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28.平凡なる超えし者、行動を開始する……
しおりを挟む終業時刻となり、クローナが部屋に戻ってきた。
「――……はぁ」
その動作は流れるようだった。
机の上で読書していた私を抱えて、ベッドに身を投げ出した。おい。今私完全に本を読んでたぞ。お取り込み中だったよね。何を自然の摂理のように違和感なくさらって行くんだ。
「――ねえ、どう思う?」
何がだよ。……などと不満を抱えつつも、ぬいぐるみサイズになって奉仕する私。これこそどう思うよ。これがサービス精神というやつだ。
「――聞いてたでしょ? 逃げていた幼馴染が戻ってきたって話」
ああ、カイランのことか。
あんまり関わりたくないなぁ。
サブキャラとかモブキャラの都合は、本当に私とは関係ないしね。よそ事に気を取られてやるべきことをすっぽかすような、間の抜けた真似もしたくないし。
それよりは、もう一つの天使の情報の方が気になるよね。こっちはお兄ちゃんに関わっている可能性大だから。
「――そっか……」
知らない人のことだしどうでもいい、的なイメージを伝えると、可もなく不可もなくという態度でクローナは起き上がった。私を抱えたまま。
「――私もどうしていいのかわからないよ」
とにかく落ち着かない、と。
このまま静観していていいのかわからない、と。
やれることがあるんじゃないかと。
今なら、何かができるんじゃないかと。
そうだね。
今なら色々間に合うんだよね。
カイランは死ぬからね。クルスのシナリオ上で。だって敵のボスキャラだから。
クローナの気持ちはわかる。
私も今、多少は同じ気持ちを抱えていると思う。
今動けば……クルスのシナリオに横槍を入れれば、カイランは死なない。
もっとも、カイランは今は盗賊になっているはずだから、生かしたところで法で裁けば死刑になるだろう。どの道すぐ死にそうだ。
もしお兄ちゃんがクルスと深く関わっていないなら、クルスのシナリオをぶっ壊す程度なら、大した影響は出ないだろう。
つまり、今なら本当にどうにかできるかもしれないのか。
……個人的には、あんまり触れたくはない案件だよね。
一方的にではあるか、知っているよしみでカイランを助けたいとは思う。
けど、カイラン自身がこれまでやってきた罪を考えれば、そう簡単に助けるだの逃がすだのするべきではない。そういう重い決断は私はパスだわ。迫られても困るわ。
「――……ねえ、ネズミさん。もし私がカイランを助けたいって言ったらどうする?」
…………
なんとなく、言うと思ったよ。
クローナは優しいから。
そんな性根だからこそ、私をここに置いといてくれてるんだしね。……抱き枕だけが目当てじゃないよね? 身体だけが目当てじゃないよね?
どっちにしろ、アレだ。
「――そうだね。どの道、追加情報がないとどうしようもないよね」
そういうこと。
現時点で悩むようなことじゃない。
人間、その時が来たら意外と決断できる。というか決断するしかなくなる。
今できるのは、後々後悔しない程度に、立場とリスクと今後の展開を悩むだけだ。
そして私は悠々自適に過ごすだけだ。まだ慌てるような時間じゃないから。
シナリオは順調に進行中らしい。
第一報を聞いた三日後には、カイランの続報が入ってきた。
特に問題を起こすことなく、細々と冒険者家業で小銭を稼ぎながら村や町を転々としているようだ。
「――まだ明確な意向が見えませんが、俺の勘では、様子を見ながらこの王都を目指してるって感じっすね」
そうね、私もそう思う。
続報を届けに来たジングルの意見に、こっそり私も同意する。
この辺のことはゲームのシナリオにはなかったから、私も勘だ。まあ外れてる気はしないけど。
カイランは指名手配されているらしいから、どの程度有名なのか、広まっているのか、様子を見ているんだと思う。
一直線に来たらその道筋に罠を張られるとか、そういう心配もしているだろう。
その証拠に、大きな街には立ち寄ってないし、門番なんかに止められて身元を調べられるのも避けていると見た。
「――それと目撃情報では、常に二、三人で動いているみたいです。仲間がいるってことですね」
ああ、盗賊の頭にまで落ちぶれてるからね。カイランくん。
「――わかった。引き続き頼む。で、天使の方はどうだ?」
「――そっちは続報なしっすね。あれ以来動きはないし、たった一度の行動なんでまだ噂にもなってないです。調べようがないって感じで」
なるほど、行動の痕跡が少ないのか。つーか私は正直カイランより天使の方が気になってるんだけどね。
そんな情報がちらほら入ってきて、最初の報告から一週間が過ぎた。
天使の情報はまるで入らない中、カイランの情報ばかりが入ってくる。まったく困ったものだ。
そして第四報が入った夜、もはや愛用の抱き枕となってしまった私はクローナに聞いてみた。
カイランはどうするんだ、と。
続報が入るってことは、目撃情報があるってこと。
そして目撃情報があるなら、もうマークしている人物がいる可能性もあるってことだ。
もうすでに、国の密偵辺りが張り付いて監視している可能性だね。
……いや、まだないかな。
カイランは人狼族っていう狼の能力を持った獣人。
それもこれまで血生臭い世界でやってきたヤカラだ。
警戒心も半端なものじゃないだろうし、野生の動物並みに五感が研ぎ澄まされているはずだ。
そんなのに貼り付ける人間がいるなら、そいつはもはや単独でカイランを狩れるほどの腕もあると思う。
ただ、だいぶ進行方向の傾向が割り出せてきたから、そろそろ先回りはできそうなんだよね。
罠を張るならこのタイミングだ。
だから、もしクローナが動くべきタイミングを計っているなら、今こそってわけだ。逃したら手遅れになりそうだね。
「――わからない。あれからずっと考えてるけど……」
そう。まあそう簡単に答えが出る問題じゃないよね。
じゃあ聞き方を変えよう。
カイランの目的はまだわからないけど、指名手配されている身の上で危険を承知で王都に近づいている以上、相応の目的があるのは確かだ。
このまま行けば、どう転んでもカイランは死ぬ。
兵士に捕まればまだいい方で、王都の冒険者総出で動けば今すぐでも一ひねりだろう。
で、クローナはカイランが死んでも平気?
「――それは……生きててほしいとは思うけど……」
ああ、そう。
それが決まってるなら、それでいいだろう。
すっかり愛用の抱き枕だった私が、ようやく動くべき時が来たようだ。
「――あ、ネズミさん?」
小さくなってクローナの腕から抜け、ベッドから飛び降りる。
人目のない夜の方が動きやすい身だから、これからすぐ行動するのがよろしかろう。補給も準備も荷物も必要ないしね。
それに急ぎの案件でもある。国のお偉いさんが指示する前に処理する必要がある。
「――……え?」
一つ伝え、窓を開けて夜の中へ飛び出した。
今から行ってとっ捕まえてくるわ、と。
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