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210.リビセィル、戦場にて
しおりを挟む「……とんでもないことをした……」
虫の報告を聞いて一足早く砦に向かっていた第一王子リビセィルは、心底思い知った。
ニア・リストンを怒らせた。
それがどういう意味を持つのか、ようやく思い知った。
リビセィルは、副隊長イルグ・ストーンによる蟻殲滅の報を受けてニア・リストンに接触しようとした後、一緒に王都に帰ってきていた精鋭たちと単船に乗り込んだ。
蟻がいなくなることで、他の虫が動きがあるかもしれない。
そんな予感から、すぐに王都を発ったのだが――
その判断は正解だった。
東の砦に到着した頃には、すでに虫たちとの戦闘が始まっていた。
明け方、彼方から差し込む光は夕陽のように赤かった。
夕闇での戦闘じゃなくて幸運だったと思う。
照らされた戦場は、乱戦の様相を呈していた。
基本的に蟻を想定した陣形や武装、戦い方しか知らない者ばかりなので、蛾や他の虫たちが入り乱れることで、完全に統率を失ってしまっていた。
「――私が指揮を執る! 魔犬機士団、戦闘準備!」
一緒に来た精鋭たちに号令を出し、機兵に乗り込んでいく。
一目見た瞬間から、戦局は絶望的だとわかっていた。
思わず、妹のクランオールを連れて来なくてよかったと、思ってしまうくらいに。
空を舞う蛾だけでも苦戦するのに、今は見たことのない虫さえ存在している。よく見ると、一匹で機兵一機と渡り合うほどの強さを持っている虫もいる。
そんな虫がそこかしこに見られるのだ――もはや勝ち目はないと、すぐにわかってしまった。
しかし、道を開けるわけにはいかない。
もしこいつらがマーベリア大陸中に、王都に辿り着いたら……
一日でマーベリアは滅んでしまうだろう。
戦い続けたところで、ほんの少し延命できるだけだ。勝ち目はない。虫は数でも勝るし、個体によっては質でも機兵に勝る。
しかし、王族や市民が逃げる時間くらいは稼げるだろう。
――「隊長!」
機兵内にある音声管から、戦友とも言うべき部下の声が聞こえる。
いつも明るく強気で調子乗りで、しかしこんな時こそ頼もしいトックル・ダンだ。
――「俺、クラン様のことめっちゃ好き! 超惚れてる! もし俺が死んだら伝えてくれよな!」
自分で伝えろ馬鹿者。
――「あーあ。死ぬ前に一度でいいから恋人欲しかったなぁ」
今度は女性の声だ。
女性にしては背が高く体格もいいおかげで、なかなか出会いがないとよく嘆いていたバージュ・レンターだ。
――「ねえリビ隊長。もしお互い生きて帰れたらデートしてくださいよ。一度でいいから王子様に女扱いしてほしかったんだよね」
約束だ。絶対に死ぬな。
部下にして戦友とも言える機兵乗りたちが、次々にリビセィルに遺言を託して、戦場に飛び出していく。
リビセィル同様、歴戦の戦士たちである彼らにも、一目でわかったのだろう。
この戦いで機兵団は全滅する、と。
この戦いで自分は死ぬだろう、と。
そして、彼らの最後の言葉には、リビセィルは一言も答えない。答えられない。
誰も死なせたくないからだ。
口を開けば、撤退命令を出してしまいそうだからだ。
声が出ぬよう歯を食いしばり、拳をきつく握り締めて、最後の一機が砦から飛び出すのを見届けてから、
「――私も共に逝くからな」
戦友たちとともに死ぬことを心に決め、リビセィルは愛機「魔犬レッドランド」を動かし、虫どもへ武器を振り上げるのだった。
それから、機兵と虫たちの死に物狂いの戦いが始まった――のだが。
「――な……!」
砦を背に、引いて全体を見て指揮を飛ばしていたリビセィル機のすぐ足元に、信じられない者を見て絶句した。
なぜここにいる。
見間違いか?
