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218.違う趣向の迎冬祭
しおりを挟む外壁を壊した屋敷に謝りにいったら、応接間に通されて、静かにすごい嫌味を言われて怒られた。
家主は夫に先立たれた未亡人で、もう六十を超える老婆である。静かに余生を過ごすつもりで毎日慎ましく生活しているのに、向かいの屋敷は住む者がおらず荒れ放題、挙句に汚い無宿者が出入りし始めて非常に迷惑をしていたところに、今度は外国人の子供がやってきて子供と住み始めて毎日毎日騒がしいばかりか、最近では壁を壊してくる始末だ。
……掻い摘んで言うとこういう情報を、長い時間をかけてネチネチと語ってくださった。すごい嫌味を交えながら。
「あ、、あのー……シノバズの実験的なアレでして……」
「知りませんよそんなこと。え? 事前に話を通してました? よしんば事前に話を通していたとしても壁を壊すかもしれないなんて忠告はありましたっけ? ねえありました? わたくしの記憶にはございませんが? ああごめんなさいね、わたくしはもうすぐ夫を追う年齢ですから、聞いていたとしてもすっかり忘れてしまっていたのかもしれないわね。それで話したの? わたくしが忘れているだけかしら? それともあなたが忘れていたの? 忠告するのを忘れていたのかしら? そんなわけないわよね? わたくしの三割も生きていない若者の、それも優秀なシノバズの家の方が、うっかり忘れるなんてことないわよね? ねえないでしょう? あらどうして黙っているの?」
アカシが余計なことを言ったせいで、すごい嫌味を交えた説教まで始まる始末だった。
「すまない。その……私が止められなかったせいで……」
静かに燃え上がる老婆に気圧されつつ、シィルレーンの援護も入るが――
「悪いと思っているなら黙って聞いていらしたら? それとも王族なら忠臣の家の壁を壊してもいいのかしら? 今の王族ってそういう教育を受けてらっしゃるの? わたくしが知っている時代とは大きく変わったのねぇ? ところでハザール様はお元気? わたくし社交場であの方と踊ったことがありますの。シィルレーン様の言動はハザール様のご教育の賜物なのよね?」
…………
…………
…………
疲れた。
生きる気力が燃え尽きた。真っ白に燃え尽きるほど疲れた。白髪じゃなかったら本当に髪が白くなっていたかもしれないほど疲れた。
――とまあ、そんな地獄があったりなかったりして、数日。
懲りないアカシは「馬なしで走る馬車」の試作品作りに没頭し、私はシィルレーンの修行に没頭する日々を送っていた。
リノキスの覚えもよかったが、シィルレーンも覚えが早い。
この分なら、春になる頃には、「氣」の基礎くらいは身に付けてしまうかもしれない。
まあ何より、修行が好きというのがいいな。リノキスはあんまりアレだからな。仕事があるからと逃げ腰になることがあるからな。一番弟子のくせに。追い越されるぞ。
そんな冬のある日のことだった。
「え? それ、何の話?」
機兵学校の普通科にて。
私を気にしてひそひそ話しているクラスメイトの話題が、どうしても気になってしまった。
「あ、ごめんなさい、うるさかったですか?」
「すみません……」
「それはもういいから」
こっちはもう打ち解けるのを諦めてるんだ。もう無駄に気を遣うことなんてないぞ。
さあ、情報を吐け。
「――あ、あの……毎年、年末にお祭りがあって、そこで現役機士による機兵の一騎打ちがあるんです……」
機兵の一騎打ち。
つまり、なんだ。
「機兵同士で戦うの?」
「はい」
ほほう。
機兵と戦ったことはあるが、機兵同士がやりあっている姿は見たことがないな。
人同士の戦いは腐るほど観てきたし、これはこれでそれなりに面白そうな気がする。
「それで、さっきの話は?」
それ自体は、まあいいのだ。
私が気になったのは、たぶんこの先の話題だ。
「あ、その、毎年有名な現役機士同士が出て、盛り上がるんですが……でも今年はどうも内容が違うみたいで」
「今年は、この学校の機兵科の人たちが出るとかなんとかって話が、ありまして……」
毎年、年末の祭りで正式な機士が戦うらしいが、今年は訓練生がその役を担うそうだ。
これも虫の影響か。
あるいは私が機兵を壊したせいで足りなくなっているのか。
うーん……どっちもかな。
シィルレーンの話では、今年の冬は虫を狩りに行くそうだから、祭りどころではないのだろう。
私が壊した機兵の修理も、まだ全ては終わっていないそうだしな。
「あ、あの!」
ん?
