狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

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321.これからのことと、翌日に

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 ウーハイトンは麺の国と言われており、多種多様な麺の種類と料理が有名である。

 アルトワール、ヴァンドルージュ、マーベリアと国を跨いで色々食べてきたが、麺料理と言われるとパスタくらいしか思い当たらない。
 まあリノキス曰く、厳密にはニョッキやペンネといった一口大の形が楽しいアレも、パスタの仲間に分類されるらしいが。知らなかった。我々は知らない間にパスタを食べているようだ。

 そんなパスタも含め、この国には五十種を越える麺の種類があるのだとかなんとか。

 だがまあ、これまたリノキス曰く「原材料が変わらないものはだいたい味一緒だと思いますよ。麺の形が違うくらいでしょう」とのこと。
「まあそんなもんか」と返事するしかない実も蓋もないことを言われてしまった。……結局突き詰めれば調味料や味付けの問題になってくるのかな。それもまた実も蓋もないな。

 今夜は、そんな麺料理の国ウーハイトンの名物とも言われる黄平麺なる、平べったいパスタのようなもので夕食を取り、それから今後の話をすることにすることにした。

 応接間にお茶を用意してもらい、リノキスとミトにも座ってもらう。

「とりあえず生活は大丈夫そうね」

 却って異国感がないのが残念なくらい、用意された屋敷は外観も内装もアルトワール風である。

 飾りや凝った家具などが少なくすっきりして見える分だけ、どちらかと言えば家というより学院の寮部屋に雰囲気が似ていると思う。

 まあ何にせよ、ここで生活する上で困ったり戸惑ったりすることはあまりないだろう。
 台所を任せたリノキスも、特に使用に問題はないと言っていたし。

「ウーハイトンの使用人を雇い入れようかと思っていたんだけど、この分だと必要ないかしら?」

「そうですね。マーベリアのあの屋敷より小さいくらいですし、ミトと二人で充分やっていけると思います」

 そんなリノキスの言葉に、ミトも頷く。

「でも買い物とか大変じゃない?」

 台国の上段は高級店ばかりで、青果や野菜などを扱う店はなさそうだ。買い物に行くとすれば下段まで行かねばならないだろう。
 修行は修行と割り切るとして、買い物するだけのためにあの「龍の背中」を上り下りするのは、かなりの手間だと思うが……

 ……いや、大丈夫か。
 上下段を移動する単船もあるし、日常生活ではそれを利用すればいい。

「昨日少しリントン様に聞きましたが、上段にあるお店の御用商人に頼むと、あとで下段のお店から届けてくれるそうです」

 ああ、そういうのもあるのか。
 じゃあ猶更大丈夫かな。

 もちろん修行では、弟子たちにはきっちり走ってもらうが。あれはなかなか丁度いいしな。
 私も天候さえ良ければ毎日でも走るつもりだ。大っぴらに武客として呼ばれたとされているのだ、身体を鍛える行為を隠す必要はあるまい。すでに見せた後でもあるし。

 問題は一往復くらいでは負荷が足りないってことだが……それも何度か試してみればわかるかな。

「じゃあしばらく様子を見て、問題があるようならまた話しましょうか」

 まだ新居に移ったばかりだ。
 生活してこそ浮き彫りになる問題や要望もたくさんあるだろう。

「リン嬢の話では、こっちの学校が始まるまで三週間あるみたい。その間にやることがいくつかあるわ」

 マーベリアは夏で学校の年度が変わるが、ウーハイトンでは春である。
 つまりこちらでは現在夏休みの最中なのである。

 学校が始まるまでまだ一ヵ月弱あるので、忙しくなる前にやっておかねばならないことがある。

「まずアルトワールの知り合いに声を掛けないと」

 両親と兄ニール。
 第三王女ヒルデトーラにシルヴァー領のレリアレッド。
 弟子であるガンドルフ、アンゼル、フレッサの三人。
 セドーニ商会。 

 あと、いずれはマーベリアの王族たちもだな。
 イースも呼べって言っていたし、子供たちの様子も見たい。特にシグは妹がここにいるわけだし。

 家族とはマーベリアの戴冠式で、弟子たちとは空賊列島の件で予想外に会えてしまったが、それはそれである。

 アルトワールの知り合いたちは、「マーベリアで落ち着いたら呼ぶ」という約束をしていた。ずっと手紙でやり取りをしていたのである。

 だが、彼の国は閉鎖的で、とてもじゃないが外国から客を呼べる雰囲気ではなかった。呼んだところで不快な想いをするだけだと判断した。皆忙しいのだ、わざわざ不愉快な経験をさせるために呼ぶわけにはいかない。

