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209.交渉が成立し、思い知った
しおりを挟む「ふざけるな! そんなことが許されるわけがない!」
「マーベリアの王族をなんだと心得る!」
外野の年寄りどもがうるさいが、それらを締め出すように、私と王様は見詰め合っている。
「ふうむ……」
私への非難が飛ぶ最中、私の提案に驚いて止まっていたヒゲを触る手がまた動き出した。これはたぶん、考えている時の王様の癖なんだろう。
周囲が静かになるのを待って、王様はゆったりと口を開く。
「くれ、とは、どういう意味かね? 結婚したいのかね? それとも君の望む相手に嫁がせるという意味かね? はたまたそれらとは違う意味かのう?」
「まだ考えてません。でも私の物になるんだから説明は必要ないでしょう?」
正直、私には一国の王女に付ける値段など、まったく想像がつかない。
王位継承権があれば、三百億では安いんだろうけど。でもシィルレーンは四女という話だからな。本当に高いんだか安いんだか。
「王よ! こんな話、飲めるわけがないぞ!」
「まったくだ! 考える余地さえない!」
「こんな提案、即時拒否しなければ王族の権威が落ちますぞ!」
――本当にうるさい年寄りどもだ。
「あなた方の首でもいいわよ!」
「「……!」」
私は一喝した。いい加減してやった。
「あなた方の首一つに百億ずつ! 王に忠誠を誓う忠臣であるなら、王族の代わりにその首を捧げなさい! できないなら王族が身を切る様を黙って見てなさい!」
…………
よし、静かになった。
金も出さない、首も差し出す覚悟もないなら、口も出すなと言うのだ。
「――父上」
王様がまた長考に入ったからか、焦れたのか、それとも――本人が言い出すのを待っていたのか。
「私はニア・リストンの元へ行きます」
シィルレーンは心を決め、自ら進言した。
そう、すでに選択肢はない。
脅威は目の前に迫っていて、確実に勝利を得るために頼れるのは私だけ。これはもう交渉ではない、私が動く理由を探すだけの話し合いに過ぎない。
そして、絶対的に有利にある私が提案したことなら、彼らは飲むしかないのだ。
あとは決断を下すだけ。
彼らは「どう決断を下すのか」を選ぶことしかできない。
その上で、王に命じられるのと、自ら歩み出るのでは、本当に意味が違う。
シィルレーンの判断は間違っていない。
もし王に命じられたら、王族としても娘としても、捨てられたも同然になってしまうから。
「私の身に三百億クラム。政治的にも人間的にも、私にそこまでの価値はありません。が、ニア・リストンは破格の値を付けました。
三百億の値が付いたと言われれば、私は納得できます。三百億なら自ら行けます」
「――ふむ」
シィルレーンの毅然とした態度に、王様は一つ頷いた。
「安いな。三百億では渡せんよ」
と、彼は手を広げて見せた。
「五百億じゃ。そこまで出すなら応じようではないか」
…………
その姿勢は父親としての誇りか、娘への気遣いか。
いや、違う。
通じたのかもしれない。
落としどころが必要だ、という私の意思が。
ならば、たとえ金銭のかたにシィルレーンが取られたとしても、そこまで非道かつ非人道的な扱いは受けないと。
そして、私がそれに難癖をつけることはない、ということも。
「いいでしょう。五百億でシィルレーン様を貰います」
これで手打ちだ。
ようやく話がまとまった。
まったく、私に頭を使わせるなと言うのだ。
「――シィル、同行しなさい」
これで用事は済んだ、ここにいる理由もない。
私は立ち上がり、私の物になったシィルレーンに命じた。
「あなたの住む国に巣食う、害虫を駆除しに行くわ。一緒に来なさい」
――正直、王様から現状を聞いてから、頭の中は虫のことでいっぱいだった。
マーベリアの記録にない虫。
蟻や蛾を追い出した、虫たちの頂点、一番奥に縄張りを張っているであろう未知の虫は、虫の中では一番強い存在のはず。
蟻は、数ばかりで歯ごたえがなかった。
蛾も戦いづらいだけで似たようなものだろう。
しかし、その奥にいる存在は、違うかもしれない。
もしかしたら、私の想像も及ばない、とんでもない者がいるかもしれない。
楽しみで仕方ない。
ここで老人たちを締めあげて遊ぶより、きっと楽しいはずだ。
「――そうだ。王様」
出ていく寸前で、私は王様と年寄りたちを振り返る。
「私の侍女と子供たちを人質に取らなかったことは、正解です。やっていたら…………まあいいか。失礼します。またお会いましょう」
――もしやっていたら、それを命じた王様か、年寄りの誰かか。
とにかく、誰であっても、その場で殺していただろう。
「――いやあ、やばかったですねぇ」
応接室を出ていったニア・リストンとシィルレーン、そして慌てて付いていったイルグ副隊長。
その殿にいたアカシは、いつもの人を馬鹿にしたようなへらへらした顔で、年寄りたちを振り返る。
「私が侍女と子供たちを匿ってなければ、人質に取ってましたよねぇ? いやぁ、どなたか知りませんが命拾いしましたねぇ? あれはニアちゃん殺す気でしたよぉ?」
アカシが動いたのは、ニア・リストンが逮捕されたと聞いて、取調室に乗り込んだ直後だ。
ニア・リストンの忠告を素直に聞き、これ以上何かあってはまずいと、すぐに侍女と子供たちを保護して不忍の隠れ家に密かに匿ったのだ。
蟻の壊滅の報から、ニア・リストンに協力を要請する話は出ていたが。
更に、虫の新たな動きの続報が入り、ニア・リストンに協力させることが確定事項となった。
その直後である。
誰が命じたかはわからないが、ニア・リストンの関係者である侍女と子供を押さえようとする動きは、確かにあったのだ。
結局、侍女と子供たちというニア・リストンのウィークポイントが確保できないまま、この交渉の場が開かれたのだが……
結果的に、確保できなくてよかったのである。
年寄りたちがそれを心底思い知るのは、昼すぎ。
虫壊滅の報告を持って帰ってきた、ニア・リストンの信じがたい戦果を聞いてからである。
何せ、敵も味方も入り乱れる戦場となっていた場に乗り込んだ彼女は。
「――仕分けが面倒臭いからついでにやるね?」
そんな言葉を漏らすと、虫の対処をしている機兵もろとも、全ての虫を力でねじ伏せたそうだ。
砦に送った機兵たちが帰ってきた。
すべてが全壊か、ほぼ全壊というひどい有様で。
長年手を煩わせていた虫たちの壊滅という朗報と。
マーベリアが誇る機士団も、機兵も、ほぼ全滅という悲報と。
その両方をやってのけたというニア・リストンという存在に、マーベリア王国の中枢がようやく思い知った。
――ニア・リストンを怒らせた、という重大な問題が今もまだ継続していることを。
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