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208.やられたら嫌だったことをやることにした
しおりを挟む元々多少は伝わっていたが、先制口撃ではっきりとわかった。
――やはりこの年寄りどもは、外国人で子供である私が現実を見ないで無茶な我儘を言っている、と思っていたようだ。
軽視と蔑視。
たかが外国の子供に、マーベリアの中枢にいると自認する者たちが、まだまだ朝も早くから呼び出されて交渉の場に着かされるというこの場の全てが、気に入らないのだ。
怖い顔で脅せばいい。
味方のいない場所で孤立させればどうとでも説得できる。
そんな内心が、顔に出ている。
きっと子供相手ゆえに隠そうともしてない老人二人に、遠回しに「不愉快が顔に出てるから百億上乗せね」と一発かましたら、出てない連中も露骨に出した。
そうだろう、そうだろう。
それがおまえたちの本心だろう。
上がそうじゃないと、下まで染まらないからな。
「まあ、待ちなさい」
さすがなのは、私の正面の王様だ。
歳は、六十から七十くらいだろうか。面長な顔にさらさらの髪とヒゲを垂らした、耳の垂れた犬のような爺だ。
一件穏やかな表情だが、眼光は鋭い。……そうでもないな。穏やかだ。
「ニア・リストン。最初からそう喧嘩腰では交渉などできん。少し落ち着いてくれんかね?」
うん?
「王様も、皆さんも、勘違いしているんじゃないですか?」
王様は反応がないが、王様の後ろや横で立っている年寄りたちは、不満さを更に募らせている。「何を言い出すつもりだ」と言わんばかりに。
――そういえば、この部屋には第一王子リビセィルがいない。私の怒りの元凶だからと、交渉の席で揉めると思ってあえて外してあるのだろう。
まあ、それは今はいい。
「これは交渉じゃないですよ。あなた方が私に謝罪をし、お金を払うというだけの話し合いです。その上で頼み事があるなら頼んでみればいい、と。そういう話です」
「ふざけるな」だの「子供の理屈は話にならん」などと周囲から不満が漏れる中、……私がじっと見つめている王様だけは、なんの反応も示さない。
うん。
わからん。
元々私は交渉事なんて得意でもなんでもないから、王様の無反応の真意なんてわかるわけがない。
周囲の野次が止むまで待っていたのか、場が落ち着いてきた頃に王様が口を開く。
「五百億は大金だよ。人一人が持つには大きすぎる。何に使うのかね?」
「使い道の心配はご無用です。それと今は六百億です」
「そうか」
王様は、さらさらの顎ヒゲを撫でる。
撫でる。
撫で続ける。
それはもうしつこく撫で続ける。
…………
無言の室内に、緊張感だけが募っていく。おいおいちょっと溜めすぎじゃないか? 早く何か言えよ。私もちょっとドキドキしてきた。
「君が蟻を壊滅させたというのは本当かね?」
どうやら焦れていたのは私だけじゃないらしく、年寄りの一人が横槍を入れてきた。
「それより先に言うことがあるでしょう」
「ん? 先に……?」
……こいつら本当に外国人を見下しているんだな。話の筋からして理解していない。
「王様はわかりますか? まず先に言うこと」
「うむ……」
王様はヒゲを撫でながら、目を伏せた。
「立場上言えない言葉である。が、君が怒るのは最もだと思う。額が額じゃなくば慰謝料を払っても良いと思っておるよ」
そうか。
そうか、なるほどな。
――王様は腐っていないのか。あるいは今は抑えているか。もしくは、これから先に彼なりの構想と展望があるのか。
「王様」
「うん?」
「六百億クラムです。それで問題が解決するなら、安いものだと思いますが」
「……そうじゃな。マーベリアがもう何百年も抱えておる問題が解決するなら、安いな」
王様が再び、私を見据える。
「できるかね?」
そんな言葉から、王様は、私を呼んだ理由を話し出した。
「実は今、君が殺した蟻の残骸を食らいに、蛾を始めとした虫たちが出てきておるそうでな。中にはマーベリアの記録にない虫もおるそうじゃ。
戦闘力が未知数ゆえに手出しは控えておるが、あちらから向かってくる可能性もあろうな。もっと言えばこのマーベリア王都まで来るかもしれん」
ああ、やっぱり。
蟻のテリトリーに蟻がいなくなったことから、他の虫がやってきたのか。
