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325.ゆるやかなる河川はいつの間にか激流へと変じ
しおりを挟むヒルデトーラ、レリアレッドが動いたウーハイトンでの撮影は、すぐに映像化されて放送された。
二年ぶりのニア・リストン。
突如魔法映像から姿を消した白髪の少女が、再び映像の世界へと戻ってきたのだ。
二年前よりも少しだけ大きくなり、少しだけ子供から大人になっていたニア・リストンの姿に、喜んだ者は多かった。
ニア・リストンは、魔法映像のおかげで病から命を救ったというキャッチーな逸話を持ち、全快した後は魔法映像に出ずっぱりで、この業界を牽引してきた存在である。
もう八年も前になるあの頃は、まだまだ流行や発展とは無縁で、――風が吹いても雨が降っても消えそうなほどの小さな火だった。
魔法映像は不振続きで、無駄に税金を食うだけの存在だったのだ。
だが、昨今の魔法映像業界の発展は著しい。
まるで渇いた薪に火種を落としたかのように――アルトワールとしては、ようやく燃え上がってきたところである。
続々と企業や産業、演者が集まりつつある。
その火の粉は他国へも降り注ぎ、至る所で小火騒ぎが発生している――現在進行形で。
そんな目まぐるしい変化が日々起こりつつある魔法映像業界において、最早この業界の象徴とも呼べる存在の一つだったのが、ニア・リストンだった。
毎日のように映像で見ていた、子供にしては落ち着いた雰囲気のある子。
時折流れる過去の再放送を見て、昔のニア・リストンと今のニア・リストンの成長を振り返り、時の流れを感じさせた。
車椅子に座っていた、白い髪の病弱な子供。
そんな子供がどんどん大きくなり、学院へ行き、映像の中で元気に動き回っている。
その姿に癒しを覚え、また勇気付けられる者も多かった。
孤独な老人たちは我が子を見るように。
病気がちで外に出られない者は、かつて同じ立場にあった彼女に同調した。
そんなニア・リストンが、実に二年ぶりに、映像の世界に戻ってきたのだ――
ただし、二年前と現在とでは、色々なものが大きく変わっていた。
魔法映像業界も、ニア・リストンも。
――世界最強の子供ニア・リストン。
そんな二つ名が付いたのは、恐らくは、この頃である。
――「こちらがウーハイトンでもっとも有名な場所、『龍の背中』です」
――「そびえるような長い階段……ヒルデ様は来たことありますか?」
――「ええ、足で登ったことはありませんが来たことはありますよ。上下に分かれているこの地の上台と下台を結ぶ石階段ですね。歴史も古く、七千段を越えるそうですよ」
――「七千……! ニアは登ったことある?」
――「ええ。いい運動に……ああ、今日はそういうのじゃないから」
なぜだか「龍の背中」と呼ばれる長大な石階段のすぐ足元で、土産物屋を開いている店主がやたら重そうな石像を勧めているが、ニアはそれを断り単船乗り場へと向かう。
久しぶりに見る三人の姿に、三人を知るアルトワールの民の多くは懐かしさを覚えた。
が、それ以外の者もいて、その方がきっと問題だったのだろう。
「あぁ……これはもう俺の手には届かんな」
とある酒場のカウンター席で、頬に切り傷の痕がある痩躯の男が呟く。
アルトワールの裏社会をまとめている男・カフス・ジャックスである。
「それでいいと思うぜ。アレには触れない方がいい」
キュッキュッとグラスを磨いている酒場のマスター・アンゼルが、その言葉の意味を理解して静かに返す。
あまり大っぴらに日向を歩けない者には、こういう薄暗い照明の酒場は居心地がいい。
それも、自身が息子同然に拾い育てたアンゼルと酒を交わし、言葉を交わすのは、わずかではあるが唯一と言っていいほど気が抜ける、何物にも代えがたい時間である。
堅気になると言い出した時こそ、表の世界で生きていけるかと不安だったが……あっという間にこの王都に二つも酒場を持つ経営者となった。
