出てくる音。
どこからともなく現れた黒点が、あっという間に群れを成し、黒い波となって押し寄せる。
数はまあまあだ。
だが如何せん弱いなぁ。
「――悪いが鬱憤晴らしだ。付き合え」
一番先に向かってきた蟻は、私が触れた瞬間、粉々になった。
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