狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

文字の大きさ
310 / 405

309.空賊列島潜入作戦 合流後 9

しおりを挟む




「――陽動に決まってんだろ? わかりやすい罠じゃねえか」

 空賊は馬鹿が多い。
 いや、馬鹿というよりは、単純で物事を深く考えない者が多い、と言った方がより近いかもしれない。

 誰も見たことのない偉業を成し遂げるのは、計算だけ、理屈だけで動かないタイプが多い。

「不可能だ」と理解する頭がない者が偉業に挑戦し、上手く行った。

 挑戦者九千九百九十九人が失敗しているのに、たった一人の運や巡り合わせがよかった者だけが成功し、その偉業を成したと名を馳せ有名になるパターンである。
 どれだけの失敗があろうともそれは語られず、成功例だけが……苦労も犠牲もない上っ面だけの綺麗事だけが有名になる――これはこれで残酷なことなのかもしれない。 

 だが、そんな偉業を成し遂げる馬鹿に共通する事項は、仲間に恵まれることだ。

 足りないものだらけだが偉業を成し遂げそうな馬鹿の足りない部分を、仲間が必死で埋めている――そんな関係にある空賊たちは少なくない。

「――半数ぐらい行っちまったが……まあいいだろ」

 とある空賊団の参謀役は、雪毒鈴蘭スノー・リリーの挑発の裏をしっかりと読んでいた。

 あの宣言の目的は、空賊たちを南の広場に集めることだ。

 なぜ集めるのか?
 それ以外の目的あるからだ。

 あそこまで派手に、「玄関の島」にいる空賊全員にケンカを売ったのだ。それはそれで目的なのだとは思う。
 だが、それだけじゃない――参謀役としては裏を読まずにはいられない誘導だった。

 じゃあ、何を狙うのか?

 ――船だ。

 空賊たちを南の広場に集めておいて、手薄になった空賊船を狙う。
 聞けば、暴走王フラジャイルの時も、奴の大型船を押さえて逃亡を阻止したというではないか。

 ならば今回も――そう考えて、キャプテンを含めた仲間の半数が一瞬で頭に血が上ってケンカに向かった中、参謀役が止めた残り半数が自身らの船に戻った。

 仮に、雪毒鈴蘭スノー・リリーの目的に裏などなく、本当にケンカだけしたかったのであっても、この判断は無意味ではない。

 たとえ裏があっても、仮に裏がなくても、船の用意はしておくべきだと判断した。

「――出航の準備をしておけ。状況次第ではすぐに出るぞ」

 そもそもの話、「狂乱のリリー」ほか、雪毒鈴蘭スノー・リリー本体の連中まで、一人一人が異常に強い。
 たとえこの島中の空賊たちを総動員しても、あれに勝てるとはどうしても思えないのだ。

 ならば、空賊列島を制圧するなどと言っていた雪毒鈴蘭スノー・リリーからは、逃げるしかないだろう。
 現に、同じように判断した空賊たちは、挑発に乗ることなく、自分たちのように船に戻り出航準備に入っている。

 できることなら、広場の戦闘が終わる前に、逃げた方がいい。
 どうにも嫌な予感がする。

「――……?」

 大急ぎで運び込んだ食料などを、甲板の上でチェックしていた参謀が、ふと振り返る。

 そこには、同じように荷の中身を調べていた船員が……なぜか倒れていた。

「――おい、どうし……っ!?」

 いきなり目の前に、小さな女の子が視界一杯に現れた……と認識する間もなく、参謀役の意識は無くなっていた。




「……半分くらい来たかな?」

 船を奪う別動隊に先行しているニア・リストンは、南側から東側へ向かい、そろそろ北側へと差し掛かっていた。

 彼女の仕事は、停船している空賊船の中や周辺にいる船番、奴隷たちを、できるだけ静かに片付けること。

「馬鹿だけじゃ空賊として生き残れないからね」とガウィンが読んだ通り、挑発に乗らない者は多かったらしい。
 あのリノキスの宣言から船に戻っていたり、出港準備を進めていたりした空賊団は少なくなかった。

 そんな船に戻った空賊たちを、そして邪魔になりそうな荷運びの奴隷たちを目立たぬよう寝かしつける・・・・・・のが、ニアに任された役目である。

「ちょっとペース早いかな」

 少しだけ、このまま空賊船の甲板で、時間経過を待つことにした。

 辿ってきた道を振り返っても、作業しながら追ってきているはずのガウィンたちの姿は見えない。
 ニアの索敵範囲は広いし正確だが、通った後からやってくる者はさすがに対応できない。それらの対応はウェイバァ・シェンとリントン・オーロンがしているので、大丈夫だとは思うが。

 北側に付く頃には、夕陽が半分落ちている――そんな大まかな時間配分もしていたが、いざ到着してみれば、太陽はまだ少しも沈んでいない。
 沈むまでには、もう少し時間が掛かりそうだ。