息子同然に育てたアンゼルから「店をやりたい」だなんて聞いたこともなかったが。
こうして見るとなかなか様になっている。
――「ニアが呼ばれた理由の、武客というのはなんなの?」
――「武術のできる人を国が呼ぶ、みたいな感じだそうよ。まあ、私なんて子供にしては多少強い程度でしょうけどね」
――「強いと言えば、あの冒険家リーノの弟子として鍛えていたのでしたね?」
――「そう。病気に負けない身体を作るために弟子入りして、今もまだ鍛えているわ」
そんな彼らは、少々落ち着いた雰囲気の酒場には似つかわしくない魔晶板で、全体的にきゃっきゃしている子供三人が映っている映像を観ていた。
普段なら、この店で魔法映像を観ることなどない。
高級志向の酒場なので、雰囲気作りのために俗な代物は置かないし、入れないことにしている。
絶対にないことだが――二年ぶりのニア・リストンをどうしても観たかったカフスと、縁があってずっと気にしている若いマスターは、今だけ例外として観ていた。
どの道、裏のボスとも言えるカフスがいる以上、他に客はいない。
出入り口にも若い者を立たせて封鎖しているので、この短い時間だけはむしろ休業中という感じである。
――もう何年も前のことになるが、カフスはニア・リストンが闇闘技場にやってきた時から、ずっと観察していた。
どうにか取り込めないか、どうにか関わりを持てないか。
いや、あれは危険だ。
軽はずみに触れると確実に殺られる。
あれは子供の見た目をしているだけで、実際はもっと得体の知れない何かだ、と。
裏社会の奥底で生きてきたカフスだけに、この辺の危機に対する嗅覚の良さ、勘働きは優れていた。
だから観察し――そのまま触れることなく、数年間を静観という形で過ごして来た。
そして、今。
観察し、ひそかに動向を追っていたカフスは、ニア・リストンがどういう経緯でマーベリア王国へ留学し、現在ウーハイトン台国にいるのか、知っている。
もちろん、何をしてきたのかも、だいたい把握している。
――本当に触れなくてよかったと安堵するほどに、察している。
そして今――彼女は武を認められた「武客」として、ウーハイトン側からの要請で彼の国に留学している。
ならば当然、
「これからきっと騒がしくなるぞ、アンゼル。冒険家リーノの時の比ではないほどにな」
これまでにも、いろんなこぼれ話はあった。
曰く、白い髪の子供が路地裏のチンピラどもを一掃しただの。
曰く、白い髪の子供に対して学院の武術顧問が低頭して教えを乞うているだの。
曰く、大規模な武闘大会のために大金を用意しただの。
曰く、数年で数億を稼ぎ引退した冒険家リーノには、ニア・リストンとは髪の色こそ違うが、それ以外の違いがない弟子がいるだの。
比較的新しい噂なら――留学先であるマーベリアで蒼い炎を発する不思議な武術で、巨大な機兵相手に素手で渡り合って見せただの。
空賊列島を解放した者の一員だの。
――それらの、どこかいまいち根拠が乏しい……ニア・リストンの大人しく清楚で可憐で荒事なんて微塵も縁のなさそうな良家の貴族の娘然とした外見とは結び付かないそれらが。
これからきっと、結びついていくだろう。
武勇国ウーハイトンという土地は、武客の肩書を持つ者を放っておけない者ばかりいるのだから。
きっとこれから、ニア・リストンに関する数多の戦いの噂が出てくることだろう。
「まあ、なるようになるよ。あいつの性格からしてそこまで無茶はしないだろうし、心配いらねぇよ」
「思い付きで空賊列島を潰すような子が、無茶をしないのか?」
「それそのものが無茶だろう」と茶化すようなカフスに、アンゼルは笑いながら彼の空いたグラスに酒を注ぐ。
「――あんなの、あいつにとっちゃ無茶でもなんでもなかったよ」
戦闘慣れ、暴力慣れ、殺し慣れさえしているような空賊たちが百人いようが千人いようが、かすり傷一つ負わずに立ち回れるのだ。
