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220.ひどく落ち込んだ
しおりを挟む「あ、あの……!」
「ん?」
昨日の私の槍さばきを見ていたのは、シィルレーンとカルアである、が。
実はもう一人だけ見ていた者がいた。
「あの、槍の使い方を教えてもらえませんか!?」
ミトである。
「……私にか?」
そして、頼んでいるのはシィルレーンに、である。
私が技を見せたその日から、シィルレーンが新たな壁に挑戦を始めた。
翌日の朝も、私が起きた頃にはすでに汗を流して訓練をしていた。始めたのはついさっき、ということもないだろう。かなり時間が経っているはずだ。
いつから始めていたのかわからないくらい、早くから打ち込んでいたようだ。
うむ、大変よろしい。
後から「あの時ちゃんと努力しておけばよかった」なんて思いたくないのだろうな。
この分なら、本当に三週間後の迎冬祭に間に合うかもしれない。
元々筋はいいし、それなりに熟練された腕もある。
「氣」はきっかけを掴むのが難しいのだ――しかしきっかけさえ掴めば、後は伸ばすだけである。
「……どこかおかしいか?」
型をじっと見ていた私に聞いてくるが、私は首を振って否定する。
「続けなさい。心残りがないようにね」
「ああ」
よし、私も修行を……
「ふあぁ……あ、おはようございますお嬢様」
…………
師匠より遅く来て。
欠伸交じりに挨拶して。
やる気がまったくない一番弟子とは大違いだ。
「おはよう。今日は徹底的にやりましょうか」
「えっ」
腑抜けめ。活を入れてやる。
「慣れない土地だし、子供たちの面倒を見なければならないのもある。料理人もいないからリノキス頼みだし。毎日大変なのはわかるが、でもそれにしたって気が抜けすぎでしょう。ねえ?」
「――は、はいぃっ……!」
「最近私への敬意が足りないんじゃない?」
「――そ、そんな、ことはぁっ……!」
「私のおやつだけ少し多めにしてもいいんじゃない?」
「――それは行けませんんっん……っ、子供たちに示しがぁっ……!」
静止の型に全力の「氣」を満たし、維持させる。
これがまたきついのだ。
まあ、腑抜けた弟子にはちょうどいい修行である。
――なお、一応リノキスの方が私より強いということになっている。
あくまでも私は彼女の弟子である。
誰がどう見ても、みたいな感じではあるかもしれないが、それで通すことに決めている。
そして、そんな風に気が抜けている一番弟子を可愛がっていると――
風呂に水を張り終えたミトがやってきて、シィルレーンに言ったのだ。
――「槍の使い方を教えてもらえませんか」と。
「いや、私ではなく、向こうの人に頼んだ方がいいんじゃないか?」
シィルレーンがこちらに視線を向けながらそう言う。思わず頷きそうになってしまった。
そうだ。
なぜ私に来ない。
なぜまず私に来なかった……すでに私は結構ショックだよ、ミト。懐いていると思っていたのに。思っていたのにっ。
「ニアお嬢様もリノキスさんも、いつも忙しそうだから……」
忙しくなどない! いくらでも時間を作ってやるともさ!
「おかしいな。私が暇そうに見えたか?」
まあ、シィルレーンがぼやくのもわかるが。
休憩も取らず一心不乱に槍の型を繰り返していた彼女の額からは、汗がぼたぼた落ちているし、身体の疲労もだいぶ溜まっているはずだ。
どう見ても暇そうではなかっただろう。……一番弟子をチクチクやっていた私の方がよっぽど暇そうに見えなかったかね?
「……あの、なんか、向こうの二人は桁が違うっていうか、そういう感じがして……」
…………
「そうか。申し訳なさそうな顔をして胸に響くことを言ってくれるではないか」
そうだな。
今のミトの言葉は、「この中で一番弱そうだから」と言っているようなものだからな。
……いや。
ミトはすでに「氣」を扱い始めているから、私とリノキスが使用していることがわかっているのかもしれない。
ならば確かに、一番弱く感じるのはシィルレーンなのかもしれない。
――これはもう決定かもしれないな。
「続けてなさい」
「――お、おじょ、おじょ、げんかいっげんかいっ」
「大丈夫。人間に限界なんてないから」
全身ぶるぶる震えているリノキスに命じて、私はシィルレーンとミトの方に顔を出すことにした。
「教えてあげてくれない?」
ミトの「氣」の修行はどうするか悩んでいたが。
しかし、本人が望むのであれば、ちゃんと教えてやった方がいいだろう。せっかくの才だ、我流の中途半端な「氣」など身に付けてほしくない。
「君が教えたらいいだろう。私より強いのだから」
「いいえ。私は武具の扱いが得意じゃないの。だから教えられるほど扱えるわけじゃない」
「いや、しかし、私にはわかりやすかったぞ。昨日の」
「それはあなたが私の技術を理解できるほど、槍術に精通しているから。私のは素人には『すごい』か『簡単そうに見える』くらいしか伝わらないの」
「……そういうものか」
そういうものだ。
素人にいきなり高度な技を見せたって、理解が追いつくわけがない。どこがどう高度なのかがわからないのだから。
ちゃんと理解できるのは、それなりの知識や腕がある者だけだ。
「正直私も人に教えられるほどの腕はないと思うが……まあ、基礎くらいなら……」
こうして、ミトがシィルレーンの仮弟子になった。
いずれこっちで本弟子として引き取るので、あくまでも仮である。
「えいっ」
ゴッ
「えっ」
えっ。
…………
借りた槍で、何度か教えられた通り素振りをしたミトが、「思いっきり丸太を突いてごらん」と言われて、思いっきり突いた結果。
槍の先端が、丸太に深々突き刺さった。
訓練用の、先があまり尖っていない槍の先端が。
女児の力ではありえない威力と速度で。
丸太に深く突き刺さった。
…………
これは……本当にちゃんと教えた方がよさそうだ。
本人のためにも、暴発して周囲に迷惑を掛けないためにも。
「――ふふっ」
シィルレーンはふっと笑うと、汗に濡れた前髪を掻き上げた。
「合格だ。どうやら私が教えられることはもうないらしい」
朝からひどくシィルレーンが落ち込むという事件も会ったりなかったりしつつ、ミトの「氣」の修行も始まった。
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