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308.空賊列島潜入作戦 合流後 8
しおりを挟む「――正直なところ、一年くらい荒事とは無縁だったんだよな」
「――だねぇ。完全に鈍ってるねぇ」
右手に持った鉄パイプを肩に担いで愚痴るアンゼルに、べったり血糊の付いたナイフを布で拭うフレッサが同意する。
ニア・リストンが留学してから向こう、酒場経営と運営で安定した暮らしをしてきたこの二人は、荒事方面からかなり遠ざかっていた。
一応「氣」の訓練は毎日欠かさずやっていたが、維持がいいところで、あまり成長はしていない。
今回の空賊云々で力を借りたいと言われて、正直にニアに現状を話したところ、少しばかり気合いを入れて修行をやり直した。
が、それでもやはり、裏社会に関わっていた頃と比べたら、勝負勘のようなものがだいぶ衰えていると感じる。
まあ、ここまで彼我の人数差がある戦闘は、今まで経験もなかったが。
「――ちょっと羨ましい……私は毎日の訓練が強制参加だわ」
リノキスの吐いた溜息は重い。
一番弟子として、その扱いに文句はないが。
だが、果たしてニアがどこまで自分を鍛え上げるつもりなのかは、ちょっと気になるところがある。終わりが見えないという意味で。
空賊千人以上を相手に立ち回るくらいには強くなったが、まだ足りないのだろうか、と。
リノキスにとっての強さとは、ニアの足手まといにならない程度あればいい。
むしろ強い弱いはさておき、ニアの好きなお菓子を作って喜ぶ顔を見ている方が好きだ。彼女のお世話をしているだけで幸せだ。
それこそいつか言った露払い程度でいいのだが……
現状、彼女の求める強さには、まだ足りないのだろうか。そんな疑問がある。
「――それこそ羨ましい話だ。嫌なら俺と侍女を代われ」
ニアが留学してからもきっちり修行を続けてきたガンドルフは、それ相応にかなり強くなっていた。
付きっきりで修行してきたリノキスに勝るとも劣らぬ強さに、久しぶりに修行に付き合ったニアも驚いた程である。
この多人数との戦闘も、なかなか楽しそうである。水夫服姿もかわいい。
「――お断りだわ。お嬢様の面倒は私が……えっあなたが侍女をするの?」
――と、そんな話をする余裕はある。
だが、実際は見た目ほどの余裕はない。
南の広場で囲まれているニア・リストンの弟子たちは、各々散って各自五十人くらいしばき上げたところで、背中合わせで再び集まった。
息切れはしていない。
体力もまだ問題ない。
ただ、周囲にはまだまだ空賊たちがいる……先を考えると体力も筋力も温存しないと、さすがに最後まで戦い抜けない。
それに――伊達に相手は暴力の世界に身を置いている空賊たちではない。そこらのチンピラとは一味違う。
体格が良い者が多く、また打たれ強くもあり打たれ慣れているのもあるようで、生半可な攻撃では戦線に復帰してしまう。
一人一発。
それなりの強さでぶち込んでぶっ倒す。
それが少数で多勢を相手にする際には、基本的な戦闘になるが――
「――大砲!」
フレッサが、周りの建物の屋上から構えられている砲台に声を上げる。
「――だいたいの実力もわかってきたし、そろそろ散開しましょう! アンゼルとフレッサは遊撃に出て! 私とガンドルフはここで引き付け――」
ドン! ドン!
リノキスの指示を塗りつぶすかのように、砲台が火を吹いた。
「――右お願い!」
「――応!」
アンゼルとフレッサが指示を聞いて消えるように散った後、リノキスとガンドルフはそこに飛んできた大砲の弾に向き直る。
「――ふっ!」
左の砲弾を両の掌で受け止めたリノキスは、それを左後方に流した。その方向にいた空賊たちが悲鳴を上げる。
「――うぉぉぉぉ!」
ドガン!
右の砲弾を任されたガンドルフが、砲弾に向けてニア直伝の掌底「轟雷」を叩き込んだ。
踏み込みが短いだけに射程距離が狭いものの、破壊力はある。
教わってから一日千回の型を欠かしたことがないその技は、人に使えば間違いなく死ぬほどの威力がある。
たとえ金属の塊のような砲弾でも、問題なく粉砕する。
破片となって飛び散る金属片に襲われ、空賊たちが逃げ惑う。
――戦闘はまだまだ始まったばかりだ。
「――魔陣回路解除完了!」
「――自動運航設定完了!」
「――よし、コード書き換え完了っと。次行くぞ!」
多くの空賊が南の広場に集まっている最中、別働体が動いていた。
ガウィンを始めとした整備兵たちは、「玄関の島」をぐるりと囲むように停船している、空賊船の乗っ取り作業をしている。
機関部を動かすには、キーコードが必要だ。
魔法陣システムを分解・再構築したもので、所定の位置に決められた手順に魔力を流すことで機関部を起動させることができ、船を動かすことができる。
キーコードは盗難防止用のカギなのだが。
しかしこれは、少しでもその船の機関部の整備をしたことがあるものなら、すぐに解除できるようになっている。
そうじゃなくても、多少機関部に触れたことがある者なら、時間があれば解除できるだろう。
正規の船なら国の登録もあるし、位置を特定する発信機も内蔵されているものだ。だから盗難するリスクの高さから、まだ一般の船には難しいキーは設定されていない。
いざという時のために、その船に関わっていない他人でも操縦できるようになっているのだ。
そこで、ガウィンは正攻法での作戦に打って出た。
非常にシンプルに、一隻ずつ空賊船を静かに乗っ取るという正攻法の策に。
飛行皇国ヴァンドルージュで軍の整備兵を任されているということは、それだけで優秀な者であるという証である。
物の数秒でキーコードを解除し、自動運航の設定まで済ませる。
陽が落ちた頃、一斉に、目立たぬように「玄関の島」から離れるように。
船さえなんとかすれば、空賊たちの逃げ場はなくなる。
奴隷を連れて行く、なんて暴挙は、これで封じられる。
そして最後に、キーコードを変更する。
これで、たとえ船の持ち主が戻ってきて動かそうとしても、ガウィンが定めた新たなコードを解除しないと、動かすことはできなくなった。
「――次に行きましょう!」
船の傍にいた奴隷を騒がぬよう縛り上げて船に乗せていたウェイバァ・シェンと、船の中で倒れていた空賊たちを縛り上げるリントン・オーロンに、次に行こうと声を掛ける。
「このペースで間に合うかね?」
合流して次の船に走る最中、ウェイバァがガウィンに問う。
空賊列島はすでに夕陽に染まっている。
あっという間に陽は沈み、暗くなるだろう。
「うーん、ちょっと無理そうっすね。だからやっぱ大型船に十隻くらい牽引させてまとめて動かそうかと」
船同士がぶつかって傷が付くかもしれないからあんまりしたくないけど、とガウィンはぼやく。
当初はニアが「一隻ずつ墜とすか?」と言っていたが、空賊船も資源である。墜とせば無価値だが、確保すれば金になる。
ここには千隻近い空賊船があるのだ。
できれば確保したい。
「相分かった。手伝おう。……リリーはどこまで行ったかのう?」
「あー……追いつけないどころか、もう影も形も見えないっすねぇ。ほんとどこまで行ってるんだか」
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