それも、おもいっきり手加減しながらだ。
「俺も強い強いとは思っていたが、あそこまで強いとは思ってなかった。正直もう、あいつより強い人間がいるとは思えなくなったくらいだ」
「そこまでか……」
カフスはつくづく思った。
――ニア・リストンに触れないでよかった、と。
――口を酸っぱくして、裏社会の連中に「ニア・リストンには絶対に構うな」と言い続けた甲斐があった、と。
マーベリア王国の裏のボスは、そこを失敗して根こそぎ叩かれたという。
カフスにとっては他人事とは思えない逸話だった。
たとえば、下の者がニア・リストンの逆鱗に触れたら、辿る末路は似たようなものだっただろう。
映像は進む。
ウーハイトンの観光地や名物などが映り、男二人は「麺料理が多いな」だの「あそこの強い酒はうまいぞ」だの「外国の観光なんぞしたことないな」だのと、酒の肴にして楽しんでいた。
特に、ウーハイトンの現皇帝ジンジと主立った皇族が映った時は驚いた。
豪華な宮殿内部、大きなテーブルには所狭しと料理が並び、器一つ取っても高級品であることが伺えた。
見るからに全面的な歓待の形で食事を用意され、皇族たちはウーハイトンの話をしながら「皆さんもぜひ遊びに来てください」と、外国に向けて露骨な観光客への呼びかけをしていた。気さくな皇族らしい。
そんなこんなで映像が終わりに近づき、その地に残るニア・リストンが、ヒルデトーラとレリアレッドを見送るために港へやってきた。
その時である。
――「蒼炎拳ニア・リストン殿とお見受けいたす!」
なごやかな少女三人の風景に割り込む、腹に響くような雄々しい声。
何事かと少女たちが振り返り――カメラも振り返ると、そこには髪を剃り上げた大男が立っていた。
――「拙僧、古式硬甲活殺拳・輪のエイバクと申す! この世の物とは思えぬほどの凄絶にして華美なる蒼炎の武、ぜひ拝見致したく参った次第!」
若い男である。
細目から覗く意思は暴力にぎらつき、見るからに闘志が漲っている。
――「えっと……今は撮影中なので、後でいいですか?」
ニア・リストンが真っ当なことを言うが、エイバクという男は首を横に振った。
――「魔法映像とやらのことは拙僧も知っております。それは映像を記録しておるのでしょう? なればこそ、今立ち合い願いたい」
――「今、ですか?」
――「はい。我が古式硬甲活殺拳・輪こそがウーハイトン一の武術であることを、ぜひ記録に残してほしいのです。そして世界中に知らしめてやりたいのです」
――「はあ……じゃあ、ちょっとお待ちください。こちらで少し相談しますので」
――「どうぞ。よもや武客が立ち合いを逃げようなどと思いますまい」
――「うーん……どっちかと言うとあなたに気を遣ったつもりなんですけどね」
相談とやらは編集でカットされ、映像が切り替わった。
次のシーンは、石畳の開けた場所で、ニア・リストンとエイバクが差し向かいで立っているところだ。
「あ、結局やるのか。あの兄ちゃんかわいそうになぁ」
かつての自分を見てるようだぜ、とアンゼルはぼやく。
「やはりあれだな。すぐに騒がしくなりそうだな」
今や魔晶板は、アルトワールに数多く出回っている。
もはやこの映像が流れた以上、一晩でこの国全土に広まるも同然だ。
――特に、武人は黙ってはいられないだろう。
一撃である。
開始の合図で向かったエイバクに、ニア・リストンのカウンター気味の拳が入り、石畳をごろごろと転がって行って気絶した。
素人が見ればあっけない結末だろう。
しかし、それなりに武の心得がある者が見れば……
「……強すぎないか?」
「だから言ったでしょ。空賊列島を潰すくらいは無茶でもなんでもないって」
カフスは本当に、つくづく思った。
――触れないで本当によかった、と。
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