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203.引き上げた先でまたしても
しおりを挟む「――はい、おしまい」
虫に感情はない、と聞いたことはあったが、本当なのかもしれない。
あれだけ先行していた蟻どもが、まばたきより早く死んでいくのに、それでも後続は怯むことなく私に向かって来た。
最後の一匹まで、逃げることも避けることもなく。
「吊氣」で私の方向へ導きはしたが、あれはあくまでも導くだけで、そんな強制力はない。
……まあいい。
数だけは多かったから、少しだけ楽しかったしな。
「お疲れ様です、お嬢様」
別に疲れるほどのものでもなかったが。あっという間に終わったし。
「数、どれくらいいた?」
「さあ……正直、数える早さより、木っ端みじんになる早さの方が上でしたから」
そうか。
私も三百くらいまではなんとなく数えていたが、暴力に夢中になってしまったから、それ以上は数えていない。
「――な、なんなんだおまえは!?」
あ、イルグ副隊長が機兵から降りてきた。
「こんな……嘘だろ!? 何をしたらこんなことになるんだ!?」
何をと言われてもなぁ。目の前で見ていただろうに。
「普通に殴ったり蹴ったり?」
「普通はこうはならん!」
「お嬢様、それは私も同感です」
そう言われてもなぁ。
――振り返ると、私の前方一面は、蟻の外殻だったものと体液で埋め尽くされていた。まあ簡単に言えば私が全滅させた蟻どもがカーペットになっていた。
派手にやったとは思う。
でも、見た目は派手だが、大したことはしていない。弱かったし。
「副隊長」
「な、なんだ!?」
「最初の一撃で一番の大物……たぶん女王蟻は殺した。あとその周辺にいた蟻も」
あの辺は一番強い個体だった気がする。普通の蟻と比べれば、だが。
そいつらは初撃で潰した。
だから蟻たちは一斉に攻撃に出てきたのだ。
自分たちの女王を潰した者を殺しに。怒り狂って。
……あれ?
ということは、虫に感情はあるのか? それともそういう習性でもあるのだろうか?
「最初の一撃? ……どれ?」
あ、「氣拳・拾震」が地味だからわからなかったか。
あれは「ちゃんと踏めば」、それなりに派手さもあるんだけどな。まあそれでも地味だが。
「踏んだやつですね。あの量の『氣』は……お嬢様って強すぎませんか?」
そう言ってるじゃないか。前からずっと。いいかげん信じろ。……どうせ信じないからもう言わないけどな!
「とにかく、今日のこれでだいたいの蟻は片付いたわ。今の内に卵を処理すれば、少なくとも蟻は片付くんじゃないかしら」
これから寒くなると、虫の動きが止まるらしいからな。
絶滅させるなら、これからの処理が大事となるはず。
――あ、まずい。
「言っておくけど、私の師匠は彼女よ。私は彼女の弟子なの。彼女の方が強いからね」
「なっ!? ……や、やはりそうでしたか……!」
「……ええ、まあ」
さすがのリノキスも、壊滅した蟻の前でそんなことを言われては、複雑なようだが。
でも私は、あくまでもリノキスの弟子で今鍛えている最中である、という形が必要なのである。面倒事を避けるためにも。
「……ん? でも見てなさいとかなんとか言ってたような……」
「ここの後始末、任せていい?」
余計なことを考えだしたので、違うことを考えさせることにする。
「後始末……ああ、そうか。さすがに数が……」
うん。
少量なら土に還るが、放置するには量が多すぎる。
土に還る前に違う虫が湧くだろう。
それに、だ。
「魔石、回収するでしょ?」
魔石は、なぜだか強い生物に宿る、魔力に近いエネルギーを含んだ石である。どういう原理でそうなるのかはわからない。
魔力の強い人間にも宿ることがあるそうだが、それはかなり稀なケースであるそうだ。
割と細かく吹き飛ばした蟻の残骸の中、所々にはっきり魔石が露出しているのが見える。貴重な資源なので回収しない手はない。
「そりゃするが、しかしこの数となると……」
「いるじゃない。やってくれる人たちは」
「砦の者か? しかしおまえの師匠が殴……いえなんでも。皆、その、しばらく休憩中だから……」
そうか。……いや、
「いるじゃない。私たちの連れてきた裸の男たちが」
来る途中でひっ捕らえてきた盗賊たちがいるじゃないか。奴らにやらせればいい。
「かわいそうなくらい怖がってましたね」
うーん。
「私ってそんなに怖い?」
誰に怖がられても別にいいが。
でも、子供に怖がられて嫌われると、ちょっと傷つきそうだなぁ。
「怖くないです。かわいいです」
ああそう。……可愛いじゃなくて尊敬をしろ! 尊敬を!! 師匠を!! 師匠に可愛いってなんだ!!
内心の怒号は表に出さぬまま、盗賊たちの作業を見守る。
――盗賊たちにお願いしたら二つ返事で、というか言葉もなく頷き、すぐに作業に掛かってくれた。
まあ、蟻たちの残骸を見て卒倒する者が何人かいたが。
でも大丈夫、私は寝かせるのは得意だが、起こすのも得意だ。すぐに「氣」を当てて起こしてやった。
皆、なぜ盗賊なんてしていたのかわからないくらい従順で働き者である。泣くほど働くのが好きか。そうかそうか。ならまともに暮らせばよかったものを。
「お嬢様、これからどうします?」
「次に……行きたいけど、ちょっと無理そうね」
まだ空は明るいが、陽が傾きかけている。
そろそろマーベリア王都へ移動を開始しないと、夜までに帰れないだろう。
「ちゃっと行って速攻でささっと片づけて帰るのは?」
ちゃっと? ……うん、それも悪くはないが。
「それより、リビセィルに頭を下げさせましょうか」
「はい?」
「次の虫討伐作戦、私たちに同行するよう向こうに頼ませるの。それで許してもいい気がして来たわ。――ちょっと想定外もあったしね」
と、私は盗賊たちの指揮を執るイルグ副隊長を見る。
「機士は腐っていなかった。
何百年も命懸けで戦ってきた彼らの誇りを、戦いに命を散らした先人たちの誇りを、私の一日に足らない短時間で踏みにじってやろうと思っていたけど。
でも、その気持ちはなくなった。
誇り高い戦士には、誇りをもって応えたい。形は違うけどお互い武人だからね」
リビセィルはアレだが。完全にアレだが。
でもイルグ副隊長は嫌いじゃない。そして砦の機士たちも。
「……そうですね。彼らの誇りを踏みにじっても、たぶんすっきりはしないでしょうから」
うん、私もそう思う。
まったく。あれもこれもそれもこれもすべてリビセィルが悪いのだ。部下に感謝しろと言ってやりたいくらいだ。
「――帰りましょう。どうせまた、ここに来ることになるわ」
これからの蟻の巣掃討戦を考えると、人手は欲しい。
そう言ったイルグ副隊長に盗賊たちを預け、私とリノキス、そして運転手のソーベルで南西方面を回る帰り道を行く。
「――ぎゃあああああああ!」
「――いやだぁ! いやだぁ! 来るなぁ!!」
「――うそだうそだうそだうそだうそだうそだ……」
帰り道でも盗賊を捕まえたり。
賞金の掛かっている魔獣を何頭も仕留めたり。
夕陽に染まるマーベリアの霊峰キンゼリンの絶景に目を奪われたり。
大型単船の荷台にたくさんの土産を積み上げて、少し遅い夜に、マーベリア王都へ帰還したのだった。
「――ニア・リストン! 強盗と恐喝と殺人未遂で逮捕する!!」
そして私は逮捕された。
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