 それもこれも、空賊たちが弱いからである。

 船から船に飛び移りつつ、気配を探って手当たり次第に仕留めてきた。
 空賊も、そうじゃない者も。

 ニアの暗躍に気づいた者など皆無で、だから抵抗した者もいない。
 赤子の手を捻るよりはるかに簡単だった。まあ、今生・・泣いた子供より手ごわい強者などとは出会ったこともないが。

「お、リンゴ。一つ貰うね」

 足元に倒れている男の傍、食料として運び込まれていた麻袋の口から見えているリンゴを一つ取り、表面を服でこすってかじりつく。

 時折、遠くの空から大砲の音が聞こえる。
 まだ南の広場では戦闘が続いているようだ。

 ――アンゼルとフレッサの鍛え方はかなり足りなかったが、それでもあの四人はニアの弟子だ。

 そこらのチンピラに毛が生えた程度の空賊の二千人や三千人、相手になるまい。だから特に心配はしていない。
 それより何より、向こうの方が楽しそうで羨ましいというだけだ。

「……もうすぐ終わりか」

 じりじりと傾いていく夕陽を見ながらポツリと呟く。

 陽が落ちてしばらくしたら、空賊列島制圧作戦は終わることになる。

 空賊たちが支配する空賊たちの楽園を叩き潰す。
 想像より楽しくはなかったが――目的通り、いくらか死ななくていい命は拾えただろうか。

 意外な産物としては、この時代の聖女に会えたことだ。
 昔の聖女・・・・も気合いが入っていたが、現代の聖女も腕は悪くない。

 時代の変化とともに、聖女の自由……引退だの外出だの休日だの結婚だのと聖女にも休みが認められるようになったらしいが、教義の締め付けがゆるくなったせいで神聖魔法の腕が落ちている、などということはなかった。

「落ちたのは武だけか」

 後の後世に何が必要だったのか。

 結果として武は廃れ、人を癒す力は連綿と紡がれた。
 それが人の意思だった。

 生涯を掛けて武に生きた者にとっては悲しいような、しかし必然とも思えるような――

「――あら? リリー」

「あ、来た」

 ぼんやり物思いにふけっていると、後続連中が追いついてきた。リントン・オーロンが船に乗り込んでくるなり、すぐにニアの姿を捉える。

「ちょっと待ってたの。急ぎ過ぎたみたいだったから。そっちは問題なかった?」

「ええ、予定より少し早いくらいの進行度ですが、問題ありません」

「じゃあまた先に行くわね」

 残ったリンゴの芯を海に投げ捨て、ニアは仕事を再開し、次の船に跳んだ。



しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください

むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。 「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」 それって私のことだよね?! そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。 でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。 長編です。 よろしくお願いします。 カクヨムにも投稿しています。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス
ファンタジー
王宮の広間は、冷え切った空気に満ちていた。  玉座の前にひとり、少女が|跪い《ひざまず》ていた。  エリーゼ=アルセリア。  目の前に立つのは、王国第一王子、シャルル=レインハルト。 「─エリーゼ=アルセリア。貴様との婚約は、ここに破棄する」 「……なぜ、ですか……?」  声が震える。  彼女の問いに、王子は冷然と答えた。 「貴様が、カリーナ嬢をいじめたからだ」 「そ、そんな……! 私が、姉様を、いじめた……?」 「カリーナ嬢からすべて聞いている。お前は陰湿な手段で彼女を苦しめ、王家の威信をも|貶めた《おとし》さらに、王家に対する謀反を企てているとか」  広間にざわめきが広がる。  ──すべて、仕組まれていたのだ。 「私は、姉様にも王家にも……そんなこと……していません……!」  必死に訴えるエリーゼの声は、虚しく広間に消えた。 「黙れ!」  シャルルの一喝が、広間に響き渡る。 「貴様のような下劣な女を、王家に迎え入れるわけにはいかぬ」  広間は、再び深い静寂に沈んだ。 「よって、貴様との婚約は破棄。さらに──」  王子は、無慈悲に言葉を重ねた。 「国外追放を命じる」  その宣告に、エリーゼの膝が崩れた。 「そ、そんな……!」  桃色の髪が広間に広がる。  必死にすがろうとするも、誰も助けようとはしなかった。 「王の不在時に|謀反《むほん》を企てる不届き者など不要。王国のためにもな」  シャルルの隣で、カリーナがくすりと笑った。  まるで、エリーゼの絶望を甘美な蜜のように味わうかのように。  なぜ。  なぜ、こんなことに──。  エリーゼは、震える指で自らの胸を掴む。  彼女はただ、幼い頃から姉に憧れ、姉に尽くし、姉を支えようとしていただけだったのに。  それが裏切りで返され、今、すべてを失おうとしている。 兵士たちが進み出る。  無骨な手で、エリーゼの両手を後ろ手に縛り上げた。 「離して、ください……っ」  必死に抵抗するも、力は弱い。。  誰も助けない。エリーゼは、見た。  カリーナが、微笑みながらシャルルに腕を絡め、勝者の顔でこちらを見下ろしているのを。  ──すべては、最初から、こうなるよう仕組まれていたのだ。  重い扉が開かれる。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦

未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?! 痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。 一体私が何をしたというのよーっ! 驚愕の異世界転生、始まり始まり。

処理中です...