 で、ようやく落ち着いてきたと思えば、今度はウーハイトン行きとなり。
 そして今ここにいる。

 この国のことも、まだまだわからないことが多いが、だが人を呼ぶことに遠慮はいらないだろう。
 この要望は、友好国であるアルトワールの者が来るだけの話だから。

 両親と兄、それに弟子たちとはこの前会ったが、しかしヒルデトーラとレリアレッドは丸二年会っていないことになる。
 アルトワールを発つ時に「呼ぶから来い」と交わした約束は、ようやく果たせそうだ。

「恐らく夏休みの最後の方になると思うけど、お客さんを呼ぶからそのつもりでいて」

 あの二人の夏休みなんて、撮影ばかりだろうからな。
 今から手紙を出して日程を調整して、なんとか間に合うかどうかって感じだろうか。

 まあ、ウーハイトンならいつ来られても大丈夫だしな。
 あえて今年の夏にこだわる理由もないかもしれないと、手紙に書き添えておこう。だがいつでも会えると言われると案外わざわざ会わない、というパターンもあるかもな。それはそれでいいか。

 少なくともこの国に一年は落ち着くはずだから、なるようになるだろう。

「もしやヒルデトーラ様とレリアレッド様ですか? アルトワール以来ですね」

「ええ。あと家族も一応声を掛けてみないと」

 マーベリアの戴冠式の時に会ったが、仕事などの都合であまりゆっくりはできなかったからな。
 それに兄の専属侍女リネットとは会えなかったから、少し気になっている。彼女も一応私の弟子。リノキスの同期で友達でもある。
 
 とりあえずその辺が最優先だが――わからないのは武客としての勤めだよな。

 皇帝の息子を弟子に取る以外の義務はないと言っていたが、それで済むとは思えないからな。

 ――私だったら、「強い」という触れ込みでやってきた者など、興味の対象にしかならない。どれくらい強いか試してやりたいと思うだろう。というか試すだろう。皇帝と一緒だ。

 この国に武人が多いと言うなら、それだけ挑まれる機会も多いと思う。
 そして、武客として呼ばれた以上、受けて立つ以外の選択はない気もするし。
 
 ……その辺も様子を見てからかな。




 そんなウーハイトンでの生活が始まった翌日。

「――よう、子龍。とりあえず立ち会ってくれよ」

 朝一番に屋敷を訪ねてきた一人の男は、一目見てわかった。

 軽く走ってきたらしく、すでに汗で濡れた上半身は裸。
 太くもなければ細くもないバランスの良い肉体は、実戦を意識してよく鍛えられている。ともすれば全身凶器とも思えるような、危ういまでに武を追求した身体だ。

 そんな危うい肉体に反し、彼は少年らしい人懐っこい笑みを浮かべていた。

「皇帝の息子?」

「ああ。名はジンキョウ、皇帝ジンジの六番目の子だ」

 武への欲求。
 飢えと渇き。

 気負いのない姿勢なので印象こそ違うが、だが雰囲気は父親とそっくりだ。

「万全で闘れるようしっかり飯食ってしっかり寝てしっかり身体を温めてきた。
 挨拶代わりに今すぐ胸を貸してくれ。俺の全力を見て、この国で一番高く飛ぶ龍へと導いてくれ」

 ……ほほう。これはこれは。

「よく鍛えたわね」

「そんなのいいから早く闘ろうぜ?」

 なるほど。

 見た目が子供だろうがなんだろうが関係なし、か。いい具合に武に狂っておるわ。
 これは鍛え甲斐がありそうだ。

「いいわ。思う存分可愛がってあげる。来なさい」

 ちょうど準備運動がてら「龍の背中」を走ってこようと思っていたところだったから、丁度いい。

 準備運動分くらいは楽しませてくれよ? 
 


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