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326.鳳凰学舎、初登校
しおりを挟む「本当に武一色って感じの国ね」
感覚としては、夏休みという名の移住準備期間が終わり、学校が始まってから、ようやくウーハイトンでの生活が本格的に始まったような感じである。
「面白いだろ? 兄貴なんかに聞いた話だと、外国の普通の学校とはかなり違うっぽいぜ。ぜひ楽しんでくれよ」
夏休みが明けた初日。
さすがに今日は服を、それも黒地を基調にしたかっちりした制服を着込んだジンキョウが朝早く迎えに来てくれ、学校の話をしながら案内してくれた。
私が通う学校は、ウーハイトン鳳凰学舎。
台国の上台に設立されている貴族・富裕層・留学生が多く通う学び舎である。
今日から私も、その鳳凰学舎の一生徒というわけだ。
いわゆる貴族学校と言えるだろう。
庶民用の学校は、下台にあるらしいから。
この鳳凰学舎にも庶民の生徒はいるそうだが、それだって権力者を黙らせるくらいの資産を持つ富裕層か、二名しかいないという特待生のみなのだとか。
だがやはりウーハイトンという土地柄から、この学校も武術や武道が盛んなのだそうだ。
勉学より武に力を入れている面もあり、将来的に騎士や兵士といった、武が役に立つ役職を目指す子供が留学してくることが多いらしい。
――要するに、ここは将来武人としてエリートになるであろう武人見習いが多く集まる場所、ということだ。
ここに通っている以上は、それなりに家に権力も財力もあるわけだから、期待の精鋭候補揃いと言っても差し支えないだろう。
「お兄さんは外国の学校に?」
「ああ。ウーハイトンはどこ行っても武術ばっかだからな。兄貴は武より学問が好きで、政治や国の経営とか、あと外国の文化なんかを学ぶために飛行皇国ヴァンドルージュに留学したんだ。
外国の話を色々聞いたけど、こっちとは全然違うみたいだ。毎日しっかり座学とか、俺じゃ耐えられねえよ」
わかる!
ジンキョウの気持ちがよくわかる!
そうだよな、毎日毎日じーっと座って教師の言うことを頭に叩き込んで、退屈しないわけがないよな。
私だって持ち前の、修行魂に刻まれた雨垂れに穿たれたへこみ疵のごとき忍耐力で以て、ようやく耐えているくらいだ。
……しかし、だとすると、ここでの生活は私にとっても楽しくなるかもしれないな。座学は苦手だし。
「まあ簡単に言うと、強くなりたい奴らが留学してきて、逆に学問を修めたい者はウーハイトンから出ていく感じだな」
なるほど。
勉学……少なくとも武ではなく学を修め、将来的に領地経営や文官などを目指すのであれば、よその国に行くべきだと。
そうやって、武に傾倒した生徒が厳選されるように集まり、それに沿って学校の方針が成り立っているわけか。
――納得の注目度である。
見慣れない生徒である私がここ鳳凰学舎の制服を着ていて、白い髪が多少珍しかろうとも、こうも周囲から好戦的な目で見られる理由がわかった。
そう、ここの生徒はジンキョウに負けず劣らぬ武術好きばかりだと言うことだ。
そして私は、武客としてすでに周知された存在であるらしい。
まあ、この国に来た時の武人を集めての歓迎っぷりからして、隠せるようなものでもない。
魔法映像の文化こそウーハイトンにはまだないが、きっと単純な噂などで、私が知らない間に私を知る者がたくさん増えているに違いない。
夏休みの間にも一応下見に来たが、ジンキョウから案内された本日が初登校となる。
鳳凰学舎。
外観は、木造の大きな大きな平屋という感じがする二階建てだ。
壁や柱などは赤を基調としており、今では塗装が所々剥がれている。ぼろいと言えば実も蓋もないが、古き良きを感じさせる趣があると思う。
ウーハイトン流の裾野が反り返った屋根の作りが特徴的な、変わった建物である。