そして、蟻の死骸を食べているので、一時的に進行が止まっているのが現状だと。
「昨日は、蟻の巣を殲滅する提案があったんじゃ。しかし深夜に火急の報せが入ってのう、結局ここまで状況が変わってしもうた」
うん、昨日の今日で思った以上に状況が動いたようだな。
「たかが虫でしょう? 相手ではありませんね」
でもまあ、問題ないが。
「私は機兵より強いですので」
機兵乗りじゃない年寄りたちもイラッとする言葉だったようだが、それでも王様の反応はなかった。
なかなかやりづらい相手だ。
しばし間を置いた後、王様はぽつりと漏らした。
「少し安くしてくれんかね?」
おい。
長考した上で発した言葉が値引き交渉とか。
「値引きはしません」
「うん、聞いとるよ。しかし額が額だ。払いたくてもわしの権限だけでは返事ができんよ」
「そちらの方々は出してくれないのですか? 口は出すんだからお金も出してくれるのでは? 皆さんたっぷり持ってそうですし」
「うん……」
王様は、周囲にいる年寄りたちに視線を巡らせ――誰とも合わなかった目を、私に戻した。
「出すのは嫌だそうじゃ。でかい声は出すんじゃが、金は出したくないらしい。今は金を惜しんでいられないほどの危機だとわしは思うんじゃがのう」
…………
そういう交渉術、と見るべきなんだろうな。
こののんびりした感じに、すでに飲まれているのがわかる。私の戦意はかなり萎えてしまっている。
アルトワールの国王はバリバリの切れ者という感じだが、マーベリアの国王はまただいぶタイプが違う為政者だ。
――このままじゃ負けるな。
――いや、負けるのは構わないか。
年寄りどもは気に入らないし、この国自体も気に入らないが……でも、人死にが出るのは寝覚めが悪い。
それも戦う力を持たない市民や、子供が死ぬのはいかん。
そういう理不尽や不幸を遠ざけるために武があるのだ。
今振るわずいつ振るう。
相手が誰だからどうこうではなく、武人としての己の問題だ。生き様の問題だ。誰かとの諍いや個人な恨みつらみなど、そのあと考えればいいのだ。
狭量な武人はつまらん。
そして狭量なところなど、弟子には見せられんからな。
しかし、問題は話の折り合いがつかないことである。
いくら私とて、ここまで散々辛酸を嘗めさせられたのに、ちょっと頼まれただけで「はいやります」などと言えるものか。
どこか落としどころが欲しい。
私が自分を納得させる交渉材料が欲しい。
金が一番手っ取り早く、また国にダメージを与えられると思ったが……
「では分割ではどうかのう? 一年間に一億ずつとか……」
「全額払うまで生きてないですね、私」
「わしも生きとらんだろうなぁ」
金は、どうも無理そうな感じがする。
出し惜しんでいるだけなのか、それとも本当に払える余力がないのか。ちょっと判断できないが。
……埒が明かないのはわかっているが。
どうも私は、この王様は相性が良すぎるのか、ある意味では悪いのかもしれない。……実際のところ私も年寄りのようなものだし、気が合うというか、波長が合うのかもしれない。
敵意がなさすぎる相手に、私は敵意を向けられない。向けづらい。
暴力なら全然普通に振るえるのだが、交渉となると本当にやりづらい。そもそも私は頭が回る方ではないのだから。
…………
よし、わかった。
どうせ私の目標はまだまだ先にあるのだ。個人的な恨みつらみも、これから少しずつ返していけばよかろう。
とにかく、ここでマーベリアと関係を断つのは下策でしかない。
マーベリアが滅んだところで私に得はないし、虫が繁殖したあとでは大地を取り返すのは非常に大変だ。
ならば――そう。
私が危惧していたことを、そしてそうなればもう遠慮はいらないと思っていたことを。
反対にやってやろうではないか。
「――王様。三百億で、私にシィルレーン様をください」
「「は……!?」」
室内の全員が驚いた。
年寄りたちは当然のこと、私をここまで案内してきたシィルレーンとアカシ、そしてイルグ副隊長も驚いた。
さすがにこの提案には、王様も驚いてくれた。
この場の誰もが考えただろう。
――こいつは王族を人質に取るつもりだ、と。
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