「あの、ニアさんも、機兵が好きなんですか!?」
「嫌いだけど? 大嫌い。あんなものに頼っているからマーベリアはダメなのよ」
「あ、そうですか」
…………
なんだかいつも以上に、クラスメイトたちとの間に壁を感じる気がするが……まあ、もういいや。気にしない気にしない。
ニア・リストンが、よそよそしいクラスメイトから祭りの話を聞いているのと同じ時。
「なんだ、今年はだいぶ趣向が違うのだな」
シィルレーンも同じく、アカシを除くと二名しかいない普通科八年生のクラスメイトに、今年の年末の祭り――迎冬祭の話を聞いていた。ちなみにアカシは例のブツの試作に忙しいようで教室にいない。
迎冬祭。
長く虫の脅威に晒されてきたマーベリア王国が、唯一安心して寝られる季節である冬を歓迎する日だ。
発祥は、機兵が生まれる前からで、古くから伝わる伝統行事である。
そして一般人には、普段は見られない機兵の戦う力を見ることができる、数少ない機会でもある。
「あの、シィル様は、やはりお出にならないんですか?」
機兵科トップがいきなり転属してきたとあり、受け入れた普通科もかなり及び腰ではあるが――さすがにニア・リストンほど避けられることもない。
いや、むしろ、学校どころか国の華である未来の機兵乗りがやってきたとあり、戸惑いながらも大歓迎である。小さいが綺麗な王女様だし。
「ああ、私は出ない。そもそも私の機兵はないからな」
機兵科所属には、訓練用の機兵が一機与えられるが、普通科に転属したので返上してある。
一応王城には専用機もあるのだが、今は緊急時である。東の調査と虫の駆除のために、機兵を壊して戦えない機士に貸している状態だ。だからないのだ。
「――シィル様」
そんな時だった。
呼ばれて振り返ると、――かつての機兵科の学友が二人立っていた。
「アガッセ殿。ターメリン嬢。久しぶりだな」
機兵科の同級生にして、ライバルである。
仲が良いこの男女の二人組はコンビネーションが得意で、シィルレーンでも単機で相手をするのは大変だった。
「シィル様。今度の迎冬祭の話はお聞きになりましたか?」
真面目なアガッセはいつも通り、いきなり本題に入ってくる。
「ああ。ついでに答えるが、私は出ないぞ」
「――なんで!?」
シィルレーンを強くライバル視し、いつも突っかかってきたターメリンが、いつも通り絡んでくる。
「あなたが出ないでどうするんです!? 機兵科のトップが出ないなんて考えられない!」
「仕方なかろう。私はもう機兵科じゃない」
食って掛かってくるターメリンに、シィルレーンもいつも通りに冷静に答える。
「すまないが、クラスメイトたちが怖がっている。帰ってくれ」
そして、かつての仲間を振り払う。
先日のニア・リストンへ絡みに行ったこともあるし、長居されても迷惑だ。
普通科に移ってわかったことだが、この学科の者は……いや、本当は機兵科以外は、機兵科のことをよく思っていない。
シィルレーンは考えたこともなかったが――その「考えたこともない態度」も問題だったのだろうと、今は考える。
「私は出ない。機兵科の者たちにはそう伝えておいてくれ。誰が来ても答えは変わらないとな」
――出たい気持ちが、ないわけではないが。
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