まあ、ウーハイトンではこれで、基本に忠実な造りではあるのだろう。
私に用意された邸宅が特殊なだけで、宮殿なども造り自体はこれとよく似ていた。下台の建物も造りの基礎は一緒だったと思う。
襟を詰めた黒い制服は、少々威圧感があるものの引き締まって見える形だ。
まあ実際のところ、武術が好きな武人見習いばかりだというなら、身体が引き締まっているのは当然かもしれないが。
学舎に入ったジンキョウが、教師たちの詰め所へ案内する間、擦れ違う者や遠目に見ている者は、なかなか挑発的な視線で私を見ていた。
やはり「こいつは強い」という鳴物入りでやってきた者は、嫌でも気になる存在なのだろう。
たとえ見習いであろうと、武人ならばそうでなくてはな。
「私とジンキョウは、学年が違うわよね? わからないことを教えてくれる人が傍にいると助かるんだけど」
武だなんだ言っても、結局はお偉いさんのご子息やご息女ばかりがいるわけだからな。
無礼があってはリストン家に迷惑を掛けてしまう。
「俺が二つ上だっけ? 俺としては師の世話くらいしてやりたいけどな」
「そこまでは結構よ。面倒でしょ」
教室が違うのであれば仕方ないだろう。
休憩時間のたびにわざわざ来てもらうのも悪いし。
だがまあ、ここはマーベリアとは大きく違う環境であり、また正反対ってくらい違う扱いを受けているからな。
向こうでは教室に馴染めなかったが、こちらではたぶん大丈夫だろう。
多少の不安はあるが、……まあ、しばらく様子を見てからまた考えればいいだろう。
「何か注意することとかある?」
「うーん」
ジンキョウは頭を捻る。
「鳳凰四天王だの五龍星だの七虎穿だの十二拳者だの、俺も知らない妙な肩書を名乗る連中がいるけど……」
…………
うん、まあ、子供が好きそうなアレだな。
要するにこの学校で強いと言われる連中がそういう名乗りを勝手にしているというアレだろう。若い頃はそういうのを名乗りたい時期ってあるしな。
大抵は数年後には消したい過去となっているアレだ。
子供の遊びだ、目くじらを立てる必要もあるまい。
「あいつらとは関わるなよ、なんて、師匠にはいらない心配だろ? 何があっても師匠なら大丈夫だよ。むしろやり過ぎないかどうかの心配をするべきだな」
「大丈夫。手加減は得意だから。知ってるでしょ?」
初めて会った時、散々遊んでやったからな。
ジンキョウ自身も同じ記憶を呼び起こしたのか、からっと彼には珍しく渋い顔をした。
「絶対追いついてやる」
はっはっはっ。精々がんばれ。
「ようこそ、ようこそ! いやあ、武客が! こんなに若くてまさか学舎の生徒となる武客が現れるなんて!」
ジンキョウとともに教師の詰め所にやってくると、中年太り……いや、筋肉で固太りした頭がつるっとしたおっさんが、もう諸手を上げる大歓迎で迎えてくれた。
おーおー脂ぎった顔に満面の笑みで。
濃いめおっさんだな。
……しかも結構強いな。
背は低くなんだかコミカルな動きで面白いが、なかなか強そうだ。
「ワタシ、この鳳凰学舎の学長をやらせてもらっとるテッサンと言います! 聞きましたよ、『龍の背中』を石像を担いで登り! 早くも挑戦者を破ったというその高き龍! 噂を聞くだけでわくわくしておりましたよ! お会いできて光栄です!」
お、おう。……本当に濃ゆいおっさんだな。別に嫌いじゃないけど距離が近い。
「学長。落ち着いてください」
と、詰め所にいた別の男性教師がたしなめる声を上げる。
――言葉こそたしなめているものの、これまた挑戦的な目を私に向けてきているが。
ふむ。
あまり期待していなかったが。
マーベリアとは違う意味で、このウーハイトンでの生活も面白くなりそうだ。
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