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309.空賊列島潜入作戦 合流後 9
しおりを挟む「――陽動に決まってんだろ? わかりやすい罠じゃねえか」
空賊は馬鹿が多い。
いや、馬鹿というよりは、単純で物事を深く考えない者が多い、と言った方がより近いかもしれない。
誰も見たことのない偉業を成し遂げるのは、計算だけ、理屈だけで動かないタイプが多い。
「不可能だ」と理解する頭がない者が偉業に挑戦し、上手く行った。
挑戦者九千九百九十九人が失敗しているのに、たった一人の運や巡り合わせがよかった者だけが成功し、その偉業を成したと名を馳せ有名になるパターンである。
どれだけの失敗があろうともそれは語られず、成功例だけが……苦労も犠牲もない上っ面だけの綺麗事だけが有名になる――これはこれで残酷なことなのかもしれない。
だが、そんな偉業を成し遂げる馬鹿に共通する事項は、仲間に恵まれることだ。
足りないものだらけだが偉業を成し遂げそうな馬鹿の足りない部分を、仲間が必死で埋めている――そんな関係にある空賊たちは少なくない。
「――半数ぐらい行っちまったが……まあいいだろ」
とある空賊団の参謀役は、雪毒鈴蘭の挑発の裏をしっかりと読んでいた。
あの宣言の目的は、空賊たちを南の広場に集めることだ。
なぜ集めるのか?
それ以外の目的もあるからだ。
あそこまで派手に、「玄関の島」にいる空賊全員にケンカを売ったのだ。それはそれで目的なのだとは思う。
だが、それだけじゃない――参謀役としては裏を読まずにはいられない誘導だった。
じゃあ、何を狙うのか?
――船だ。
空賊たちを南の広場に集めておいて、手薄になった空賊船を狙う。
聞けば、暴走王フラジャイルの時も、奴の大型船を押さえて逃亡を阻止したというではないか。
ならば今回も――そう考えて、キャプテンを含めた仲間の半数が一瞬で頭に血が上ってケンカに向かった中、参謀役が止めた残り半数が自身らの船に戻った。
仮に、雪毒鈴蘭の目的に裏などなく、本当にケンカだけしたかったのであっても、この判断は無意味ではない。
たとえ裏があっても、仮に裏がなくても、船の用意はしておくべきだと判断した。
「――出航の準備をしておけ。状況次第ではすぐに出るぞ」
そもそもの話、「狂乱のリリー」ほか、雪毒鈴蘭本体の連中まで、一人一人が異常に強い。
たとえこの島中の空賊たちを総動員しても、あれに勝てるとはどうしても思えないのだ。
ならば、空賊列島を制圧するなどと言っていた雪毒鈴蘭からは、逃げるしかないだろう。
現に、同じように判断した空賊たちは、挑発に乗ることなく、自分たちのように船に戻り出航準備に入っている。
できることなら、広場の戦闘が終わる前に、逃げた方がいい。
どうにも嫌な予感がする。
「――……?」
大急ぎで運び込んだ食料などを、甲板の上でチェックしていた参謀が、ふと振り返る。
そこには、同じように荷の中身を調べていた船員が……なぜか倒れていた。
「――おい、どうし……っ!?」
いきなり目の前に、小さな女の子が視界一杯に現れた……と認識する間もなく、参謀役の意識は無くなっていた。
「……半分くらい来たかな?」
船を奪う別動隊に先行しているニア・リストンは、南側から東側へ向かい、そろそろ北側へと差し掛かっていた。
彼女の仕事は、停船している空賊船の中や周辺にいる船番、奴隷たちを、できるだけ静かに片付けること。
「馬鹿だけじゃ空賊として生き残れないからね」とガウィンが読んだ通り、挑発に乗らない者は多かったらしい。
あのリノキスの宣言から船に戻っていたり、出港準備を進めていたりした空賊団は少なくなかった。
そんな船に戻った空賊たちを、そして邪魔になりそうな荷運びの奴隷たちを目立たぬよう寝かしつけるのが、ニアに任された役目である。
「ちょっとペース早いかな」
少しだけ、このまま空賊船の甲板で、時間経過を待つことにした。
辿ってきた道を振り返っても、作業しながら追ってきているはずのガウィンたちの姿は見えない。
ニアの索敵範囲は広いし正確だが、通った後からやってくる者はさすがに対応できない。それらの対応はウェイバァ・シェンとリントン・オーロンがしているので、大丈夫だとは思うが。
北側に付く頃には、夕陽が半分落ちている――そんな大まかな時間配分もしていたが、いざ到着してみれば、太陽はまだ少しも沈んでいない。
沈むまでには、もう少し時間が掛かりそうだ。
それもこれも、空賊たちが弱いからである。
船から船に飛び移りつつ、気配を探って手当たり次第に仕留めてきた。
空賊も、そうじゃない者も。
ニアの暗躍に気づいた者など皆無で、だから抵抗した者もいない。
赤子の手を捻るよりはるかに簡単だった。まあ、今生泣いた子供より手ごわい強者などとは出会ったこともないが。
「お、リンゴ。一つ貰うね」
足元に倒れている男の傍、食料として運び込まれていた麻袋の口から見えているリンゴを一つ取り、表面を服でこすってかじりつく。
時折、遠くの空から大砲の音が聞こえる。
まだ南の広場では戦闘が続いているようだ。
――アンゼルとフレッサの鍛え方はかなり足りなかったが、それでもあの四人はニアの弟子だ。
そこらのチンピラに毛が生えた程度の空賊の二千人や三千人、相手になるまい。だから特に心配はしていない。
それより何より、向こうの方が楽しそうで羨ましいというだけだ。
「……もうすぐ終わりか」
じりじりと傾いていく夕陽を見ながらポツリと呟く。
陽が落ちてしばらくしたら、空賊列島制圧作戦は終わることになる。
空賊たちが支配する空賊たちの楽園を叩き潰す。
想像より楽しくはなかったが――目的通り、いくらか死ななくていい命は拾えただろうか。
意外な産物としては、この時代の聖女に会えたことだ。
昔の聖女も気合いが入っていたが、現代の聖女も腕は悪くない。
時代の変化とともに、聖女の自由……引退だの外出だの休日だの結婚だのと聖女にも休みが認められるようになったらしいが、教義の締め付けがゆるくなったせいで神聖魔法の腕が落ちている、などということはなかった。
「落ちたのは武だけか」
後の後世に何が必要だったのか。
結果として武は廃れ、人を癒す力は連綿と紡がれた。
それが人の意思だった。
生涯を掛けて武に生きた者にとっては悲しいような、しかし必然とも思えるような――
「――あら? リリー」
「あ、来た」
ぼんやり物思いにふけっていると、後続連中が追いついてきた。リントン・オーロンが船に乗り込んでくるなり、すぐにニアの姿を捉える。
「ちょっと待ってたの。急ぎ過ぎたみたいだったから。そっちは問題なかった?」
「ええ、予定より少し早いくらいの進行度ですが、問題ありません」
「じゃあまた先に行くわね」
残ったリンゴの芯を海に投げ捨て、ニアは仕事を再開し、次の船に跳んだ。
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