いや違う。確実にいる。
いるどころか、笑いながらリビセィル機を見上げて、何か言った。
なんと言ったかわからない。
後から判明するが、「仕分けが面倒臭いからついでにやるね?」と言ったらしい。
――「隊長!」
そして、ここにいなかった最も信頼する戦友にして親友のイルグ・ストーンが、自分の機兵に乗って砦から出てきた。
――「機兵を引いてください! 彼女に巻き込まれ」
言葉が判別したのはそこまでだった。
足元にいた髪の白い少女が、一番近くにいた機兵を蹴り飛ばしていた。
まるで綿が詰まっているだけの人形のように、金属ごしらえの機兵がものすごい速度で飛んでいく。
虫たちも、他の機兵も巻き込んで、地面を転がりどこまでも飛んでいく。
空高く舞い、幻覚作用を持つ鱗粉を撒いていた鬱陶しい蛾たちが、唐突に身体や羽に風穴を開けて落ちてくる。
何かが飛んで来る方向を見れば、髪の白い少女が、落ちている石や金属片や虫の身体の一部を投げたり地面に落ちているのを蹴って飛ばしたりしていた。
ただの投石により、虫の一匹一匹が確実に死んでいく。
ガン、と音がして弾かれた。
ダンゴムシだ。鋼鉄よりも堅い外殻を持ち、機兵の槍や剣、メイス、大砲の弾でさえ傷をつけるのがやっとという難敵だ。
髪の白い少女の拳で外殻は粉々になり中身をぶちまけて死んだ。あとついでのように近くにいた機兵も殴られて外部装甲がはじけ飛んだ。
見たことのない虫もいる。
形は巨大なカマキリだ。が、本来ある鎌の下に、もう一対の鎌を持っている。四つの鋭利な刃物は、全身金属の機兵の装甲を一振りごとも深い傷を刻む。これ一匹で機兵一機と渡り合うほど素早く動き、鎌を振るう。
髪の白い少女に襲い掛かったと思ったら、いつの間にか鎌の一本が折れ曲がり、カマキリ自身の首を切り飛ばしてどこかに飛んでいった。
ほかにも、色違いの白い蟻や、光沢の美しいテントウ虫、幻想的な蝶、毒々しいヒゲを持つカミキリムシなどが、髪の白い少女が狙うや否や即死していく。あと動く機兵もどんどん減っていく。遺言を残した戦友たちが、虫ではなく小さな子供にやられて行動不能になっていく。
夢のような光景だった。
ただし悪夢に違いないが。
――「……」
――「……」
残ったのは、髪の白い少女の進行方向にいなかった、リビセィル機とイルグ機のみ。
虫は全滅して、入り乱れていた機兵たちも外に追い出されるように半壊あるいは全壊して、戦場のど真ん中に立つ者は髪の白い少女だけとなった。
――「……隊長。あのニア・リストンですが」
――「うん」
――「昨日から風呂に入ってないし着替えもできてないから、ちょっと不機嫌らしいです」
――「そうか。ならば風呂の準備をしないとな」
言葉が出なかった。
絶望的な戦場だったはずなのに、リビセィルや戦友たちは死ぬ覚悟をしたのに。
なのに、まだ十歳になったばかりの少女の乱入で、一方的な殺戮となって終了してしまった。
今目の前で起こったことではあるが、しかしそれでも受け入れがたい、信じがたい光景だった。
ひどく現実がない。
それほどまでにおかしな光景だった。
だが、現実である。
「……とんでもないことをした……」
強いとは聞いていた。
不正規機とはいえ、機兵を相手に戦い勝ったという噂も聞いていた。
――冗談じゃない! あれは噂以上に強いではないか!
そして、そんな彼女を怒らせたことを、一面に広がる虫の死骸と機兵の残骸を見て、じわじわと思い出す。
嫌な汗が出てくる。
命懸けの戦いでさえ震えたことがない身体が、今震え出している。
マーベリア王国から、虫の脅威が去った日。
マーベリア王国に、虫以上の脅威がやって来たことを悟るのだった。
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